第23話

 ギアルファ星系第4惑星。シンは休息で自宅に戻り、サンゴウは首都星海上に待機していた。


 自由民主同盟との停戦から5年の歳月が過ぎた。


 シンはこの5年の間、広がり続ける帝国版図の新しい部分を、実地調査という名の見物航行で、趣味と実益を兼ねた仕事をしていた。そして、時折自宅へ戻り休息という生活のサイクルを繰り返していたのだった。尚、この仕事のついでのお小遣い稼ぎにより、シンの傭兵のランクは上級上まで上がっている。


 あの5年前の停戦後、終戦条約が結ばれ、実質、同盟側の敗北で終わった戦争の影響で、自由民主同盟大統領は国民投票により罷免され、同盟内の各星系指導者達は軒並み総退陣となった。

 同盟国民には帝国への賠償金の負担が重く圧し掛かっており、軍縮が行われたことで軍備への負担分は軽減されたものの、総負担としては当然ながらかなりの増加となっていた。


 そんな中、終戦の約1年後、帝国との航路に最も近い星系の選挙で事件とも言えるべきことが起こった。


 その星系の選挙で指導者に選ばれた者が、選挙公約に掲げた内容が問題であった。

 公約内容がなんと、自星系の所属を同盟から離脱させ、帝国への鞍替えし、帝国からの貴族統治を受け入れる代わりに、賠償金負担の棒引きを求めるというものだったのである。

 この星系の国民への負担は、戦時中が5公5民であったが、戦後は9公1民の超重税となっており、しかも、100年間それが続く予定となっていた。重税に喘ぐ国民は食うや食わずであり、そこから逃れる希望へと縋ったことが、選挙に反映されたのだった。


 そして、新たな指導者の当選後、公約内容を実現するため、帝国へと交渉の使節団が派遣される。

 使節団の来訪を受けた、ギアルファ銀河帝国皇帝は、戦争を起こすまでに至った主義主張を金のために捨てるのか? と内心嘲笑ったものの、領地持ち貴族になりたい者は多くいるためこれを受け入れた。


 斯くして、自由民主同盟の一角が民主的手続きによって崩れたのである。


 この星系の事例が出来たことで、この後にも1つ、また1つと追随する星系が頻出し、5年後の現在、自由民主同盟はほぼ、消滅と言って良い状況になっていたのだった。


「俺が前に居た所では、アホ貴族というのがホント多かったんだが、ここ数年で新たに領地持ち貴族になった伯爵で悪い話は聞かないな。単に上手く隠れてるだけなのか、ホントに問題なく統治してるのか。どう思う? ロウジュ、シルク」


 どうしても、ルーブル王国で目にした貴族の行いの記憶が頭を過るシンだった。


「えっと。それ当たり前だと思います。新規で星系を与えられた伯爵は初期はお試し期間みたいなものですから。統治に失敗すれば直ぐ改易になってしまいますよ」


「そうですわね。後、今回の場合は賠償金を棒引きしているので、棒引き分の穴埋めを全てではないですが、赴任した元法衣伯爵が負担持ち出ししているはずです。せっかく領地持ち貴族の伯爵になったのに、バカな事をしてその投資分を無にするような愚か者は、皇帝陛下やローラ様がそもそも選ばないと思いますわよ? 帝国として賠償金相当の全額を回収までは考えていないにしろ、長期で安定した収益がちゃんと出せそうな者を任じている事は当然ですわ」


 これは、シルクの見解が正しく、版図が増えるメリットというのは無視出来ないものであるので、帝国としては全額回収出来なくても良いのである。さすが皇太子妃教育を受けていただけの事はある見識と言える。


「なるほどな。少なくとも初代が腐ることは普通ならあり得ない訳か。疑問が解けてスッキリしたわ! どの星系に実地調査に行っても、領民は良い伯爵様で嬉しいってな話ばかりだったからな。洗脳でもされてるのかと疑ってしまったよ」


 元日本人のシンとしては、民主主義が万能でも至高でもないとは思っているが、好みとしては専制政治より民主政治寄りなのである。なので、思わず、こっそり解呪魔法と状態異常回復魔法をバレない様に掛けてみたこともあるシンなのだった。


 そして、当然2代目以降の当主に、やらかすのは一定の割合で出てくる。そういった者を摘発改易出来れば、別の者に褒美として領地を与えることが出来るため、皇帝としては困りはしないのだが。但し、領民は一時苦しむことになるけれど。


「ところで、ノブナガの婚約相手は決まったのか?」


 ノブナガはロウジュが生んだ第1子の男児である。シンが自身の名前の漢字から勢いで命名した。決して、魔王を目指してもらう訳ではない。そして、敦盛を教え込んだりもしていない!


