第33話 大っ嫌い

 台風なんて可愛いと思えるほどの暴風が蹂躙し終えた頃には、元の景観を思い出せないほど周りがスッキリした。


 鬱陶しい背の高い雑草はおろか、何本も樹木さえもなくなり見晴らしがよくなった。俺達を襲っていたラプトルは当然ただの一匹も見当たらず、土の養分と化したようだ。


 目の前の光景に、思わず冷や汗が流れる。この魔法がもし、俺に向かって放たれていたら、果たして生き残れるだろうか。考えたくない仮定の話。もしかしなくても、俺よりチートじゃね? 俺が召喚された意味なくね?


「〜〜〜〜っ」


 思わず自信損失していると、不意に両肩へ激痛が走り思わず剣を落とした。さっきまで感じていたものとは比べものにならない痛み。おそらく、戦闘中はアドレナリンが脳内で分泌されていたおかげで、感覚を麻痺させていたから感じなかったのだろう。

 

 日常では絶対に経験しない壮絶な痛みに声にならない悲鳴をあげる。激痛に情けなく泣き叫ばなかったのは、ディアブロによるスパルタなんて甘美に思えるほどの訓練の賜物か。


 と、激痛に耐えていると俺の背中に誰かが---というか、リタが触れた。さっきのデタラメな魔法を見せられている手前、思わずビクッとなってしまったのは仕方ないと思っていただきたい。

 俺のそんな思い込みで身体を硬直させたのも束の間、触れている箇所がじんわりと熱を持ち始めた。次第に両肩にも熱が広がり、痛みも和らいでいった。見れば、小さい光の粒子が集まり、肩に開いた穴がみるみる癒されていった。おそらく、リタが治癒魔法をかけてくれたのだろう。思わずホッと息をつく。痛みに肩を動かせず、回復薬を取り出せそうになかったのでとてもありがたい。

 光の粒子が消えた時には、傷一つもなくなり身体の疲労感すら消え去っていた。とりあえず礼を言おうと振り返った。


 俯いて表情を見せないリタ。憎まれ口を叩いていた普段とは、全く異なる空気を纏った彼女に訳も分からず狼狽える。


「お、おいどうした? まさか怪我でもしてるのか? なら、なんで俺を先に治療したんだよ。早く治療してここから」

「……して」

「え? 悪い。聞こえなか」

「---どうして私をかばったのよっ!!!」


 リタの声が響く。涙を目尻いっぱいに貯め、俺を睨みつける。何を言っているのか分からず困惑してしまう。


「何言って」

「私は魔族で、あんたは人族なのよっ!! あんたに私を助ける義理なんてないはずなのに。むしろ私を見捨てれば、あんたにとって邪魔者が一人減るのに。それなのに、なんであんたはいつもいつも私を助けるのよっ!!!! なんで見捨てないのよ。なんで私の代わりにあんたが傷つくのよっ!!!」


 涙を流し、俺を殴り始めた。力は入ってなくてポカポカ殴るだけの子供の癇癪のように叫ぶ。


「人族は酷い奴だって。家族のように信じていた人も、私利私欲に溺れ簡単に裏切るって。誰かを傷つけることを厭わない奴らだって。魔族をただの獣だって思ってる。そんな最低な奴らだって。そう思ってたのに。なんで……なんで! あんたは魔族を----私なんかを助けるのよぉ〜〜っ!!」


 ついには殴る手も弱くなり、俺の服を強く掴んで泣き叫ぶだけだった。まるで、どこに進めばいいのか分からなくなった迷子の子供だと思った。


 俺は何も言えない。彼女の叫びの意味も、そう思うまでに何があったのかも知らないから。

 ただ俺は………そっと手を伸ばし綺麗な髪を撫でる。迷子の子供をあやすように、優しく撫で落ち着くまで待つことしかできなかった。


「………なんで、優しくするのぉ」

「いいから黙っとけ。話なら後に聞いてやるから。今は好きなだけ、気が済むまで泣いてればいい。その間、こうしといてやる」

「うぅ〜〜。馬鹿ぁ〜〜〜」


 頰を撫でる風と胸で泣く声だけが辺りを支配していた


◆◇◆◇


 私のお母様は、もともと人族だったの。

 

 お母様は、小さい村で生まれ育った。白髪で、瞳の色も真っ白で、とても大きい魔力を持って生まれた。

 当時魔力を持って生まれることはほとんどなくて、いつしか村の人々はのことを忌み子と呼び、忌避するようになった。


 それでもお母様にも味方はいた。お母様の生みの親エーナ。

 お母様が村の子供たちにいじめられて泣いて帰った時、エーナはいつも抱きしめてくれた。

 お母様が夜怖くて眠れない時は、エーナはいつも子守唄を歌ってくれた。


 どれだけ仕事で疲れても、どれだけ村人に白い眼を向けられても、エーナはずっとお母様の味方で居てくれていた。

 お母様にとって、それがどれほど救いだったか。想像できない。お母様にとって、エーナの隣こそが安心できる場所だった。


 お母様は、村の子供たちにいじめられても、大人たちから忌避されても、エーナの傍にいるだけで幸せだった。



----その幸せは唐突に終わりを告げた。


 十八の時に、お母様は犯罪者として奴隷に堕とされた。罪人が奴隷になることはよくあることだが、何の罪も犯していないお母様は当然抵抗した。

 そして、唯一の味方であるエーナに救いの手を求めた。いつもみたいに助けてくれると。


 そう信じて伸ばした手を……………エーナは振り払った。代わりにエーナの手に握られていたのは袋に詰まった大金だった。

 わけがわからず唖然としていたお母様に、エーナは口を開いた。


『今まであんたを育ててきてよかったわ。してるんだから性奴隷として需要あると思ったのだけど…………予想以上だわ。こんな大金になってくれてありがとう』


 エーナは初めから、お母様の味方なんかではなかった。お母様の身体が熟れるのを待っていただけだった。


 その言葉を告げられた時の、お母様の絶望。騙された悲しみ。大金のために利用された怒り。そして---白い髪と瞳に生まれた自分に憎しみを抱いた。

 それらの感情が、お母様に宿る膨大な魔力が暴走した。

 

 汚れを知らない白い髪と瞳は憎悪の炎に染まり、魔族として覚醒を果たした。


 それが、お母様エクタナの誕生。


 お母様は家族に隠し事はしたくないからと、その話を私に聞かせてくれた。


 その時に私は思った。人族はなんて卑劣で酷い種族なのだろうと。人族は何も信用できない。信じられるのは大好きな家族だけだと思ったから、私は、お母様が嫌っている人族を嫌いになった。醜い種族だと嫌った。



 その人族が魔王になる? 何かの冗談でしょ? そんなこと、絶対に許さない。魔族私たちの居場所は必ず守る。



 だから、私はあんたのことが、大っ嫌い。

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