第39話

 ギアルファ銀河とラムダミュー銀河の中間宙域。


 サンゴウは行先を決めかねていた。


 艦長との合流が最優先事項であるのだが、タウロー星系へ向かうべきかギアルファ星系に向かうべきか、確率計算で優位な方がないからだ。


 魔法陣の構築に関与したおかげでサンゴウにはその特性はわかっている。

 なんらかの影響で、あるいは考えられない程低い可能性として魔法陣の構築に問題があったかで、現状のシンやキチョウと別の場所にサンゴウが飛ばされたという事故が起こった事実はある。

 しかし、その特性上からは、事故が起こったこの状況下に置いて、シンとキチョウはこの宇宙でキチョウが行動した範囲内のどこかに居る可能性は極めて高い。そして、シンの生存はサンゴウにとっては確定である。

 サンゴウから見たシンの能力はデタラメ過ぎるものであり、その信頼は厚いのだった。

 キチョウについては若干の不安はあるものの、更なる進化を遂げ、生物としてサンゴウでは推し量れない領域に到達したはずであるので、おそらくは大丈夫だと考えてそれ以上の思考は止めた。判断する情報が無い以上確定する事は不可能だからである。


 どこへ向かうにしろ、問題はそれに必要なエネルギーの確保だ。現時点で100%近いエネルギー残量はあるものの、跳躍航行でどちらかの銀河に辿り着けるほどの量ではない。

 そして、銀河と銀河の間の宙域にはサンゴウのエネルギー補充出来る物がほぼないのが問題となるのだった。


 根拠なくギアルファ星系へ向かうと決めたサンゴウは、エネルギー節約のために跳躍航行を諦め、最大加速を行ってそれ以降は慣性航行で距離を稼ぐ事にしたのである。


 キチョウはベータシア星系の主星海上に出現した時、シンもサンゴウも周囲に居ない事は直ぐに気がついた。そして、現在位置がベータシア星系の主星であると知ったキチョウは、オレガの元へ行けば時間は掛かってもシンやサンゴウの所在がわかると考えたのだった。

 キチョウの勘でも今回の事態を感知して避ける事が出来なかったのは、上位の存在である神と思しきものの能力での干渉が問題だったのだろう。


 そうして、伯爵邸に辿り着いたキチョウは、偶々外に出ていたノブカネと遭遇することが出来た。そしてオレガ経由でロウジュへと連絡を入れて貰う事に成功し、後は状況の変化を待つしかない状態になったのである。


 ローラに遅れて定期連絡をして怒られたシンは、連絡時にサンゴウとキチョウの捜索をお願いしていた。

 各地に居る帝国軍が発見してくれる可能性はあり得るからである。

 特にキチョウについては自力で帰還出来る可能性が低いため、帝国軍に懸ける期待は大きくなるシンなのだった。

 サンゴウに関しては、シンが知るその能力から時間的な事はともかく、自力で帰還してくる可能性は高いという信頼感はある。

 優秀過ぎる相棒への期待感はどうしても高くなってしまうのは仕方のない事であろう。


 ローラはシンからの捜索依頼を受け、即座に関係各所に連絡を入れて手配を済ませた。そして、多少なりともシンに借りを返せることにホッとしていた。なんだかんだと、頼りに頼って無理をさせているという自覚はあったのである。

 だが、しばらく後にまたしてもシンに頼りたくなる事案が別で発生する事になるのであるが、この時のローラはまだそれを知らない。


 自宅に滞在しているシンは、どうやってサンゴウとキチョウを探すのかを思案していた。

 MAP魔法と探査魔法は”何かが有る、あるいは居る”事はわかっても、それが”どんな存在であるのか”を知ることが出来る魔法ではないため、今回のケースでは役に立たないからである。

