ザ・トークバトル

 女性は、おしゃべりをする為に生まれて来たのだ。根拠はないが、確信はある。

 たまに、気の合う旧友と一泊二日の旅行に出れば、合流して・泊まって・別れるまで、三十時間ぐらいは途切れることなく延々としゃべり続けている。黙るのは、眠る時ぐらいだ。

 と、いうわけで、私はおしゃべりドライバーだ。勿論、お客さま側が話したい気分ではない時は、察して沈黙するし、話してはいけない事を話さない分別はある。でなければ、今頃はクレーム表と始末書の束に埋もれていただろう。


 そして、人生の先輩であるお姉さま方もまた、インパクトがある話好きの方が多い。

 よくあるのは、スーパーもしくは病院の前で停めていただき、ご自宅までお送りするパターン。御高齢のお姉さま方は、近くのスーパーや近くの病院に歩いて行っているのだが、帰りは荷物が重くて、あるいは待ち時間疲れで、タクシーに乗られることが多い。

 利用していただくのはとてつもなく有り難いのだが、車のドアを開けて、私が女性ドライバーと判った瞬間からトークが炸裂する勢いに、最初の頃はとても驚いた。

「あらぁ、女性の方なのねぇ、嬉しいわ。男性の運転手さんは無口な方が多くて───ごめんなさいねぇ、近くなのよ。お買い物の帰りは荷物が重くてねぇ、ついタクシーを使っちゃうの。女性の方なのに頑張っていらっしゃるのねぇ」

 ここまでの時点で、乗っているのは荷物と体の半分だけ。まだドアを閉めることもできない。

「乗るのが遅くてごめんなさいねぇ。足も腰も痛いものだから───はい、乗りました。閉めていいですよ。歳を取るといやぁね、あちこち悪くて。こないだも病院に行った時に、先生ったらいっつも『仕方がない』しか言わなくて、本当に腹が立つったら───」

 この時点でも、ドアは閉めたが、まだ発進することはできない。何故なら───。

「お話を遮って申し訳ありません、お客さま。取り敢えず、お送り先を伺ってもいいですか?」

 と、いうわけだ。

 これら一連の出来事の間に、後ろには車の列が出来ており、その中に路線バスなどいると、こちらの気持ちとしてはかなり焦る。だが、そこはこちらもプロなので、態度には出さないように努力するのだ。

 そして、何とか送り先を聞き取り、通るコースを確認して、やっと発進に至る。私としても、話を中断させた申し訳なさがあるので、走行が落ち着いた時点で、「それで、お医者さまがどうかされたのですか?」と続きを促してしまうのが常。

 一呼吸置いた為に、「あら、何だったかしら?」になることも多いが、それで終わることはまずない。子供達は独立し、御主人は引退し、同年代のご近所さんや遠方の友人達も徐々に欠けていく世代のお姉さま方は、常に話し相手を欲していらっしゃるのだ。

 持病の話、家に居るご主人の話、地元プロ野球チームやドラマの話、遠方に住んでいる孫や嫁の話、最近のご飯の話から近所の野良猫の話まで、トークの泉は枯れることを知らない。この昭和前半世代の方々が、我々タクシードライバーがどのような職業だと思っているのかは不明だが、大方の場合は多すぎる買い物荷物の運搬も依頼される。場合によっては、団地の四階や五階まで。勿論、階段はない。

 必要な物なのだけど、自分では持って上がれない───というのは理解出来ることだ。そのことを「申し訳ない」と思ってくださる方からは、多少なりともチップをいただくことがある。一方では、「そのくらい、サービスでしてくれるんでしょう?」という方もいて、無償奉仕を当然と思われている方も少なからずいる。まあ、つくづく色々な人がいるということだろう。

 どちらにしても、荷物持ちぐらいはするけれど。


 更に、自分の所属する営業所の近辺のスーパーや病院だと、同じお客さんに会う確率が高い。顔見知りになり、『この人は話し相手になってくれる』と思われると、次のステージが待っている。つまり、「コインパーキングに車を停めて来て、うちでお茶(もしくはお昼)でも一緒にしない?」というステージだ。

 いやいやいや───だから仕事中なんです、私は。

 認知症の祖母の介護に長く関わり、加えて介護タクシー部門にも所属しているので、御高齢のお兄さま・お姉さまとお話をするのは、決して嫌ではない。けれども、それとこれは全く別の話なのである。


 また、お客さまと一緒に食事をすることが、全く無いということもない。例えば、御高齢のお兄さま・お姉さまの日帰り観光にご一緒した時などは、長時間同行するということもあって、ありがたくご相伴に預かることもある。けれど、そういう仕事自体が稀である上、常々誘ってくださるお客さまは、日常的にお会いするのだ。無下に断るのも申し訳ないのだが、日々の売り上げが大きく給料に影響を与える職業故に、「次の予約がありますから」と丁重に断るしかない。

 だがしかし、激動の昭和を生きて来られた先輩方は、それで引き下がったりはしないのだ。次の一手として、「じゃあ、お休みの日に遊びに来てくださいね」である。

 繰り返し述べるが、荷物運びはサービスだとしても、話し相手をしているのは仕事なのである。無償で、プライベート・タイムを提供することはできない。もっと正直に言えば、プライベート・タイムは私の為のプライベート・タイムなので、有償でも提供する気はない。だから、懸命に死守をする。当然、お客さまの機嫌を損ねないように。



 是非驚いて欲しい。この攻防は、約¥600───基本料金内で行われるお話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る