第8話
第13惑星宙域での戦い。それは凄絶で凄惨なものであり、勇者シンは死力を振り絞っての攻撃を。
なんて、この作品ではそんな展開になるはずがないのである。
第12惑星宙域での戦闘と同じように、集めて一撃であっさり終了。シンは、とっととまずは伯爵に報告の通信を入れる。
伯爵への報告も終わり、伯爵からのお見合い中止指示のデータを受け取った。そして最後の跳躍に入る。
この時点でグレタ出港時からの時間の経過は、10時間と少々となっていた。
戦闘自体は一瞬と言っていい時間で終わっているのだが、宇宙獣を集めてまとめるのに相応に時間が掛かっていて、なんやかんやとこんなものである。
約6時間の航行時間を経て、懐かしの我が家ではなく、単に16時間前まで居たコロニーを目指しているだけだった。
そして、中継用に配置してもらった船への通信は出来なかった。なんとなく予想はしていたが、妨害が入っているのだろう。
こんなこともあろうかと。とりあえず、ロウジュの所持する子機へ通信である。
「こちら、シン。ロウジュ。無事か?」
「無事です。シン! もう帰って来れたのね? 戦果は期待して良いの?」
「ああ。俺、勇者だもん!」
「プッ! ええ。ええ! 私の勇者様! 早く私達を連れ出しに来て下さい」
もうこの時点で、少なくともロウジュの好感度はMAXである。LOVEである。シンは気づいていないけれど! 残念!
シンがグレタを出港したのは、現地時刻の朝7時過ぎであった。
そして、今現在の現地時刻は24時くらいとなっている。なんだかんだと出発してから、日付が変わるか変わらないかくらいの時間で戻ってきたのだからたいしたものと言えるのだった。
男爵側がなにを意図し、通信妨害をしているのかは、シンとサンゴウには予想もつかず、わからない。
こんな時間だが、”深夜に襲撃とかあるのだろうか? 伯爵邸に? ないだろ。ないよね?”と、シンは考えていた。勿論、多分に希望的観測というか願望コミコミではある。
盛大にフラグを立てまくった感はあるが、結果的に伯爵邸では朝までは、何も事は起こらなかった。そう。何も起こらなかった。シンが迎えに来る事もである。
男爵側の計画では、伯爵邸の監視自体は置いていたのだが、お見合いと称して連れ出す迎えを出すのは、朝一で先触れを出し、午後一から。くらいの段取りだった。
中継船の通信士の買収も、管制官の買収もなされており、邪魔が入ることはないだろうと高を括っていたのである。
シンはシンで現地時間の25時前には入港申請の手続きは終わっていた。但し、グレタ管制官の言い分は「係留場所に空きがない」であった。
グレタからの許可が無くても許される、限界まで近づいたサンゴウからは、コロニーの港の開口部分に近寄り、係留場所が全部ではないものの、少なくとも一部は見えた。
通常の艦船の能力では、ひょっとしたら光学的に、モニターでの確認が不可能であるのかもしれない。
だが、サンゴウは、この世界の艦船を比較対象とするならば、超がつく高性能艦であり、普通に内部状況が見て取れる。生体宇宙船は伊達ではないのである。
今朝まで、係留していた場所が明らかに空いている。外部から確認出来たため、再度グレタに問い合わせる。しかしながら、グレタの言い分では、今現在確かに空いてはいるが、そこは予約済みで入港予定船が使うことになっているという話だった。
予約している艦船の入港予定時刻までに、出港するので使わせて欲しいと要望を出してみたけれども、使用許可は下りなかったのであった。
「なぁ、サンゴウ。ロウジュ達をこの艦に乗艦させるには、何をどうするのが良いと思う?」
「はい。艦載機と称して子機のサイズを調整し、子機にて入港手続きをし、接岸する方法が一応合法的手段と考えられます。ですが、今の状況だと許可が下りないでしょうね。後は、手段選ばずでしたら強行接岸で港を使用する方法と、艦長のデタラメ能力に頼る方法の2つ。全部で3つが提示できます」
「3つ目がおかしくね? デタラメ言うなし!」
「サンゴウが元々居た世界にも、おそらく、この世界にも魔法などというモノは存在しませんからね。後、人間は生身で宇宙空間で活動出来ません。ましてや、剣一本でAAクラスの宇宙獣を一撃で消滅させるとか絶対に出来ません。ほら、十分にデタラメな存在じゃないですか。艦長ならワンマンアーミーでグレタに突っ込んで、ロウジュ様、リンジュ様、ランジュ様の三人を掻っ攫ってくるとか余裕でやりそうに思うのですけど」
そうだな。出来る出来ないで言えば出来ちゃいそうだなぁ。と、妙に納得してしまうシンである。
