乙女の本懐

 とある結構式場の近くで、参列者らしき二十代半ばの女子三人と御一緒することになった。

 結婚式らしく素敵にドレスアップした彼女達は、乗車時から何やら揉めている様子。

A「だからぁ、あんな男、やめといた方がいいって」

B「そうだよ。付き合っとっても全然楽しくなさそうやん」

C「でも、だって……だって…」

 と、多少言葉は変われども、このやり取りがループしている。そんな状況で口を挟まずにいられる自分ではない。

「まあまあお嬢さん方、そうは言っても、こちらのお嬢さんがその彼がいいというのであれば、どこかしらいいところがあるんじゃないですか?」

 無言で頷くCさん。

「例えば顔とか」

C「悪くはないんですが、特に格好良くはないんです」

「性格がいいとか」

C「性格も特に優しくは───」

A「そこが最悪なんですよ。女癖が悪いし」

B「お金にもルーズだし、遊ばれているだけやろうもん」

「おやまあ……。でも、何か魅力があるんですよね? でなきゃ、付き合っているわけがないのですし」

C「運転手さん、聞いてくれますか?」

 急に勢い込むCさん。

「そこは是非聞かせてください」

C「彼、リアル・シックスパックなんですっ!」

A「そこ?!」

B「それだけ?!」

C「だって~」

 オバさんとしては、ちょっと現実的に想像してみた。

 『リアル・シックスパック』───過去、一応はグラフィック・デザイナーの端くれで、ヌードデッサンなんぞもしていた身の上としては、それはもう生々しく思い描くことができる。

 腹筋だけを鍛えるのは不可能なのだから、他の部位もそれなりに───いやいや、シックスパックを形成するほどだから、それなりよりかなり上のレベルということで……。

「確かに、リアル・シックスパックはちょっとトキメキますね」

A・B「えええっ!!」

C「そうですよねっ!」

 ほぼ同じタイミング。

「私としても一応女子なので、男性の筋肉にはトキメキますよ? ただ、個人的な好みとしては、僧帽筋・三角筋・背筋の逆三角形が特に好きですが」

 え? どこ?

 マニアックな……。

 ──と、小さく聞こえた呟きは黙殺。

「トキメキは理解しましたが、お嬢さん、遊ばれるのはいただけません」

A「そこですよ、やっぱり」

B「言ってやってください。私たちの言うことなんて聞かないんだから」

「お友達の御心配もごもっともです。遊ばれるのはダメです。お嬢さんの主導で遊ばなきゃ」

ABC「?」

「リアル・シックスパックは、キープするのにかなりの根気と努力が必要です。女性関係とお金にルーズな人が、根気よくいつまでもそれをキープすると思いますか? 鍛えられた筋肉+サボリは、巨大な贅肉の形成です。だから、心置きなくシックスパック愛で尽くしたら、こちらからサクっと捨てておしまいなさい。決して捨てられてはいけません。こちらから捨ててやるのです」

 この際、男子の人権は高い棚の上である。

C「私にそんなことができるでしょうか?」

「できると思いますよ。シックスパックに飽きる前に、その彼の言動にうんざりするでしょうから、そこが潮時です」

 車内・爆笑。

 うむ、これだけ笑えるのなら大丈夫でしょう。

「その彼とサクっと別れる事が出来れば、イイ女の階段を一つ登っているでしょうから、次はボディだけでない、もっといい彼氏をみつけられますよ」

C「じゃあ、そうします。頑張ります」

 彼女は力強く宣言した。

 う~ん・よかよか。女子はこのくらい逞しくないと。



 およそ、¥1600ほどの移動時のお話。


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