目の前の絶滅危惧種

 同僚の九十五%以上が男性───しかも、入社当時、四十歳で新人だった私が、「嬢ちゃん」と呼ばれても仕方がない年代が、九十五%の中の九十五%(目算)という特殊な状況が、我が職場である。

 私が新人だった頃の女性ドライバーというのは、同僚にとってもお客さまにとっても、『珍種発見!』の勢いで稀なものだった。けれども近年はそれなりに数も増えて来て、『珍獣目撃!』程度には進化しているようだ。おかげで、女子会も女子トークも社内で可能になった。


 職業柄、見ず知らずの他人をお客さまとして、パーソナル・スペースに招き入れるのが必然であるが故、『今日出会ったお客さま』の話題は茶飲み話的に出る。ただし、ほとんどが他愛もない話で、今日のアノコは可愛かった・スタイルが良かった・性格が素直だった───&その逆のパターンだ。

 同僚のほとんどが男性陣である為、女性の話が多いのは仕方がないだろう。男性にとってパーソナル・スペースに入れる男性は、カボチャかナスと思わねばやっていけないのかもしれない(憶測だが)。


 そんな毎日を過ごしている或る日、逆の事態が発生した。

「◎◇町のスーパーの前で、遠目に見てもダンディな小父さまに手を挙げてもらってさぁ。もう、超ラッキーだった!」

「ええっ! いいなぁ……どんな人でした?」

「少しイチローみたいなお髭の中肉中背の男性だったんだけど、三つ揃いのスーツも似合っていて、立ち姿がも~うカッコ良かったのよっ!」

「それ、イイですっ! その辺、探してみようかなぁ」

 ───等々。こちらも、実に他愛もない話である。

 だが、近くに居た同僚の男性陣は騒めき、各種カルチャーショックを受けたようだった。ちなみに、話題の提供者は私である。

「女の人も、そういう話、するんだ?」

「そりゃあ、するよねぇ?」

「します~」

「私たちだって、どうせなら『お、ステキ』・『カッコイイ!』って思えるお客さんの方が、モチベーションが上がるしねぇ」

「上がります~。俄然探しちゃいます~」

「誤解を生む前に言っておくけど、だからといって名刺交換したり、その人とどうこうしたいわけじゃないのよ。単に、観賞して楽しんでいるだけ。男衆だって、綺麗な女の人の方が嬉しいでしょう? そもそも、おいちゃんと小父さまの間には深い溝があって、ダンディな小父さまに至っては絶滅危惧種なんだから」

 私の言い分と「うんうん」と頷く後輩女性ドライバーの反応に、先程とは別の角度からショックを受ける男性陣───だが、どちらかと言えば体育会系の男性陣は、立ち直りの速さと自己アッピールは凄いのだ。

 俄然詰め寄って来て、「俺はどう?」・「俺、どっち?」と訊いてくる始末。勿論こうなると、入社年数の浅い後輩には答えられない。歯に衣を着せずに答えるのは、私の役割でもある。


 幸いその場には、笑いながら聞いているだけの、良い例になる先輩方が居た。

 なので私は、普段から仲の良い一人の先輩ドライバーに対して、改めて紹介するように手を伸ばし、誰にでも判るようにはっきりと答えた。

「こちらが、我が営業所のダンディな小父さま筆頭であらせられます」

 それには、女性陣のみならず、男性陣もうんうんと頷く───「それは判るんだよ」と言わんばかりだ。何しろその先輩は色々な意味で、VIPや有名人の依頼がある時には、真っ先に名前が挙がる人なのだから。

「そして、こちらの御二方が、グレーゾーンのダンディな小父さま候補であります」

 更に、筆頭の近くにいる二人の先輩を披露する。

「えええええっ!」とは、両本人とその他の男性陣のクレーム混じりの声だ。

「充分ダンディに成り得るという前提で申し上げますと、右の御方はいつも髪と服装が乱れがちで、プチ・ダンディ。左の御方は身嗜みのみOKなのですが、言動が微妙に残念・ダンディな御方でございます」

 この場合において、男性陣の大ブーイングは私への喝采のようなものだ。喜んで甘受しよう。

「なお、ダンディなるものは、顔や体形ではないので、絶滅危惧種のダンディ小父さまを目指したい方は、是非私にご相談ください。服装・髪型のチェックから言葉遣い、健康管理に至るまで、懇切丁寧に指導させていただきます。女性の顧客GET間違いなしですよ」

 蛇足ながら付け加えると、私は一応、三人しかいないドライバー側の主任の唯一の女性で、加えて衛生管理者でもある。ご相談・指導はどんと来いだが、舌鋒の鋭さに関しても営業所随一で、更にスパルタであることは間違いない。


 残念ながら、営業所内ダンディ小父さま計画は不発に終わった。心の底から残念である。


 業務開始前及び業務終了後のメンバーによる集会モドキにより、料金は発生しない時のお話。

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