「ええ。第8皇女と皇太子の長女とで、どちらになるか、かなり揉めていましたが、第8皇女が降嫁ということになりました。ノブナガはちょっと頼りない所もありますから、3つ年上でも丁度良いのではないでしょうか」


「そうか。まぁ生まれたばかりの子に婚約者とかならなくて、皇太子も良かったんじゃないか?」


「そこの所はよくわかりません」


 残念だが、それは違う。現皇帝と次期皇帝による、シンへの関係強化の取り合いであり、皇太子からすると次期皇帝の椅子を盤石にするという意味まである。この場合は、シンの予想は的外れだった。


 現時点でシンにはノブナガ以外の子供として5人がいる。ロウジュが生んだ第2子の次女チャチャ、リンジュが生んだ第2子の四女ゴウ、ランジュが生んだ第1子の長女イチ、第2子の次男ノブユキ、シルクが産んだ第1子の三女ハツとなる。養子に出されたリンジュの子については、書類上ベータシア伯爵家の子と既になっているためここでは含んでいない。後、ついでであるが、子竜(雌)の名前はキチョウだ。

 尚、子供達の命名は、全て当主権限でシンが行った。オタク丸出しの命名だと非難してはいけない。いいね? わかったね?


 長男の婚約が決まったので、他の子供達についても今後、順次婚約者が決まっていくハズである。特にシルクの子であるハツについては、ローラが当然のようにロックオンしている。逃げて!


 粗方、新版図の見物が終わったシンは、サンゴウの星図データ補完要求もあり、未開拓地域へも足を延ばしていた。そうして、とある惑星宙域に差し掛かった時、サンゴウが生命反応を感知したことを告げるのであった。


「艦長。宇宙獣が惑星地表に確認出来ました。あれはデルタニア軍で宇宙バッタと呼ばれていた種のようです。獲物となる生物を追っています。駆除されますか?」


 この宇宙獣は植物を好んで食べるが、食い尽くせば生き物も食べる雑食である。


「ああ。害獣なんだよな? 降下しつつ殺ってくれ。サンゴウなら大丈夫だと思うが逃げてる生き物には当てない様にな」


「はい。勿論です」


 サンゴウの攻撃により、あっさりと駆除は終わる。


「大気成分分析終わりました。二酸化炭素の割合が若干少なく、窒素の割合が多めですね。酸素は同じくらいですので艦長が呼吸するには問題ないと思われます」


「そうか。じゃ、あのへばって倒れてる獣っぽいのの様子見て来るわ」


「はい。いってらっしゃい」


 シンは短距離転移と飛行を駆使し、ゼイゼイと苦しそうな様子の獣に近寄ってみる。大型の猫科動物だろうか?

 動き出す様子はないため、水でも飲ませるか? と考えたシンは、収納空間から木製の深皿を取り出し、水魔法で水を入れてそっと差し出してみる。ミルクのほうが良かっただろうか? などと考えながら様子を見ていると、なんとか目を開けたその獣は、目の前にある水の入った皿の存在を知ったらしい。そして体全体がゆっくりと変化しだした。

 徐々に人型へと変化して行くその様子を一応警戒しながらも、おお! 猫耳獣人だ! と感動していたシンだった。


 そうして、変貌を遂げた猫耳女性は、当然ながら服がなく裸である。恥ずかしいのか手で胸周りを隠しつつ、ペタンと女座りの状態で言葉を発したのであった。


「この水は飲ませてもらっていいだろうか?」


「ああ。勿論だ。それと目のやり場に困るんでこれを」


 収納空間から大き目のマントを取り出し、渡すシンである。ルーブル王国での活動中、ダンジョン内の野営で重宝した品だ。

 シンは言葉は理解出来るものの明らかに帝国で使われている言葉とは違うな。と思いながら、彼女がマントで身体を覆い、水を飲み干すのを待った。


「追われていたのであのバッタを駆除したんだが、もう大丈夫か? これも何かの縁だ。出来ることはするので、何かあれば遠慮なく言ってくれ」


「猿人族の方だろうか? この辺では見かけぬ顔だが。助けてくれたのだな? ありがとう。とりあえず一息ついたよ。私は猫族のミウ。水と食料を探しに出て来たんだが、あれに見つかってしまったんだ」


