第35話 リアルハ◯ーポッ◯ー

「だぁーーっ! なんでこんなことになってんだよ!」

「愚痴をこぼしてる暇があるならしっかり走りなさいよ!!」

「背負ってもらってる奴が文句言うんじゃねぇ!!!」


 現在、リタを背負いながら猛然と走っていた。地形は凸凹が激しく周りには太く高い樹々が生えている薄暗い階層だ。


 そんな階層で俺が思わず愚痴をこぼすほどに逃走している理由は………後方を見れば納得してもらえるだろう。


「「「「「「イ゛イ゛イ゛イ゛」」」」」」


 現在進行系で二百体近い蜘蛛に追われているのだ。某魔法使いの学校みたいに! まさか体験できるとは思わなかったが、実際体験すると一言しか言えなくなる。気持ち悪い!!!! 




 リタと共闘してから着々と階層の攻略を進めた。順調に捗った攻略はひとえに俺のおかげ……………などでは決してなく、リタのおかげである。この相方、異世界人である俺よりもチートであったのだ。 


 まず、一度に展開できる魔法の数が常人離れしていた。この世界での師と呼べるのはディアブロだが、悪魔王デーモンロードの異名を持つあいつでさえ、一度に展開できる魔法陣の数は四つかそこら。放った節から次々と魔法陣を構築、展開して発動。これを繰り返すことでこの世界の魔法使いは魔法の連射を実現している。

 リタの場合魔法陣の数は、見たところ十二。ディアブロの三倍もある。弾幕どころの話ではない。


 さらに、普通魔法を放つまでの手順として、魔法陣を構築→展開→詠唱→発動、と言った感じなのだが、見た限りリタの場合は展開→発動、なのだ。魔法陣を構築する過程は見られず、魔法名を呟く必要はあるみたいだが、ほとんど詠唱していないのと同じだ。長い詠唱が必要な上級魔法を魔法名を口にするだけで発動できるなど、魔法使いからしたら卒倒ものである。絶対に的に回したくない相手である。


 魔王の娘であるのでとてつもない魔力量であるし、どうやら八属性全て扱えるらしい。羨ましくなんてない。一つぐらい適正譲ってくれてもいいんじゃないかと思ったことなど、ないったらない!!!


 だが、いかにチートな魔法を持っていようと接近戦は苦手と聞いた。だから基本俺が前衛でリタが後衛で援護ぐらいに思っていたのだ。


 だからちょうど大型犬ほどのサイズの蜘蛛型魔物に遭遇した時。いつも通りサクッと終わらせるかと思いながら剣の柄に手をかけたのだが、


「『炎槍』」


 リタの突き出した右腕から放たれた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形となり、俺の真横を通り抜け蜘蛛型の魔物、八つの眼が並ぶ頭部にめがけ一直線に飛翔。あっさり突き刺さりそのまま貫通。一瞬で周囲の肉を燃やし、断末魔をあげることすら許されず、蜘蛛型の魔物は灰と化したのだ。


「……………」


 いろんな意味で思わず押し黙った。


 最近、リタの無双が凄まじい。まるで俺に対抗するかのように先制攻撃を仕掛け魔物を瞬殺するのだ。…………果たして俺を召喚する必要があったのだろうか? と何度考えさせられたか。

 そのため、最近では自分の出番がめっきり減ってしまい、自分が役立たずな気がしてならなかったのだ。俺がリタを危険な目に合わせないと言い出した手前、なんとか役立たずではないことを示そうとしたいのだが。

 

 まさか、自分が足手まといだから速攻で終わらせているとかではあるまいな? と内心で不安に駆られているのである。もし、そんなことを本気で言われてしまえば、丸十日は部屋にこもり枕を濡らすことになるだろう。


 苦笑いしながらリタへ言う。


「あ〜〜、リタ?」

「何よ? 蜘蛛嫌いなんだから迷うことなく殲滅よ」

「うん。それは別にいいんだが…………まぁいいか。無理だけはするなよ」

「…………あの時みたいにはもうならないから。けど、役立たずになるのはもっと嫌」

 

 あの時と言うのは、階層丸ごと蟻の巣であった七十階層のことだ。あまりの数の多さにリタが魔力枯渇するまで魔法を使い続けぶっ倒れてしまい窮地に陥った時に慰めた頃から出番が戻ってきたが。それでもリタのチートには助かっている。

 ちなみに、その時に『もう少し俺を頼れ』と言ったら炎と氷と雷の槍が飛んできた。訳が分からない。別に怒らせるようなこと言ってないと思うのだが。


「現状、むしろ俺の方が役立たずみたいになってるんだがな………お前は十分役に立ってるよ。それに、もともと俺が言い出したことなんだから頼ってくれ。お前は接近戦が苦手なんだから、前衛は任せてくれ」

