第9話

 ベータシア星系の第16惑星周辺宙域。ここには小惑星帯がある。


 サンゴウとの密談の結果、ここにベータワンを隠していたことにして、収納空間の存在を誤魔化すのが適当という結論になり、サンゴウが設定する当面の目的地はそこと決まった。


 乗艦しているお客さん7名に、誤魔化すことを悟られる訳にはいかない。

 小惑星帯への到着時刻が彼女らの就寝中の時間帯になるように、うまく調整せねばならないのである。

 そして、それはシンの手が及ぶ領域の話ではないため、そういった調整はサンゴウに丸投げとなってしまう。


 そうして、決めるべき事を決め、密談を終わらせたシンは、入浴も済ませてくつろぎモードに入ったのだった。


 ベータワンの取り扱い以外は、取り急ぎ決めなければならない事は何もなかった。


 地球産の懐かしい食べ物の再現の続きをサンゴウに頼むかぁ。などと時間に余裕が出来たシンは、食のほうへと思考を向けていた。

 ちなみに、サンゴウがデフォルトで用意してくれる通常のメニューの食事という物は、種類が限られている上に、シンから見ると洋風と言える物だけとなっている。

 それは、元々のサンゴウの搭乗員がデルタニア星系の人間であり、彼らの食べていた物が食文化の背景からそういう物だったという事情と、そもそも料理のレシピ自体がそう多くはなかったという事情もあった。

 中華風も和食も食べたい元日本人のシンとしては、可能な限り再現をお願いしたい所であったのである。


 サンゴウは、原料の有機物と完成品の料理に対する詳細な知識さえあれば、それをそのまま再現出来るという万能調理器とも言える能力を持っている。

 シンはこれまでにもルーブル王国滞在時に入手し、収納空間に入れていた食材、調理済みの料理などをちょこちょことサンゴウに提供していた。

 そうして、サンゴウにそれらを解析及び再現をして貰って、食の充実に力を入れていたのであった。


「艦長。ロウジュ様から二人だけでお話がしたいと申し入れがありました。30分後に前回お話に使った部屋へということでよろしいですか?」


「おう! じゃ俺は話をする部屋へ先に行って、お茶でも飲みながら待つかな」


 シンにはロウジュから”何について話をされるのか?”の心当たりが全くない。

 しかしながら、美人エルフさんと直接会って話せるだけで嬉しい。それ故に彼女からの申し入れを断る理由が微塵もなかった。

 そして、それを察しているサンゴウは、最初からその前提で情報を伝えている。

 更には、可否を問うのではなく、可の答えを前提とした提案形式で確認を取っているのだが、ロウジュに会って話が出来る事に浮かれている艦長はその事実に気づくことはなかった。


「あ、それではロウジュ様には、艦長はもう部屋でくつろいで待っているので、『準備出来次第お部屋へどうぞ』とお伝えしますね」


「そうだな。それで良い。じゃ俺はその部屋へ行くから、お茶出しだけ頼むな」


「了解です。ロウジュ様にも今、お伝えしました。じゃ、艦長頑張って下さい」


「おいおい。何を頑張るんだよ」


 そうしてついに、ロウジュが部屋へ訪ねてきた。


 ロウジュはテーブルを挟んでシンの前の席へと着いた。そして、シンはロウジュから挨拶を受け、グレタからの脱出のお礼を言われる。

 そうした後、ちょっとした沈黙の時間があり、意を決したのかロウジュから言葉が発せられた。


「シン。私の父から貰う事になっている報酬についての確認です。今決まっている分の報酬というのは、最初の賊の時の掃討、私達の保護、グレタまで送り届ける事の3つについてで、ひっくるめて提示されていて、それに合意しているのですよね?」


「ああ、事細かに個別内容まで確認した覚えはないが、救助と送ったことに対しての報酬だったハズだからその認識で合っていると思うぞ。もう合意している事だが、それがどうかしたのか?」


 真剣な表情のロウジュがそれを確認してくるが、”一体何が目的で、何を話したいのか?”がよくわからないシンなのである。

 これでは、”察しろよ!”って石を投げたい人が、きっと多くいるに違いない!


「はい。以前お話して、現状ベータシア伯爵家は財政難の状況という事はシンも知っていますよね」


「ああ。(おいおい、まさか反故にしたり、値切ろうって話じゃないだろうな?)」


「今回の宇宙獣の駆除。そして屈辱的な政略結婚の回避。私達の帰還に向けた救出。それと、今後の事ではあるのですけれど、宇宙獣を駆除した惑星2つの事で更にシンが動いてくれるという点について、報酬のお話が、まだ何もされていないのです」


 早合点してちょっと警戒に入ったシンであったが、どうやら別件だとわかって内心ホッとする。

 シンは、ルーブル王国での経験により、約束を反故にされるという事には、極度の拒否反応を示すようになってしまっている。ルーブル王国のシンへの扱いは、酷いものであったので、それは仕方のない事ではあるのだが。


「ああ。それはその通りだが、それについては、その、ほら、なんだ? こう、”俺が気に食わないから、自主的にやった!”って部分もあるしな。更に付け加えて言うと、”経費としてすごいお金がかかった”という事もない訳だし。そもそも、『報酬貰うから仕事として受ける』って話じゃなかったような?」


 事実として、経費はほとんどかかってない。というか、ほぼ0に近い。但し、それを知っているのは、”グレタからの長駆且つ超スピードでの往復と、宇宙獣駆除の両方をどう熟したのか?”の実態を知っている、シンとサンゴウだけである。

 

