第34話 共に

「そう思ってたのに、あんたはお父様とお母様に好かれるし。城にいる兵士やメイドと親しくなってるし。ユーグリンでとイチャイチャしてるし。何度も私を助けるし。自分が怪我するのもかまわず私をかばうし。……………私が知っている人族とは全然違くて、もう何がなんだが分からなくなって」


 泣き止んだリタが語ったエクタナの過去。エクタナの過去を聞いた自分に芽生えた人族への侮蔑や差別、憎悪の感情。そして、俺と関わるごとに自分が嫌っていた人族とは違うことばかりで混乱したこと。

 それらを聞いた俺は…………思い切り吹き出した。腹を抱えて笑う。リタが少し赤く腫れた目を向ける。


「な、何よっ!! どこにそんな笑う要素があったのよっ!!! それともくだらない話だって一蹴してるわけ?!」

「ああ。くだらない」

「即答!?」


 リタが怒りをあらわにして吠えている。酷いことを言ってる自覚はあるし、俺だって空気を読める。ここは笑う場面じゃないんだってことくらい。

 が、空気を読むことができなくなるほど、くだらなかったんだからしょうがない。


「言っておくが、エクタナの過去をくだらないと言ってるわけじゃない。そこまでクズに成り下がった覚えはないからな。俺がくだらないと笑ったのはお前のことだよ」

「私の何がくだらないっていうのよ!!」


 まず一つ、と俺は指を立てて語り始める。


「お前、エクタナが人族を嫌っているって言ったが、それは間違いだぞ」

「はぁ!? 何言ってんのよ。お母様が自分で言ってたのよ」

「それは『人族が嫌い』じゃなくて、『裏切り者が嫌い』って意味じゃないのか? 仮に人族が嫌いなら、わざわざ人族である俺と関わろうとしないだろうし。そもそも人族を召喚したりしないだろ」

「そ、それは、そうだけど………」


 初めてオメゴスに召喚された時に俺がどのようにして召喚されたのか説明された。その話からすれば、もっと細かい条件---という条件で異世界から召喚させることだってできたはずだ。召喚自体はガリオスが行なったが、あいつはエクタナの尻に敷かれている。エクタナが『人族は嫌いだからやめて』と言えば、ガリオスは俺みたいな人族が召喚されるような条件にしない。


「二つ。これはどっかの馬鹿にも言ったが、人族がみんな、そんな奴ばかりじゃないことをお前は知らなかっただけだ」

「そんなことない」

「いや、そんなことある。現に、この世界の人族はお前達魔族を非道な種族とか魔物と同じ獣とか言って嫌ってるが、実際は他者を思いやり、尊重しあえる普通のだってことを俺は知った。知らないだけで勝手に決めつけてるだけなんだよ」


 結論、と俺はリタに告げる。


「尚更、お前を死なせるわけにはいかなくなった。という訳で----これからは一緒に行動するぞ」

「はぁっ!? なんでそうなるのよ!!」


 リタが声を荒げる。ここが下層への階段だったからいいものの、今頃魔物に囲まれているだろう。それぐらい、今の俺達は目立っている。


「理由なんて一つしかないだろ---このまま進めば、お前は間違いなく死ぬ」

「っ!?!?」

 

 リタが身体を震わす。すぐに反論してこないのは、無意識に自覚しているからか。

 先ほどとは別人かと思うほど弱々しい声でリタが口開く。


「な、何を言うかと思えば。私が、死ぬ? ありえないこと言ってるんじゃないわよ」

「ありえないなんて言葉、この世に存在しない。絶対なんて言葉、この世界--異世界にすらどこにも存在しない。突然エクタナの母親が味方じゃなくなったように。突然俺の両親が…………犯罪者に殺され帰らぬ人になったように」

「っ………な、なに? 同情でも誘ってるの?」

「そうかもしれない。同情でもなんでもいいから。お前とともに行動したい。……………なぁ。お前だってもう気づいてるんだろう」

「何言って」

「お前は何度死にかけた? 何度くだらないミスで死にかけた? さっきだって俺がかばってなかったら食われてたんだぞ? さっき助けなくても、ムカデに食われてたか、蜘蛛に食われてたか、スライムに食われてたか……………お前食われそうになってばっかだな」


 うっさいわねっ!!!といつもなら噛み付いてくるはずだったが。リタは俺が一つ一つ死にそうになったことをあげていく度に、顔を俯き外套をぎゅっと強く握る。


「………その様子だともう分かってるんだろ。お前は確かに魔法使いとしては一流なんだろう。さっきだってお前の魔法がなかったら危なかった」

「……………」

「だがな、お前が招いた危険なんだ。それがこの先の階層で起こらない訳じゃないんだ。だから、俺がお前と一緒に行動して、お前が危なくなれば俺が助ける。逆に、俺が危なくなればお前が助けてくれればいい。それを………そうだな。最奥にある『魔王因子』まで行動して、どっちが『魔王因子』を手にするかはその時一対一で勝負して、勝った方が魔王になればいい」


 どうだ? そうリタに聞くが、リタは俯いたままで何も言わなかった。

 しばらく静寂が流れたのち、声が耳を打った。


「………なんで………なんで、あんたはそんなに私を心配するの?」


 目も合わせず漏れた疑問に、俺はあっけらかんと答える。


「お前のためじゃない。俺のためだ」

「…………どう言うことよ」

「今ここで、お前を見放したとしよう。俺が『魔王因子』を手にして地上に帰る。対してお前はどこかの階層で、誰にも知られることなく死ぬ。地上に帰れば、ガリオスとエクタナがお前が迷宮から帰ってこなず、死んだと思い悲しむ。………………そんなの、俺が俺自身を許せねぇに決まってるだろ」


 俺は言った。ガリオスとエクタナにを刻ませるなと。だが、今ここでリタを見放せば、俺がガリオスとエクタナにを刻んだことと同義だ。そんなこと許せる訳ない。家族を失う辛さは、俺が誰よりも知っているのだから。


「だから、俺がお前を死なせない。どんなことをしてでもお前を生きて地上に返す。それだけだ。お前に拒否権はあるが、俺はお前についていくからな。しつこいストーカみたいにネチネチと! それが嫌なら妥協しろ」


 それきり、二人の間に会話は無くなった。お互いの息遣いすら聞こえなくなるほどの静寂が再び支配した。




「……………別に」


 体感で何時間以上にも感じたが、実際には数分にも満たない時間が経った。リタの言葉が耳を打つ。


「別に、あんたなんかに守ってもらうほど、私弱くないし。勘違いしないでよね!! あんたと、楽に最奥に行けるってだけだし。いわば、そう。これはあくまでも私があんたを利用するだけなんだからね!!」

「……おいおい。それが一緒に行動するパートナーに向ける態度かよ」

「………………な、なら」


 リタが顔を真っ赤にして手をモジモジさせながら言う。


「私が………あんたを知るため。人族を知るため。そのために、あんたと一緒に行動、したい…………こ、これで十分でしょ!」

「……ツンデレかよ」


 こうして、油と水のような性格の二人のタッグが組まれたのだ。これが、まさか俺の未来を左右することになるとは、この時の俺は当然、考えもしなかった。






「と言うか、その"つんでれ"ってなんなのよ」

「本当は嬉しくてデレデレしたいのに、素直になれなくてツンツンしてしまう性格。略して"ツンデレ"」

「聞いた私が馬鹿だったわよこの変態紳士!!!!」

「それは今なんの関係もないだろうが!!!!」

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