『うちの子自慢』はどこまでも

 自分の家で飼っているペットを、『うちの子』と表現する人は多いと思う。また、その多さと同じように、「ペットはペット、『うちの子』なんていう人には退く」という見解を持っている人も多い。敢えて明記しておくが、相反する二つの意見はどちらも間違いではない。世界中のすべての人が、動物好きではないのだから。

 人間以外の動物があまり好きではない人にとっては、過剰に愛玩動物に入れ込む人間が別の人種に見えるだろう。私は無類の動物好きだが、「うちの子は実の子供と同然で───」という人は少し苦手だ。『うちの子』であっても構わないが、人間とは別の種族であることを認識していないような気がするからだ。

 それでも、やはり私もまた、私の愛猫を『うちの子』と言う。それは、人間同士の恋愛や家族愛や友愛とも違うが、確かに愛が存在するからなのだと、同調する必要はないが寛容にみていただきたい。


 そんな私であるので、車内でお客さまと『うちの子自慢』で盛り上がると、本当にとどまる所を知らないと言ってもいい。私の理性も飛んでいるが、同好の士であるお客さまの理性も飛んでいる場合が多いからだ。


 とある夜、若いサラリーマンの方をご自宅にお送りした。

 その男性は、乗車して行き先を告げてすぐに「ああ、やっと逃げて来られた」と、お疲れながらも安堵した様子だった。タクシードライバーをしていると、サラリーマンの方々のノミニュケーション的お付き合いがどれほど大変か良く判る。一旦帰宅しても、上司や先輩に呼び戻される方がこんなにも多いとは、この仕事をするまでは知らなかった。

 「脱出出来て良かったですね」と声を掛けると、「こんなに遅くなるつもりはなかったんですよ。むしろ、一刻も早く帰りたくて」とのこと。

「おや、新婚さんですか? それとも可愛い赤ちゃんがお待ちですか?」と訊けば、「違うんです。実はですね」と来た。

「自分は一人暮らしなのですが、実は自宅で仔猫が待っていまして」

 おやおや、同好の士である。

「これがも~うっ! めちゃめちゃに可愛くて、毎日有休を取って一緒に居たいぐらいで」

「とても良く判ります。うちにも居ますので。毎朝、出勤する時に、葛藤しますよね。今日はサボっちゃおうかなぁって」

「そうそう」

「どんな子なんですか?」

「ラグドールという種類なのですが、御存じですか?」

「ラグドール! それはまた愛らしいでしょうね」

 あまりメジャーな種類ではないので解説すると、比較的近年に認定された種類の猫で、ラグドールという名前は英語でぬいぐるみという意味である。非常に大人しく、抱っこされるのが好きなのでそういう名前になったらしい。SNSで時折話題になる『美し過ぎる猫』で紹介されているのも、ラグドールである事が多いようだ。

「運転手さんの猫は?」

「うちはソマリです。別嬪ですよ」

 そのまま走行中は、自分の猫が如何に可愛いかを語り合い、ご自宅に到着して清算が済むと、車を停めたまま写真を見せ合う盛り上がり。仕事中であることは、この際、高い棚の上である。

「俺、まだ独身なのに、このままじゃ彼女も出来ないかも……」

 そうぼやいているお客さまだが、それはそれで惚気のろけに聞こえる辺り、わたしも同病なのだ。

「それもまた、楽しい生活じゃないですか。お客さんはまだ若いんですから、一緒に猫を愛してくれる女性を見つければいいんです。猫と一緒に見合いもアリですよ」

 そう言って別れた。生き物を愛する彼は間違いなく愛情深い人なので、彼の将来に幸いあれと本気で願う。


 そしてまた、『うちの子自慢』は国境すら越える。

 大量にインバウンドの方々が来られていた時、私の生息区域で多かったのは、中国・韓国・台湾・シンガポールの人々だ。勉学やビジネスで来られている方々だとまた違う国の人もいるが、観光客としてはその四国が圧倒的に多かった。

 私は、学生時代の英語の成績を五段階評価の1・2・1・2で来た人間だが、コミュニケーションを取る事には躊躇いがない。度胸さえあれば、片言の英語と筆談、翻訳アプリの助けで何とかなるものである。

 それは、シンガポールから来られたご家族をお乗せした時の事、お送り先を聞いてから間が持たなかった時、助手席に座った方に現在の愛猫娘まなねこむすめの動画を見せた事があった。

 現在、私の背後でぬくぬくと眠っているソマリの愛猫娘は、当時五ヶ月でやんちゃ盛りだったので、おもちゃと格闘している動画があったのだ。

「This is my cat. She is fighter」

 と、紹介すると、大爆笑。

 そして、後部座席で何やら賑やかにしているなぁと思っていたら、次の信号待ちで、彼らの動画を見せてくれた。

 不思議なもので、単語の一つ一つはよく聞き取れないものの、真面目に聞いていれば、おおむね何を言っているのか判るのである。

 どうやら見せてくれた動画は彼らの愛犬で、今はお家で留守番中とのこと。お世話はシッターさんにお願いしているが、現在の様子が見られるようにしてあるということだった。

「Now?」

 と訊けば、「Yes now」との返事。

 後は、スマホやタブレットに保存している写真の披露大会だ。


 全く以って、同病は国境を越える。

 意外と、世界平和の糸口は、そんな所にあるのかもしれない。


 どちらも、およそ¥1300~¥1500ほどの送迎時のお話。

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