「…………別に、役立たずなんて思ってないし。むしろ助かってると言うかゴニョゴニョゴニョゴニョ」


 リタが頰を染めて何か言っているが小声すぎてうまく聞き取れない。まぁ、不機嫌そうではないので放っておこう。


 そんなことを思っていたら、俺達を包囲するように円状に接近してくる魔物の気配を捉えた。数は十体ほど。


 統率の取れた動きに、この前のラプトルのような群れか? と訝しみながらリタを促しこの場から離脱する。数が多いので少しでも有利な場所に移動するためだ。


 そうして移動していくうちに数が二十、五十と増えていき………………気づけば二百体の蜘蛛に追われるようになってしまったのだ。

 ちなみにリタを背負っているのは魔力枯渇で動けなくなったのではな「蜘蛛嫌い蜘蛛嫌い蜘蛛嫌い蜘蛛嫌い」と壊れた音声プログラムのように繰り返し始めたので仕方なく背負ったのだ。背中に押し付けられる柔らかな感触だったりリタの髪が頰を撫でていい匂いがしたりで理性が音を立てて崩れそうだが、今はそんな状況ではないので無視する。


「まさか異世界でハ◯ー◯ッターを体験できるとはな!!」

「"◯りーぽっ◯ー"が何か知らないけど、追いつかれたらあんたごと消し炭にするからぁぁ!!!」

「酷いなおい。お前は魔法の準備だけしとけ! あの樹の上で仕掛けるぞ!!!」


 高速で移動しながら周囲で一番高い樹を見つける。"魔力障壁"と樹の枝を足場にヒョイヒョイと登っていく。その際に太い枝を砕いて魔物が登って来にくいようにする。蜘蛛なので嫌がらせにもならないが。


 十分な高さまで登り切ったところですでに、眼下の魔物はひしめき合い、俺達のいる大木へ登って襲おうと群がっている。


「これで一箇所に集まりやすくなったが、どうだ?」

「本当なら今すぐにでも殲滅したいけど…………もう少し」

「なら、足止めしとくか」


 リタの分析を聞き、俺達と地面の中程で"魔力障壁"を鼠返しのように展開し蜘蛛を押さえておく。その間にもみるみるうちにひしめき合っていく蜘蛛。これは、さすがの俺も見たくない。集合体恐怖症になってしまいそうだ。


「行けるか?」

「十分。くたばりなさいっ! 『氷極』!」


 リタが魔法のトリガーを引いた瞬間、俺達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に氷に覆われていく。蜘蛛の魔物に到達すると氷がそそり立ち、一瞬の抵抗も許されずに、その氷牢に閉じ込められ眼から光を失っていった。集団でひしめき合っていた蜘蛛どもは、当然一匹残らず蒼氷に埋もれた。まさに殲滅魔法と言うに相応しい威力である。


「はぁ………はぁ………」

「お疲れさん。さすが魔王の娘だ」


 傍でへたり込むリタの腰に手を回して支えながら、周囲一帯、雪景色ならぬ氷結景色を見て混じり気のない賞賛をリタに送る。最上級魔法を使った影響で魔力が一気に消費してしまい、リタは肩で息をしている。おそらく酷い倦怠感に襲われていることだろう。


「……べ、別にあんたに褒められても嬉しくないんだからね」


 それをツンデレというんだよ、と回復薬を手渡しながら言おうとしたが………リタを抱え樹から飛び出す。「わっ、ととっ」と回復薬を落としそうになり恨めしい目を向けるリタに説明する。


「リタ。次の襲撃だ。数はもう二百を超えてる」

「はぁっ!? いくら何でもおかしいでしょ。さっき全滅したばっかよ?」


 何かの間違いじゃないの? と聞いてくるリタに無言で首を振る。現在進行形で"気配感知"が捉える数が二百……いや、もう三百を超えた。


「それで? 今はどこに向かってるの?」

「さっき逃げてた時に考えてたんだよ。確かに統率のある動きをするが、目立った能力を持っているわけでもない。が、全滅したばっかなのにすぐに倍ほどの数を特攻させる……………まるで雑魚の相手をさせて俺達を消耗させているみたいだなと」

「つまり、こいつらの親玉がこの先にいるかもってことね」

「いやぁ〜口に出さず俺の考えていることを理解してくれるなんて嬉しい限りだ」

「次そんなこと言ったら燃やすわ。それともちょん切られる?」


 冗談は相変わらず通じないと。それとちょん切るのはやめてください。俺は漢女おとめになりたくない!


 しばらく樹々を飛んで親玉が潜んでいると推測した場所……………不壊のはずの迷宮の壁にある人が一人通れそうな亀裂の前に来た。リタを下ろす。わずかに亀裂から漂ってくる腐臭に顔を歪ませる。と同時に、首筋のあたりがビリッとした。この先が危険だと本能が訴えてくる。


 が、俺は不敵に笑う。


「鬼ごっこは終わりだ。踏ん反り返って高みの見物している奴に挨拶といこうじゃないか」

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