 そして、自らの存在をアピールして相手に見つけて貰うという方法も、適当な手段が思い浮かばず困ってしまっていたのだった。

 魔法という便利な力を持っていても、その状況に適している使える魔法がなかったり、応用して使って役立てる方法を思いつかなければ、出来ない事もそれなりにある。


 勇者であり、無尽蔵の魔力を持っていても、シンは決して万能ではない。出来ることに関しては異常に出来る子というだけの存在である。


 そうして、あーでもないこーでもないと思案に明け暮れる日々が淡々と過ぎ、オレガからの連絡がロウジュへと入る。キチョウ発見の報が届いたのだった。

 シンはロウジュからそれを聞かされると、即座に転移でベータシア星系主星へと飛んだ。

 キチョウとの合流はそのような経緯で果たされたのである。


「マスター。無事に会えて良かったですー」


「そうだな。お互い無事で何よりだ。サンゴウの居場所はわからないよな?」


「はいー。なんとなくあっちの方に居るかなーくらいしかわかりませんー」


 それでも方向だけはわかるのか。とキチョウの能力に感心しつつ、サンゴウも無事にこの宇宙へは帰って来れていると安心したシンである。


「そうか。無事にこの宇宙には辿り着いているならいずれ合流は叶うだろう。直ぐにどうこうする手段が思いつかないから、とりあえずは待つしかないな」


「そうですねー。本当の危機になれば勘が働くと思うです」


 サンゴウが陥る危機ってどんなのだ? と想像もつかないシンであったが、敢えて口に出す事でもないのでスルーしておくのだった。


「帝国軍にも捜索は頼んでいるから、方面だけでも伝えて重点捜索に切り替えて貰おう。まずは帝都に戻ろうか」


 オレガに礼を言い、シンはキチョウを影に入れて帝都へと飛ぶ。ポンポンと転移で飛べるのは本当に便利である。


 こうして、帝都の自宅に戻ったシンは、偶々シルクに会いに来ていたローラと話をする機会を得た。

 キチョウの発見を報告し、サンゴウが居ると思われる方面を伝え、重点捜索に切り替えて貰うようお願いをする。どうしてそちらの方面だとわかったのか? という問いには上手く答えることが出来なくて困ったけれども。


「キチョウだけでもまずは見つかって良かったわね。キチョウの捜索の打ち切りとサンゴウの捜索の方面変更については、宮廷に戻った後に手配しておきます。ところで、アサダ侯爵。貴方は今暇よね? サンゴウを探す事以外に近々に片付けなければいけない問題は抱えていないわよね?」


 いきなりの暇だよな? にロクな話じゃなさそうだな! と身構えるも、逃げる訳にもいかないシンは肯定の返事を返すしかなかった。


「実はちょっと軍の幼年学校で不思議な事態が発生していて、困っているのよ。年恰好がちょうどいい貴方に入学して調べて貰えないか? というお願いです」


 え、学園編は覚悟してたけど、貴族院的な学校じゃないのかよ? 軍の学校とは予想して無いわ! などと、今考えるべきではない事に思考が向かうシンである。


「すみません。その軍の幼年学校というのは? あまり興味が有る事ではないので知識を持っていないのです」


「一般兵になる事を前提に衣食住+お小遣いが保証されているコースと、待遇がそれよりやや良い下士官以上の役割を担う人材を育てるコースの2種類がある学校です。前者は主に貧しい平民家庭の子供が多く、後者は飛び抜けて優秀な平民と貴族の子弟、子女が主体となっていますのよ」


「そうなのですか。で、何故私をそこへ調査に?」


「実技、筆記とも満点で入学した平民がいましてね。志望は一般兵だったのですが、士官用のコースに編入させたいとなりまして、本人の調査をしたのですよ。そうしたら、おかしな事に電子的なデータの記録が一切無い子供だったのです。親が居ないのは孤児院出身だったからということで良いのですが、聞き込み調査で、かの子供が実在している証言におかしな点はないのです。でも、アナログ記録と証言以外の電子的な記録は皆無なのですよ。子供に子供を調べさせるのはなかなかに難しいので、大人の見識を持っている貴方が適任ではないかと」


 俺は名探偵じゃないんだけどなぁと理由を聞いてウンザリしたシン。確かに身体は子供で中身は大人だけどね!