「そう言われるとな。短距離転移を繰り返して、光源用の透明部分から内部視認さえ出来れば内部へも入り込めるし。単純に港へ強行に単独潜入も、不可能じゃなさそうだし。うむ。確かにやろうと思えば出来ちゃいそうだな。だがなぁ。それって人のサイズとはいえレーダーやセンサーの類には引っ掛かりまくるよね? いきなり無断侵入の罪人とかご免こうむりたいってのはあるんだが。あっ!」
「あっ! ってなんですか?」
「レーダーやセンサー類に引っ掛からなければ良いってだけなら、俺、影魔法使えば行けるわ」
「どんだけデタラメな存在なんですかもう。影魔法とか訳がわかりませんよ。いいです。もうそれでやっちゃってください」
サンゴウの存在だって、この世界の基準から行けば十分にデタラメだ。
この世界の宇宙船は感応波なんて使えないし、超空間砲などというトンデモ砲は持っていないのである。
もし、この世界の住人に意見を求めたら、「お前の性能は反則だ!」の大合唱であろう。
シンのことをどうこう言える立場かと言えば、”お前が言うな!”なのである。
「おう! 入港する船が何か来たら、その影に潜り込むことにするか。一応探査魔法で俺もそういう船の動向に注意しておくが、サンゴウも発見時点で教えてくれ」
そうして船を待つこと数時間。朝になりやっとストーキング可能な船が現れてくれたのである。
これを利用してとっととグレタへ潜入ミッションとなる。
あっさりとグレタ内部へ潜入に成功したシン。ついに無断侵入の犯罪者デビューとなった。特にシンは、検疫対象者であるので重犯罪者となる。やったね!
但し、”捕まってバレれば”のお話にはなるけれど。
シンに言わせれば「バレなきゃ犯罪でもなんでもない!」なのであった。どこかの赤い人が言っていた、「当たらなければ~」と同じレベルの発想である。
もしも、ではあるのだが、検疫上の問題で仮にシンが原因で病魔が蔓延ったとしたなら、”俺が全部魔法で治してやらぁ!”という覚悟はちゃんとある。
だから許していただきたいのだった。
継続的に通信で連絡を取りながら、MAP魔法と探査魔法を使いロウジュ達の位置を特定する。
そうしてついに、影魔法を駆使しつつ、ベータシア伯爵邸へと到着し内部へも無断侵入する。何故無断侵入したかと言えば、伯爵邸を監視しているっぽい存在が複数感知出来たからである。
真っ正直にお宅訪問な感じで、姿を見られるのはまずいだろうという判断を下したシンだった。
邸内で姿を現し、内部の使用人に驚かれることになったのはご愛敬だ。
来ること自体は連絡がロウジュ経由で知らされてはいたものの、目の前に突然人が現れればそりゃ驚くのは当然である。
シンはロウジュとの”感動?”の再会。しかし、そこでは”熱い抱擁から接吻へ”などいう場面は発生しなかった。
1日しか経ってないしね! 他の人の目もあるしね! 自重しただけだよね!
邸内の人員の総数は、ロウジュ達3人以外には10人だった。シンの感覚からすれば屋敷の規模に対してちょっと少ない気がしなくもないが、別荘的な屋敷であればこんなものなのかもしれない。
3姉妹とセバス、アルラを交えて対応を話し合う。勿論3人のメイドは側に控えているのだが話し合い自体には参加はしていない。
シンを含めた6人全員の認識として、正規の手段でグレタを出るのは危険ということで一致した。
通常ならここで、”さぁどうしましょう?”と、頭を悩ませることになるのであるが、勇者が居るのでなにも心配は要らなかったりする。
決めるべきことは同行する人員、持って行く荷物。それだけである。
シンとしては、伯爵邸を空にして全員連れて行っても問題ないし、なんなら屋敷丸ごとも含めて連れ出すことも可能であったりする。
しかしながら、この屋敷は伯爵家の資産であり、グレタへの税も支払っているので空き地にして夜逃げの様に屋敷ごと全員居なくなるというのも、それはそれでどうなんだ? とシンは考えてしまう。
なので、シンは手の内は明かさず、全部ひっくるめて持って行けるなどとは発言しない。
ベータワンを収納空間に入れていることもあるので、不用意な発言は控えたいところである。
「それじゃ、最終確認だ。セバス以下5名の使用人及び料理人は屋敷の維持で残留。3姉妹とアルラとメイド3人の乗艦。移動手段と物資の輸送については、俺に一任。で良いか?」
3姉妹と随伴メイド達を代表してロウジュが、そしてセバスが残留組代表として同意の返答を行う。そこからはメイドたちが荷造りを。とはならなかった。下艦時に降ろした荷物が荷解きがまだでそのままだったからである。
そのまま全部持って行こうという意向であったので、シンは「武器についてもそのまま持って行くのか?」と尋ねた。
