雨に唄えば
ジーン・ケリー主演の名作映画、『雨に唄えば』を御存じの方も多いと思う。二十歳前後の私は、昔の映画のリバイバル上演に夢中になっていた時期があって、名前を知っていても海の物とも山の物ともつかない、二本立て・三本立て───時にはオールナイトの五本立ての上映に通っていたものだ。
昔のことなので、細かいストーリーを覚えてはいないが、雨の中で傘を持ったジーン・ケリーが唄い・踊るシーンは、特に印象に残っている。まあ、現在でも名シーンに数えられるのだから、当然かもしれない。「敢えて観に来て、良かったなぁ」と思った映画の一つだ。
登場作品は知らないが、日本の名台詞にも「春雨じゃ、濡れて行こう」という風情のある台詞もある。
ところがどっこい、近年の天候の激しさは、雨の中で唄ったり・うっかり雨に濡れながら歩くようなものではない。
ゲリラ豪雨、爆弾低気圧、線状降水帯等々、十年・二十年前には聞いたこともなかった気象用語が飛び交うご時世だ。
けれども遺憾ながら、私の生息区域である政令指定都市の人々は、天災に対してとてつもなく認識が甘い。なので、せっかく気象予報士さんが「今日の天候の変化にはご注意ください」と警告してくださっても、わりとのんびりと構えていることがほとんどだ。
何故なら、直撃すると予告された台風は十中八九反れて行くし、発生した線状降水帯は、同じ県内の遥か南から上がって来ることがなかったりするのだ。
だから、「どうせたいしたことないんでしょう?」と、のこのこ外出したりしている。
しかし、勤務中のほとんどを路上で過ごしている私としては、その瞬間に何が起こっているか、彼らは知らないだけだと思う。ご希望があれば、助手席で一緒に体験して欲しい程だ。
ゲリラ豪雨は、一転
コンクリートとアスファルトに覆われた道が冠水するまで、数分と必要としない。その雷雨に夜間遭遇した時、冠水した道路の表面を青い電流が走るのを見たこともある。
そして、周囲の状況が見えなくなるのは、ほぼ同時だ。
早く回したカラフルな風車が一色に見えるのと同じ理屈で、昼間であっても周囲は灰色一色に変化する。黒・白。シルバーのみならず、最近はビビットカラーの車も多いが、濃淡の違いこそあれ全てが灰色の車に見える。建物も道路もすべてが、モノクロームなのだ。
その中で自らの存在を主張するには、ライトを点けるしかない。信号の灯りやヘッドライトである───が、信号はともかく、ヘッドライトを点けない車もいるのだから、実に困ったものである。
けれども、もっと困るのが、避難しようとした自転車の人や歩行者が、バタバタと動き始めることだ。滝のような雨に打たれているのだから、彼らも当然周囲の状況など見えていない。ひたすら屋根を求めて移動する為、車道にも出て来るし、幹線道路の信号がない場所でも渡って来る。
「や~め~て~~~(泣)」とは、心の底からの叫び。
特に、速度を落として行列になった車の何台も何台も前の方、交差点は勿論側道もないような所で、ブレーキランプが不規則に光る場所は重要注意地点だ。灰色の濃淡だけになった視界の中で、赤いライトが瞬きをするだけで、心の中でレッド・アラートが鳴り響く。その地点に辿り着くと、輪郭が曖昧な影絵と化した傘もさしていない御高齢の方が、とことこと歩いているのだ。
動いている車の間を無事に歩けているのは、ひとえに必死で歩行者を避けている運転者側の努力の結果に過ぎない。けれども彼らは、周囲の車に全く関心を払わず(払えず?)、濡れることを気にせず(気に出来ず?)、自分の足元だけを見てマイペースに四車線も六車線も渡って行く───昼間でもぼんやり霞んだ視界の中では、ある意味ではホラーに等しい。
こちら側も余裕のない状況での走行中のこと、何とか周囲とも事故にならずに避けるのが精一杯で、彼らの無事を確認することまでは出来ない。騒ぎになっていない=無事だと、そう思うしかないのだ。
スマホの件の時にも述べたが、悪天候の時にも同じような事を思う。
『危険な行為は止めましょう』的な考え方が、どうも日本人は薄いように感じるのだ。おそらく海外では、『走っている車の前に飛び込んだら、跳ねられて当然』・『スマホに夢中になって危険な場所にいたら、拉致されて当然』と言われるだろう。
それもこれも、日本人の基本的考え方が性善説で、治安のいい国だからという事に起因しているのかもしれない。厳しい言い方をすれば、『何かが起きても、誰かのせいに出来る』と思っているのではないだろうか?
鼻歌を唄いながら踊るように、誰かが何らかの責任を取ってくれたとしても、起きてしまったことの結果は自分が受け止めなければならないのだと、それだけは心しておきたいものだ。
豪雨や暴風雨に見舞われて、動かずに過ぎ去るのを待っている金魚鉢の中で思うこと。
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