第28話 道筋

 第二階層はただただ暗い洞窟だった。地下迷宮だからそれが普通なのだが、第一階層は太陽があったから何かしらの光源もあるのではと思ったのだが。

 スキル"暗視"がなかったら足元さえもおぼつかないほど暗闇に飲み込まれていた。


 "暗視"と同じような効果のスキルがなければ、魔法などで光源を作り出すしかないだろう。しかし、暗がりで明かりなど魔物がいれば自殺行為に等しい。それに、暗闇にずっといるだけで恐怖と暗闇からの不意打ちをずっと警戒することになるので、精神的にきついはず。第一階層とは難易度が跳ね上がっているだろう。

 進めば進むほど難易度がどんどん跳ね上がっていくことは容易に想像できるが


「上等。むしろ魔王になるのに相応しい武勇伝じゃないか」


 難易度が跳ね上がることなど、今の俺には小さいことだ。俺が挑もうとしているのは『勇者』だ。この迷宮に入る魔物なんかとは比べものにならないほどの強者のはず。

 なら、ここで怖気付く理由なんてない。ただ前に進むだけだ。



 狭い洞窟内をしばらく進んでいると、通路の奥がキラリと光った。とっさに物陰に隠れなが"気配感知"を最大限にして進む。すると、左側から"気配感知"に反応があった。剣を抜き放ちそちらを見る。


 そこにいたのは灰色のトカゲだった。と言ってもよく見る手の平サイズではなく、人の身長ほどのではあるが。速攻で終わらせようと"縮地"を発動させ肉薄しようとした。が、灰色のトカゲが金色の瞳をこちらに見せたとき、背筋に悪寒が走った。"縮地"でとっさにその場から退避したのと灰色トカゲの瞳がカッと光ったのは同時だった。


「っ!?」


 その結果、左腕に壮絶な痛みが走りながら、ビキビキと音を立てながら石化し始めた。どうやら強力な石化の邪眼を持っているみたいだ。さながらバジリスクといったところか。あまりの痛みに"暗視"を維持できなくなり、視界が暗闇に覆われた。

 舌打ちしながら懐から試験管のような瓶を取り出し一気に呷る。すると、期待していた通り石化が止まり、みるみる痛みも引いて元通りとなった。

 中身は過保護なユーグから渡されていた回復薬。マガレスからもらっていた分でも十分だとその時は思っていたが、今となっては感謝しかない。


「やってくれたなっ!!!」


 再びスキル"暗視"を発動。暗闇での視界を確保し、壁に張り付いたバジリスクを見つける。すでに石化の邪眼を発動させようとしているみたいだ。俺は治った左腕をバジリスクへ向け"魔力放射"を放つ。突如身体を打つ魔力に「クワッ!?」とバジリスクが鳴き声をあげた。その隙を逃すはずもなく、"縮地"で肉薄し剣を一閃。バジリスクの首を落とした。壁に張り付いていた胴体も力をなくしたように地面に落ちた。


 "気配感知"で周囲に他に敵がいないことを確認してふぅと息を吐いた。


「確かに慢心だったな……………やっぱり"気配隠蔽"を発動しておくか」


 悪寒を感じた瞬間離脱できていたからいい物の、これから先このように不意打ちばかり食らっていては体力が持たない。さすがに反省だな。



 道中、羽をマシンガンのごとく飛ばしてくるフクロウとネ◯バスのような多足猫などと遭遇した。いずれも暗闇からの不意打ちを得意としていた魔物だったのが厄介だった。


 そうなこんなで、現在俺は第三階層に足を踏み込んでいた。

 その階層は、さっきのように暗闇という訳ではなく、わずかに光を発する鉱石が壁に点在していて、薄暗いが先が見える。が、地面がどこもかしこも粘り気のある泥沼のような場所だったのだ。若干、ガソリンのような匂いが鼻を刺し、思わず顔をしかめる。足元を取られるのが嫌なので、せり出た岩や"魔力障壁"を足場に移動していく。


 しばらく進んでいると、三つに別れた分岐に出た。これまでしてきたように近くの壁に"魔力支配"の応用で魔力の印を刻む。これで俺以外にはこの印は見えない。俺は左側の通路に足を踏み入れた。

 その瞬間、泥沼の中から鮫のような魔物が、無数の鋭い歯が並んだ大きな口を開けて飛び出してきた。とっさに倒れこむ勢いで躱したが、俺の頭部を狙ってガチンッと歯と歯を打ち鳴らしながら閉じられた顎門を見て戦慄する。"気配感知"が反応しない!?


 そのまま泥沼の中に消えていった鮫を"気配感知"、さらには"魔力感知"も使い探してみるも、やはり何の反応もなかった。おそらく、"気配隠蔽"の上位互換のスキルで気配と魔力を消しているのだろう。


「それがどうした? 上等! どこからでもかかってこいやっ!!」


 "気配感知"も"魔力感知"も、もともとなかったスキルだ。使えなくなったところで、今の俺には問題にならない。

 

 "魔力障壁"を足場に一箇所に止まらないように動き回りながら、剣術を教わる上で最も鍛えてきた集中力を遺憾なく発揮していく。次第に周りの景色が色褪せていく。


 不意に足元がグラつきバランスを崩す。気配や魔力が掴めなくても、襲撃の際、奴は確実にそこにいる!

 視界の隅でわずかに泥沼が波打ったのを俺は見逃さなかった。崩したバランスを速攻で立て直し、バク転する。背後から襲いかかっていた鮫の魔物は、予想だにしない俺の動きに反応できず俺を通りすぎていく。


「単純で助かるぜ!」


 剣を振り抜いた。鮫の魔物の横腹を切り裂き、血しぶきをあげながら泥に落ちる。バシャバシャともがき泥と自身の血を撒き散らしている鮫の魔物に近寄り、その頭部に剣を振り下ろす。鮫の魔物は為す術なく頭部を両断され絶命した。


 鮫の魔物の死体を見て俺は呟く。


「魔物といっても鮫だし、美味いかも?」


 空腹に耐えきれず食した鮫はとても美味かったとだけ言っておこう。

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