「そういうことですか。しかし、私は入学試験とか受けていませんよ?」


「そこは皇家の特権でごり押しします。が、それがバレると活動しにくくなるので、実際は推薦合格者に漏れがあったとして押し通しますよ。推薦者は以前手を治してくれたあの女性を立てます」


 おいおい、捏造で押し通すのか。権力って怖い! ま、誰かを不合格にして席を分捕るって訳じゃなければいいのか? 皇帝推薦とかはヤバイよな! 等々、いろんな事を考えてしまうシンである。


 形はお願いであるが、実質的にお断り出来る雰囲気ではない話の進行となっている。ちょっと嵌められたかな? と思いながらも、同席しているシルクが居ると受けなくてはいけない気分になって来るシンは、サンゴウの件で何かあればそちらを優先するという条件を付けて話を終わらせたのだった。

 そうして、シンは、親は貴族子弟だけれど爵位は持っていない、つまりその子供は平民ね! という微妙な肩書の身分を捏造されて軍の幼年学校の士官コースへと入学する。


 サンゴウが居れば知識を流し込んで貰う事も出来たのに、この歳でまた真面目に勉強するのかよ。シンの内心は愚痴だらけであるが、受けてしまった以上仕方がない。

 さっさと終わらせに行くか。と、気持ちを切り替えるシンである。


 メカミーユ・カミノ。かなり容姿が整ったシンが探すその女の子は、授業の間の休息時間や昼食の時間もクラスの男子生徒に囲まれていた。

 元々、軍の幼年学校は女生徒の割合は少ない。士官コースだと更にその割合は減って来る。貴族の子女は政略結婚の駒にもなるので、わざわざ軍に入れたがる親はそうそう居ないのが実情だから当然ではある。

 通常だとその人数の少なさもあって女子同士で固まったりするものなのだが、彼女はそうではなかった。シンから見るとまるで逆ハーである。


 シンは視界に彼女を収めると、簡易鑑定の技能を発動させた。そして、効果が弾かれる。え? なんで? っとなったところで、メカミーユはシンをジロリと睨みつけた後、直ぐに視線を外して談笑に戻るのだった。

 

 この世界の人間は魔力を持っていないのは当然で、鑑定を阻害するような魔道具も持っているはずがない。何が起こっている? とシンが考えていると近くに3人で集まっていた女生徒の会話の内容が聞こえてきた。


「あの人、婚約者が決まっているはずなのに、メカミーユの取り巻きなんてしてて良いのかしら? 自分の親や、相手本人、相手の親に知られたらヤバイと思うし、士官コースは貴族の子弟子女が居るんだからいずれ伝わるわよね」


「そうねぇ。私はその人の事は知らないけどあっち側のあの人。あの人も婚約者持ちのはずよ。前に夜会で会ったことが有るもの」


「あら、では少なくとも3人は似たような人が居るのね。私が知っているのはあの人だけどさ」


 え? 何それ? ヤバクない? 逆ハーに婚約者有りが絡むとか乙女ゲーかよ! シンの頭の中は更に混乱して行くのだった。


 初日を観察のみで終えたシンは、全寮制のシステムのため宛がわれた自室へと戻る。一般兵は4人部屋待遇だが、士官は2人部屋か個室となる。

 個室は親の身分が高い子供に宛がわれるのが通常であるが、シンは遅れて入学したため個室となっていたのだった。

 尚、建前上は、2人部屋の空きが無い事と入学手続きの不備に対するお詫びという事になっている。


 個室に戻ったシンは転移で自宅に戻り、シルク経由でローラとの通信回線を開いた。初日の報告のためである。


「判断理由の詳細は明かせませんが、あの子供はこの世界の人間ではない可能性が高いですね。しかし、それが即、排除しなければならない邪悪な存在であるという事ではないです。能力自体は非常に高く、優秀な人材となる可能性は勿論あります」


 一旦言葉を切ったシンはさて、どう伝えたものか? と一瞬悩んだが、貴族の調整はローラに丸投げで良いかと開き直る。


「今日見た限りの話ですが、彼女は男子生徒から異常に人気があり、既に取り巻きと言える男子集団を形成しています。それ自体は褒められる様なことではありませんが問題とも言いにくいです。しかし、そこに入り込んでいる人材が問題です。婚約者持ちの貴族子弟が少なくとも3名。私は知りませんが調べたらもっと居るかもしれません」


「それはさすがにまずいわね。婚約関係の拗れは後を引くから。こちらで調べてリスト化して明日にでも送りますよ」


 こうして、シンの学生生活が始まった。先生やら授業やらの描写は無くても学生なのである! 尚、異論は受け付けない!


 サンゴウ探したいのに俺何やってんだろなぁと黄昏てしまうシンなのであった。


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