 ロウジュの感覚からすれば、”往復の燃料費、宇宙獣の駆除に使った武器弾薬の費用”といったお金が”最低限の経費として、掛かっている”と考えるのが自然となる。

 そして、それは通常であれば、「たいした額じゃない」と言えるような金額ではないはずであるのだ。

 だが、その点は今、わざわざ突っ込まなければならない点ではないため、とりあえずはスルーする事にしてロウジュは話を進めて行く。


「はい。そうですね。ですが、私の父は爵位を持つ貴族である立場上、シンに無報酬で、『シン、ありがとう!』というお礼の言葉だけでは済まないハズなのです。おそらく、『事が全部済んだらいろいろと清算する』と、いうような話だけでも聞いているのではありませんか?」


 シンとしてはそう言われてみると、当時、急いでいたから流してしまっていたが、宇宙獣駆除後の伯爵への通信報告の会話の中に、たしかそんな話も合ったような気はしてきた。けれども、流して聞いていただけに、正確な事はちょっと思い出せないのも事実であった。

 ”たしかあの時は、お見合い中止の指示が入ったデータを受け取って、ロウジュの元へ急いで持って行く事しか頭になかったからな”と、ちょっと思い返すシンなのである。


「すまん。ロウジュ。記憶が定かではないから、ちょっとサンゴウに当時の状況を聞いてみる。今、確認させてくれ」


「あ。はい。どうぞ」


「サンゴウ聞いてるよな? あの時の伯爵様からの話ってどんなだったっけか?」


「はい。艦長。あの宇宙獣の駆除完了の報告時に、伯爵様からは、『どう報いるのかについては、全て終わってから話し合いたい』と、はっきりとした申し出がなされています」


「そうか。ありがとう。サンゴウ」


「と、いうことだ。ロウジュ。その予想で合っていた」


「はい。予想通りで良かったです。で、ですね。正直申し上げて父から出せる報酬というのは、名誉的なもの以外となるとかなり厳しい事になるハズなのです」


 ロウジュは真剣な硬い表情のまま、更に言葉を続ける。


「そして、シン。あの時の私は言ってしまっているのです。なんら報酬のお話もする事なく、単なるお願いとして、『私達3姉妹全員救い出してください』と」


「そうだったな」


 シンは、ロウジュの顔というか目を見ながら話をしている。真面目な話なのだからそのような行動が当然であった。

 そのような状況下のシンの目線からだと、ロウジュの表情は、真剣だがちょっと目が潤んできているような感じになっている。

 ”美人さんを泣かせるような事は、してないと思うんだが”と考えてしまうシンなのだった。

 どうしようもない鈍感勇者である。


「シン。賊から助けていただいた時から、私の好意が貴方にあったのには気づいていましたか?」


「いや。”嫌われてはいない”と、しか思ってなかった。でもほら、助けた人間に嫌悪感を抱くってなかなかないだろう? 普通はある程度、好意的になるもんじゃないだろうか?」


「そうですね。ですが、その後の、グレタでのあのお話の時、シンは私達の境遇に怒りを感じてくれましたよね? そして、シンには、何の得もないのに、『全て解決してやる。俺に任せろ』って。そのような内容の宣言をしてくれましたよね? その後の行動も有言実行でしたよね? 今、全てが解決しつつあります。ここまでされて、惚れない女性ってなかなか居ませんよ?」


 お、おれ、いま、めのまえの、ちょうぜつびじんの、ろうじゅから、こくはくされた? シンはポンコツぶっ壊れモードに移行しているのである。


「シン。『彼女作ろう。嫁が欲しい』ってそう言っていましたよね?」


 覚えてたんかい! 忘れてくれてたんじゃなかったんかい! 聞かなかったことにしてくれたんじゃなかったんかい!

 恥ずかしい記憶を、強引に引き出されたシンは、羞恥心モードに強制移行。

 ポンコツぶっ壊れモードよりは頭が回るだけ、まだマシというものである。


「シン。私は、貴方が好きです。お願いです。怒らないで聞いてくださいね? ”私自身が報酬です”ではいけませんか? 彼女になり、嫁になるというのを、今までのシンの行動への、交換条件のようにして、報酬にするというのは、お気に障るかもしれません。ですが、私は、この身を貴方に捧げても良いと、思えるくらいに、貴方が好きです」


「ぜんぜん、いけなくないです。おれ、いま、ろうじゅに、こくはくされて、ろうじゅが、おれの、よめになるって、きいた、きがする。ゆめだよ。これ、ゆめだよね。めがさめたら、がっかりする、ゆめだよね」


 シンは再びポンコツぶっ壊れモードに移行した。

 固まってしまっているシンに、ロウジュは立ち上がって近寄る。そしてロウジュはシンに抱きつき、そっとキスをするのであった。


 しんはふぁーすときすをうばわれた! れんあいけいけんち1をかくとくした。なんてメッセージは流れないのである。ゲームじゃないので!


「夢じゃないですよ。シン。本当に貴方が好きです」


 そうしてロウジュは言葉を続ける。


「良かった。怖かったんです。『自分自身を取引材料にするな!』って怒られるかもしれない。怒って拒否されるかもしれない。って思ったりしたのです」


 ロウジュは嬉しさと安心したことで涙を流していたのであった。


 サンゴウは、ここまでの事を当然聞いていたし、見ていた。そして、優秀なAIであるサンゴウは、隣にあるシンの私室へ繋がるように壁の一部を撤去し、薄暗くなるように徐々に照明を落としたのである。


「ありがとうね。サンゴウ」


 優秀なるサンゴウは、ロウジュの感謝の言葉に、ここは沈黙で答えるのみだった。


 そうしてシンは大人の階段昇っちゃったのである。ロウジュさんはシンデレラではないけれど!


 翌朝になり、”やべぇ! 伯爵令嬢に、手を出しちゃったよ、俺!”と、冷静にビビリモードになるシンなのであった。

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