”男として信用されてない”とか、”無いとは思うが彼女らが艦内で暴れるつもりがあるのか?”などの考えにどうしても思考が向くからであり、武器というのはそういう物である。
勇者の戦闘力から現実問題として危険は全く無いのであるが、シンからすれば信用の問題であるのでこの確認は必要なのであった。
ここで初めて、シンはこの世界特有の常識の違いの一部を再確認する羽目になる。
最低限の自衛武器の持ち込みは、この世界の住人の感覚からすると”基本中の基本だ”ということである。
一体どういうことかというと、通常艦船に積み込まれている武器というのは、艦内や船内で戦闘があった場合を想定して、相応の分量が準備はされている。
しかしそれは、乗組員の分と、それにせいぜい予備が少々あるかどうかの分量でしかない。
民間輸送船などにおいては特にそうなのだが、賊に襲われて船内戦闘などということも可能性としてあり得るのである。
そういったことを想定すると乗組員以外で乗り込む場合、”護身用の武器持ってないと船内の武器だけじゃ足らんよね?”ってことになるのだった。勿論、過剰な威力を持つと判断されるような武器は護身用として認められないけれど。
サンゴウがあの時、武器持ち込みの認識の違いうんぬんと言っていたのは、”こういう感覚の差異を感じ取っていたのか!”と、シンは改めてサンゴウの優秀さを確認してしまうのであった。
そういった説明を受け、”ちょっとびっくり!”なシンなのであった。所変われば常識変わる。そういうことならと納得して了承した。
但し、持ち込んでも艦内では、前回同様サンゴウの管理下で保管されるであろうけれども。
なんらかの男爵側からのアクションがあるのであれば、先触れなどが来てもおかしくない時刻が迫っていた。
シンはまず、この状況でも外出しても比較的怪しまれることのない、使用人の影に出発する全員を放り込んだ。
荷物は影に入れたように見える様に偽装しつつ収納空間へ放り込む。
収納空間へわざわざ入れたのは、生き物が収納空間に入らないことを利用して簡易検査が自動でなされるからである。
艦に意図しない生き物を持ち込みたくないからね!
全ての準備が完了し、使用人に港へ近づいて貰う。後は、影から影へと移り渡りとなる。
そうこうして出港する船の影に潜り込むことに成功する。その後、シンは宇宙空間にて短距離転移魔法やシールド魔法を披露し、全員無事にサンゴウへ乗艦を果たすのである。
シンらが船の影に潜り込んで出港した頃、伯爵邸でセバスは男爵からの先触れの応対をしていた。
先触れの内容は、男爵邸でのお見合いへ参加のお迎えが午後一でこちらへ来ますというものであった。
セバスは、当主よりの事前通達があり、此度のお見合い自体の中止を知らされている。現在は通信状況が悪く、伯爵当主からの直接の男爵への通信連絡は追ってなされる。と、いうことを伝え、先触れにはお帰りいただくこととなった。
所謂ドタキャンなのだが、爵位上は問題ともされない行為に当たるため男爵は受け入れるしかない。
勿論、盛大に恨みを買う行為であることは間違いないのであるが、実質敵対行動を裏でされている以上、今更の話なので放置である。
乗艦後、女性陣7名とシンで別々の部屋に別れて恒例の検疫&滅菌である。また、シンが影から出した振りをして収納空間から預かっていた荷物をこそっと取り出し、それには子機がスキャンに群がっている。
「艦長。お帰りなさい。救出成功のようでなによりです」
「ああ。しかし7人の密出国幇助。バレないからいいけど罪状だけが増えて行くなぁ。あ、それと持ち込んだ荷物は、前回のままなので、武器もあるぞ」
「了解です。同じように措置致します」
「艦長。3姉妹が、揉めるとまではいきませんが、少しばかり感情高ぶった会話をされていますよ? ロウジュ様だけで艦長に会うのか、3姉妹全員でなのか、の内容ですね」
「そうかぁ。でも、俺がそれを知って、こちらから取りなすことではないよな? それ」
「そうですね。どういう結果になろうと、フラグを立てまくった艦長の自己責任ですしね。面会希望が正式に来た時に、またお伝えします」
こうして、シンは脱出ミッションを終えた。この後には、曳航の誤魔化し問題と3姉妹との面会がどうなるのかが待っている。なるようにしかならんな。と、シンはちょっと開き直り気味になるしかない。
面倒事を考えるのを放棄し、ベータシア星系の主星への航行指示とグレタへの入港申請取り下げ指示を出すシンなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます