第31話 邂逅②

 リタが去っていった後、少しだけ仮眠をとり、俺も五十一階層へ踏み込んだ。先を越されているのでなんとか追いつこうと"縮地"と"空壁"で洞窟内を疾走する。たまに四つの眼をもつ狼に遭遇するも無視するか、一瞬で首を落とすかで攻略を最優先に突き進んでいく。


 そして、体感(すでに壊れているので定かではないが)で一時間も経たない内に階層を攻略した。いつもだいたい五時間以上かかっているので速い方ではないだろうか。

 あとは下層へ進むだけなのだが



「くっ。魔法が使えない……こ、来ないでよっ!!!」


 下層への階段前で、蜘蛛の巣にかかった虫のように身動きが取れないリタがいた。でかい蜘蛛が涎を垂らしながら十二本の脚ワシャワシャ動かしている。普通に生えている脚と背中から生えている脚があり、両面どちらでもいけます! と言った構造の蜘蛛。控えめに言ってキモい。

 そんな気持ち悪いの言葉で片付けられないほどの蜘蛛がリタに近づいている。魔法を使って逃げられるだろうと思ったが魔法が使えないとか言っていたな。

 そう思って"魔力感知"を使ってみると、どうやら捕まっている蜘蛛の糸には魔力が込められていて、触れた者の魔力をかき乱しているみたいだ。


「い、いやぁ……来ないでよぉ……」


 と、リタの涙声が聞こえ思考から現実に戻される。とりあえず牽制でその辺に転がっていた石に"纏い"を行い、身体強化任せで全力投球する。漆黒の魔力を帯びた黒い弾丸は、蜘蛛の腹部を貫いた。耳障りな叫び声をあげ、蜘蛛が地面に落ちのたうち回る。腹部に開いた穴から紫色の体液を撒き散らしていて大変目に毒だ。

 のたうち回る蜘蛛に肉薄し抜剣。目にも留まらぬ速さで一閃し、頭部を両断する。頭部を真っ二つにされ体液が吹き出す様はもうグロかった。見ないようにし死骸を蹴り飛ばした。


 剣についた体液を振り払い、ついで蜘蛛の巣でこちらを見て放心状態のリタを見上げ………すっと目をそらした。小さい黒の布が見えたような気がするが、乙女?の尊厳を守るため黙っておこう。蜘蛛の巣を切りはらう。


「え? きゃっ!!」


 つい一時間ほど前の強気な態度とは裏腹な可愛い悲鳴をあげリタが蜘蛛の巣から解放される。自分を縛る物がなくなり魔法を行使する間も無く落下するリタを受け止める。ちょうどお姫様抱っこと言われる体制だ。

 リタがパチパチと瞬きを繰り返す。状況を飲み込めていないようだ。


「蜘蛛の巣にかかるなんて、もう少し警戒したらどうだ?」

「……………っ!?」

「あ、おい待てっ暴れるな。落っこちるぞっ!」

「は・や・く・お・ろ・せ!!!」


 腕の中で暴れるリタ。助けられた奴がきく口かよ………怪我しないよう足からゆっくり降ろす。


「なんであんたなんかに--っ」

「--っと、危ないだろ」


 地面に足がついた瞬間、俺に文句を言おうとし離れようとしたリタが足を縺れさせる。地面に背中から倒れそうになったので腕を引き寄せる。


「〜〜〜〜っ! こ、のっ!!!」


 ぽふっと俺の胸に収まったリタ。すぐに顔を真っ赤にし両手で俺を突き放す。そのまま魔法を展開し始める。


「待て待て。二度も助けてやった恩人に最初にする行動が火炙りか?」

「ぐぐぐっ……べ、別に助けて欲しいって頼んでないし」

「いや、目尻いっぱいに涙ためて『いやぁ………来ないでよぉ』って泣き声で言ってただろうが」

「し、仕方ないでしょ。蜘蛛は、苦手なんだから…………」

「いや、お前の嫌いな生き物なんて知らねぇよ………」


 と、とにかく……とリタが強引に誤魔化す。


「こんなことしても、私があんたを嫌ってるのは変わらないから。無駄な努力ね」

「いや、別にお前に好かれるためにやってねぇし。むしろ無駄な努力というよりかは無駄な労力なんだが…………まぁ減らず口が出るならもう大丈夫だろ。んじゃ」

「あ、ちょっ! 待ちなさいよ!!」


 はいはい、と振り向かずに手をひらひら。剣を納剣しながら下層への階段へと踏み入れる。

 相変わらず階段とは呼べない凹凸の坂道を降りていく。後ろから聞こえる足音から不機嫌だ、というのがひしひしと伝わってくる。ちょっと鬱陶しいが、口を開いても無意味かと考え黙々と歩を進める。




 居心地の悪すぎる沈黙がしばらく続き、次の階層に出た。


 樹々が生い茂り、背丈が高い雑草が生い茂っている階層だった。しかもこの雑草、"魔力感知"をしてみるとわずかに魔力を発していた。鬱陶しいなと思いながら、後から入ってきたリタの方を少し見る。


「うわ、何よ。鬱陶しいわね………」


 そう呟きながら雑草をかき分けながら進むリタ。俺は思わず視線が外せなかった。

 リタの豊満な二つの丘がちょうど雑草に乗っているように見えたのだ。ちょっと劣情をそそられてしまった。


「………………変態」

「…………………………そうだな。今のはお前に失礼だったよ。悪かった」

「……何よ。少しは誤魔化したり、言い訳したりしないの?」

「しても虚しいだけだろ。どんなに紳士でも見てしまうものは見てしまうんだよ。男は少なからず煩悩を持ってるんだから」


 それに、と俺は続ける。


「お前は見られて嫌だったんだし、謝るのが普通だろ」

「………変態紳士」

「OK。喧嘩なら買ってやる。その不名誉な称号を取り消せ!」

「私の胸を見て澄まし顔で発情してたんだから、的を射てると思うけど?」


 正論すぎて言葉が出ない。仕方ないだろう。ここ数日、というかこの世界に召喚されてから一人ですることなんてんだから。少しは性欲溜まるわ。


「--でも、みっともない言い訳を繰り返す奴よりかはマシよ」

「………え、何急に。ツンデレ?」

「その、つんでれが何かわからないけど、ものすごくムカつくのを感じたわ」


 この世界にはツンデレという言葉すらないのか……………と異世界ギャップに打ちひしがれた。リタがジト目を向けたのち、歩を進める。


「言っておくけど、ついて来ないでよ?」

「はいはい。ストーカーになるつもりはねぇよ。ただ、また危ないところを見かけたら助けるからな。お前は愛されてるんだから。ガリオスとエクタナに泣かれたくねぇ」

「……そのぐらい、知ってるわよ。だから私はあんたに---……」


 リタが小声で何か言っているが、風で雑草がなびく音にかき消された。リタがこちらを振り向く。


「ふんっ。もうあんなヘマやらかさないわよ。だから、あんたの助けなんて不要よ」


 それだけ言って、リタは樹々の中に消えていった。それがフラグにならなければいいんだが。






「ひゃあっ!!? 絡みつくなぁっ!! ちょ、そこは駄目--っ! むぐ〜〜〜っ!」


 スライムみたいなのに飲み込まれて服を溶かされているリタを見つけるのに、そう時間はかからなかった。フラグ回収早すぎだろ…………

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