「そうか。見た所荒野で、探し物は無さそうに見えるんだが。ああ、まだ名乗ってなかった。俺はシンって言うんだ。よろしく。それと俺は猿人族ではないと思う。宇宙から来たんだ」


 ショボンとした表情になったミウは言葉を続けた。


「そうなのだ。もう何も無いのだ。あの虫の大きなのが一か月ほど前に突然沢山現れて、草木全部食べてしまったんだ。水源も枯れてしまった。猿人族ではない? 私の知らない種族だろうか? あと宇宙ってなんだ? 隣の大陸か何かの名前か?」


 シンはミウの言葉から、この星はまだ宇宙に出られるほどに文明が発達していないことを悟る。そして、どこまで介入していいのかも判断に困ってしまうのだった。

 しかし、知らない場所で失われる命についてはともかく、目の前で意思疎通可能な命を見捨てる事は、今のシンには出来ない。まして、待望の獣人さん。ルーブル王国時代から一目でいいから見たいと、欲してやまなかった獣人さん。しかも猫耳。ここで助けない選択肢などあるだろうか? いやない。断固として、断じてそんな選択肢はあり得ない。日本男児のオタクの矜持に懸けてあり得ないのである。


「理解出来ないかも知れないが、あの空の向こうから来たんだ。だが、それは今はどうでもいい。食料と水だな? どのくらい必要なんだ? 俺が助けられるかもしれない」


「本当か? 本当に助けてくれるのか? 集落の皆で逃げた洞窟に私以外に30人居るんだ。大人数なんだが平気か?」


「これは食べられないって類のものがあれば教えてくれ。最悪でも水だけは出せる。量については大丈夫だ。30人なら任せて貰っていい。その洞窟ってのはどこだ? サンゴウ。聞いてるな? 今のうちに駆除出来るバッタは全部駆除を頼む」


「はい。もう行っています。地表に確認出来るものについては終了しています。あとは生命反応で区別が出来ませんので、姿が確認出来ない場所に居るものについては保留となっています。もう余り生命反応の数は無いのですが」


「了解だ! では引き続き頼む。俺はこの娘とその仲間をちょっと助けてくる」


「はい。ではまた後で」


 ミウは虚空に向かって喋っているシンと、姿が見えず、声だけ聞こえてくるサンゴウの言葉に恐怖を覚えた。しかし、助けるというシンの言葉を信じる他はなく、無理やりその感情を押さえつけていたのだった。


 ミウの先導でシンは洞窟へと辿り着く。


 洞窟に居た30人の内訳は、若い女性と子供ばかりであり、成人男性と思われる者と老人は一人も居なかった。

 おそらく、それらの者は、バッタと戦うことや、女子供を逃がすための足止めの囮などで犠牲となり、亡くなったのだろうと想像がついてしまい痛ましい気持ちになる。

 だが、そんなことを考えているよりもまずは目の前のこの人達だ。と気持ちを切り替えたシンは、収納空間に入れてあった食料を取り出した。そして、食べて大丈夫そうかを確認しながら提供する。勿論、コップも人数分出し、水の提供も忘れない。


 ミウは泣きながらシンに感謝の言葉をかけていた。


「ミウ。俺は一度、ここを離れる。他にもまだ生きている者が居れば助けたい。当面の食料と水は今出した分で賄ってくれ。1日以内に必ず戻って来る。あと、安全のためにここにはバッタが入って来られないようにしておく。君らが出ることも出来なくなるが1日以内に戻るのでその間だけ我慢してくれ。なに、早ければほんの数時間だ」


「はい。待ちます。必ず戻って来て下さい」


 シンはシールド魔法で防壁を作り上げ、持続時間を24時間に設定しておく。そうしてからサンゴウへと戻り、生命反応のある場所を周って救出活動を続けた。狼族の女子供8人、熊族の女子供11人、狸族女子供9人しか生き残りがおらず、他の生命反応はバッタであった。勿論バッタはシンがあっさりと駆除している。


 救助した総勢28名を20m級に乗り込ませ、ミウの元へと戻ったのは6時間後の事であった。


 こうして、シンは59名の難民とも言える獣人族の生き残りを抱える事となった。


 これどうすりゃいいんだ? と途方に暮れるシンなのだった。

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