第12話

 ベータシア星系第3惑星。


 主星であるだけのことはあり、地表とのシャトル便のある宇宙船用の港、軍事施設と思しき衛星、軍艦用の港などがある。


 サンゴウは宇宙船用の港で、何気にロウジュの話を聞いていたりした。

 やっていることは完全に盗聴である。

 バレることはないから犯罪にはならないが、犯罪行為ではあった。


 シンもロウジュも、サンゴウから、わざわざ説明を詳細に受けていない。そのため、イヤリング型の超ミニマム子機は、呼び掛けられたら応答できるし、発信もできるこの世界の技術では妨害されない、便利な単なる通信機だと思い込んでいる。


 だが、実際は単なる便利な通信機ではない。サンゴウの作り出した極小の子機というのは、通信の情報伝達に使っているのが感応波なのである。


 極小なだけあって、内部に蓄えられるエネルギーが少ない。感応波を音声に変換して出力するには、変換にエネルギーをどうしても使ってしまうため、最大稼働時間が無補給であれば24時間程度に限られる。が、単に感応波を垂れ流すだけなら10日ほど無補給で稼働出来るのだった。

 機能を絞っているため、子機同士での通信すら出来ず、単体でエネルギー補給すら出来ないシロモノであり、サンゴウ艦内に戻らない限りエネルギーの補給が出来ないとか、完全無補給状態であるとエネルギー切れ後、約1週間で自壊消滅するとかも、わざわざ説明しなかったのである。


 これは、グレタにおいての通信確保の保険の意味合いで、応急処置としてサンゴウに作られた物であり、あくまで貸与の支給品という認識で作られた物であったため、長期使用を前提に作られなかったというのがその理由だ。つまりは、所有権の認識からして違う。


 片やロウジュ、リンジュ、ランジュの3人にとっては、シンからのアクセサリーとしてのプレゼントであり、相手先がサンゴウ限定だが、電話みたいな機能もある便利な物という認識であるため、貸与されているという認識ではないのである。


 ここらへんの食い違いには、シンはポンコツ勇者なので気づかない。ちょっとばかり大人の階段を昇っても、そう簡単に人は変われないのであった。赤い人の妹さんも似たようなことを言っていたから間違いない。

 ちなみに、サンゴウはそうした食い違いに気づいていたが、特に指摘する必要性を感じなかったため、放置していただけなのだった。


 ”さてさて、どんな話になるのだろうか?”と、考えながら、サンゴウは艦籍コード取得の為、性能諸元申告書のひな型を見て、”どこまで手の内を明かすべきか?”を検討していた。


 ロウジュは、グレタ出発以降ここへ到着するまでの部分をまだ語っていない。それを承知の上で、しれっと確認したい事がある。と、切り出した。


「ふむ。どういった事が知りたいのだ?」


 まだ、全てを聞いてはいないことは、伯爵も気づいた。だが、グレタを出た後は特になにも報告するようなことがないのであろうか? などと考えつつ、つい、そう答えてしまった。親子だと脇が甘くなるのであろうか。


「はい。まず、シンへの報酬の確認がしたいです。その、あまり出せるお金がありませんよね?」


「ああ、話が済んでいるのはグレタまで無事に送って貰ったところまでだ。救出と護衛に対する報酬だな。正直苦しい財政状況だが、一応相場の範囲内と思われる50億エンで合意しておる。範囲内と言っても下のほうに近いのだがな」


「そうですか。今の当家では、それは仕方がないですし、シンが納得して合意している以上、特に問題にするべきところでもないように思います。では、父上。話が済んでいない部分はどうなさいますか? この後シンと改めて話をするのに、提示する腹案がない訳でもないかと思うのですが」


「そうだな。第12惑星と第13惑星の事後処理と繋ぎの部分もシンが保証すると断言したのを、宇宙獣の駆除実績を元に信用し、あの資金援助の話を蹴っている。だからシンの機嫌を損ねて、これからの部分を手を抜かれたり、放棄されても困る。だが、今すぐに用意出来るものは、無い。恥を忍んで長期分割の金銭。金額の総額については相談だな。あとは勲章。領内での各種許可証での優遇。希望があれば、この星の邸宅や宇宙港での邸宅の支給といったところだろうか。勿論、不足であろうがな」


「父上。シンは帝国の人間ではありません。長期分割というのは、払う気が無いと同義になりかねません」


「確かにそうだ。そこは失念しておったな。となるとどうしたものか」


 伯爵は考え込んでしまい、妻であるレンジュに目を向ける。目線でついつい助けを求めてしまったのである。


「オレガ、私の案を聞きますか? まだ完全に固まってはいませんが」


 レンジュは、オレガの苦悩を和らげるべく、言葉を紡いだのである。


「ああ、レンジュ。まだ内輪の話だ。頼む」


「では。報酬原資がなく、帝国の人間ではないから分割払いが不可能というのであれば、シンを帝国の人間にしてしまえば良いのではありませんか?」


「そうか! その手があったか。軍への入隊。は、無理筋であろうな。となると、第15惑星あたりを任せて、男爵へ推薦して任官してもらう手段か。ただ、そのようなこちらにだけ都合の良い話が果たして受け入れられるのか? という問題が残るな。シンが元々この銀河の人間ではなく、迷い込んできたのが本当なら、自らの銀河へ帰りたいと思う可能性は高いのではなかろうか? 繋ぎ止めるにはちと足らぬ気がする」


「はい。ですから、まだ固まっていない不完全さが残る案なのですよ。どうしましょうね?」


 レンジュは娘であるロウジュへ視線を向ける。あとは貴方が頑張りなさい! と。母親はいろいろと察してしまうものなのである。


「父上。シンの今回の宇宙獣駆除の実績。これは叙爵が認められる要件には十分すぎる功績ですよね? 当家からの推薦があればよほどの事が無い限り認められる案件ですよね? で、あるなら、私が。愛するシンの元に嫁ぎます」


「待て。どうしてそうなる? 政略結婚を回避したのだぞ? またしても政略結婚をなどと、それでは相手が変わっただけではないか! いや。愛すると言ったな? 愛があれば政略結婚というだけではないのか? しかし、相手は人族だぞ? 自己犠牲の精神に酔っている訳ではあるまいな? それにだ、シンがそんな事を受け入れるのか?」


 いきなりの話にオレガは混乱の極致に達している。

 そして、リンジュとランジュは、あー。ついに言ったー。とばかりに展開に興味津々。レンジュは”やはりそうですか”の納得の表情である。


「父上。自己犠牲などではありません。私は、シンを愛しています。人族であっても。です。そして、シンも私を受け入れてくれます。私も貴族の子女ですので、家としての利害を考慮せざるを得ません。が、私自身の望みはシンに嫁ぐことです。それは、当家の利益に繋がるとも考えています。今決断しなければ、宇宙獣駆除の件が知れ渡ったら、シンとサンゴウを手に入れたいと考える者達が動きますよ? 他家、ひょっとしたら皇族も」


 大丈夫だ。ロウジュ。その場合、最も先に動くのはリンジュとランジュだ。成功するかどうかは別にして。であるけども。


 そして止めの一言をロウジュは言うのであった。爆弾ブッコミ発言である。


「もう、他の殿方へ嫁げる身ではないので。ご決断下さい。父上」


 その言葉の意味を悟ったオレガは、スッと表情から感情が消える。そして扉へ向かって歩き出す。


「ちょっと一発ぶん殴ってくる!」


 止める間もなく、オレガは走り出すのであった。


 こうして、ロウジュの目論見は見事達成され、怒りを躱すことに成功した。怒りの矛先がシンにスリ変わっただけとも言うが。


 シンはオレガの気持ちがわからなくはないので、ちゃんと殴られた。殴られたあとで治療魔法を使い、治してしまったけれど。


 俺は納得しては居ないぞ! というのが丸わかりのオレガとニコニコ顔のレンジュ。そして3姉妹とシンを加えて夕食となった。

 途中になっていた話は結局うやむやになり、なんとなく無事に着いたし、ベータワンの件も綺麗に片付いたし、で、まぁいいか状態となっている。

 

 雑談としてシン視点のアレコレがちょこちょこと語られ、その話の中に、しれっと小惑星帯で賊を残らず殲滅しちゃった! テヘッ! なんてのを紛れ込ませた。

 当然、オレガとレンジュは、え? なに軽く言っちゃってんの? だし、3姉妹は3姉妹でいつの間にそんなことしてたの? 状態である。

 乗ってる艦が戦闘状態だったのに気づかせないとかなんなの! という思いは至極もっともであろう。


 そして真面目な話を切り出すシンである。


「お義父さん。私にロウジュさんを下さい」


「許したくない! が、そんなことをすればロウジュに何をされるか知れたものではないのでな。認める。認めるぞ。但しだ、それには条件がある」


「条件とはなんでしょうか?」


「無位無官の平民へロウジュを嫁がせるわけにはいかんのだ。帝国の男爵へ叙爵推薦を当家として行う。受けて貰うぞ! それも今日までの全てと今後の第12惑星、第13惑星の件ひっくるめての報酬の一部の扱いだ。良いな? 後、叙爵が決まるまでは婚約の内定であって結婚ではないぞ!」


 いきなり貴族になるとかは、シンは想定していなかった。日本に帰りたいという気持ちが無い訳でもない。

 だがしかし、帰れるかどうかわからない。というか、帰れる可能性など無いと思える。日本への帰還とロウジュ。どっちを選ぶかなど考えるまでもないことなのだ。

 そして帰れないのであれば、どこかに落ち着くという選択は悪い物ではないのである。貴族の義務の確認だけはしないとな。と思ってしまうシンなのだった。


「さすがに、男爵になった場合の義務についての知識が、全く無い状態では即答はしかねます。ただ、受けたいという気持ちはあります。なので、義務や権利などを教えていただけますか?」


 これに即答を求める事が無茶振りだとは、ロウジュも頭では理解している。

 けれども、彼女としては即答して欲しかった。

 そんな風に思ってしまう部分も、女心としては当然あるのである。


 ざっくりと義務や権利についてを教わり、法衣と領地持ちの選択肢があることにも気づいた。

 オレガの意向としては惑星への任官が望ましいが、法衣でのベータシア伯爵家内の文官か武官という方法でも良いとのことである。ちなみに、法衣は年金では差がないが、領地貴族より下の扱いになるのが一般的である。


 シンとしては義務が軽い方を選びたいので、法衣一択である。義務や権利もロウジュと天秤にかければ、十分に許容範囲に収まる物だったので、叙爵推薦を受けることとした。文官なんて出来ないので、武官決定となる。


 そうして、実質婚約が決定となった。シンはロウジュに近くに来てもらい、ミスリルの指輪を渡した。


「これ、俺の居たとこでは、渡す風習なんだ。ここではそういうのはないようだが、贈らせてもらうよ」


「ありがとう。シン。愛しています」


 包装がなく、裸のままの指輪であったが、ロウジュの指へ直接嵌めることで、包装の無い不自然さが誤魔化せてしまった。残念勇者のくせに運が強い奴である。


 レンジュ、リンジュ、ランジュの三人は、今まで目にしたことのないミスリルの不思議な輝きに目を奪われており、いいなぁ、私もああいうの欲しいなぁ。などと考えていた。

 どこの世界でも女性は宝飾品を欲しがるのかもしれない。


 翌朝、シンは第13惑星の件を済ませるべく、伯爵邸を発つ。同行するのはロウジュとジルファである。同行者については、いろいろとモメたのであるが、最終的にはこの2人となった。

 結果確認が必要であり、それが行える者の同行は必要。サンゴウへはなるべく知らない人を乗せたくないこと。など他にもいろいろあってこうなった次第である。


 目的地に第12惑星が無いのは、鉱物資源についてロウジュのイヤリング経由で確認を取り、今シンが収納している3兆エン相当の資源のうち、1割を供出するのが決まったからだ。結納金代わりともいう。

 伯爵家財政の立て直しに役立ててもらうということで、深部から取り出して鉱山再開までの繋ぎにする案が無くなったせいである。


 一連の報酬については、ざっくりとではあるが、男爵への叙爵、勲章の授与だけが確定し、金銭部分は無し。ロウジュが叙爵後にシンに嫁ぐ。も確定した。

 シンは上記の1割を供出以外にも、結納の品として更になんらかの援助を出すつもりはあるが、サンゴウとゆっくり相談してからにするつもりであるので、今は何も言わないのだった。


 シン達3人はシャトル用空港から子機に乗りこみ発進する。「ブースターも無しにどうするんだ」とか、「整備も無しに宇宙へ戻れるわけがない」などと、空港職員とモメたのは些細な事である。

 垂直上昇機のように空を上がっていく50m級子機を見て空港職員が「アレはなんだ!」と叫んでいたらしいがそれも些細な事である。


 宇宙空間へ出て、シャトル便の宇宙船用の港へ入港。そのままサンゴウの格納庫に入り込む。そこまでした時、シンは気づいてしまった。

 ”地表に降りるために、出る時からサンゴウを港から出して、宇宙空間から子機で降りたら楽だったんじゃね?”と。帰りの工程まで考えたらその通りである。係留費用が無駄だったまである。費用は伯爵持ちだから良いのだけれど。


 そして、今のところシンは気づいていないが、サンゴウの大気圏内性能がバレても良いのであれば、十分な水深のある海の真ん中に降りて、そこから子機で飛行で往復という手段もあったりはする。


 こうして、滞りなく出港したサンゴウは、第13惑星へと進路を向けた。


 ロウジュとイチャイチャ出来ないように、ジルファという監視がついてしまっているシンなのであった。

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