第27話 化け物

 扉が開いた先に広がる暗闇。俺は"暗視"を発動して暗闇の中を見る。下へ下へと続く階段しかなく、それが暗闇と相まって不気味な雰囲気を晒している。まるで化け物の口内のようだ。

 が、いつまでもこうしてはいられない。意を決して暗闇に足を踏み入れようとした。 その時、常時展開していた"気配感知"にまた反応。さっきの茶兎よりも少なく、反応は……………上!

 俺はその場から飛び退く。と同時に、先ほどまでいた場所に巨大な何かが落ちてきた。轟音と共に土煙が上がる。明らかに魔物とは違う魔力。こいつ、参加者か!


 土煙が薄くなりそのシルエットをあらわにする。

 ゴツゴツとした巨躯に、手には大きな戦斧。軽々しく持っているそれは、明らかに両手で持つべき大きさ。そして、頭部は牛のシルエット。角が二本見えた。ミノタウロスか!!

 異世界で定番の姿に俺は若干の興奮を覚えていた、ミノタウロスらしきシルエットが戦斧で土煙をなぎ払い姿を見せた。


 姿を見せたのは、やはり筋骨隆々の肉体を持った勇ましいミノタウロス


「もぉ〜〜〜ん。躱されちゃったわ〜〜ん。意外にすばしっこいのねぇん! あ・な・た♡」


 ----ではなく、ただの化け物であった。異様にぱっちりした目でウインクされた。全身に寒気を感じ、自分の腕を抱く。茶兎の死体を見ても何も感じなかったのに、今はものすごい吐き気に襲われている。

 

「す、すごい……うぷっ………か、格好してるんだ、な」

「あらぁそぉ思う? 意外と見る目あるじゃなぁい!! 可愛いでしょぉ??」


 ゴツゴツとした筋肉という天然の鎧を纏い、劇画家と思うほど濃い顔、フリフリスカートから覗く太ももは直視ができない。

 筋肉にガン振りを体現したかのような巨躯なのに、長すぎる睫毛にピンクの口紅、身にまとっているこれまたピンクのフリフリスカートに、尻尾にはピンクのリボン……………もうこれ、災害級の化けm


「変なこと考えたら承知しないわよぉ♡」


 壊れたロボットのように首を何度も縦に振る。もう何も考えない。

 そう思っていたら、新たに二つ"気配感知"に反応があった。俺を囲むように移動して姿を見せる。


「ふん。随分と派手に動きおって。隠密行動というのを知らないのか?」

「かかか。異世界人でも所詮一人の子供ということじゃろう」


 左後ろの黒い騎士の言葉に、右後ろの杖を持った老人が同意した。騎士の方は迷宮前で馬鹿をやらかした奴だろう。背中から突き刺さる敵意が事実だと教えてくれる。

 肩を竦め口を開く。


「お前らごときに隠密する必要ないだろ?」

「あらぁ。随分な口聞くのねぇ。この状況を理解できていないのかしら?」

「ただ囲まれているだけじゃないか。そんなに焦る状況でもまずい状況でもない。それとも、お前らの魔王になるという決意は囲まれただけで崩れる程度のものなのか? それなら素直に俺に譲ってほしいんだが」


 俺のその言葉に三人は押し黙った。それから身に突き刺さる敵意が一層強くなった。どうやら結構嫌われてしまったらしい。いや、元からか。


「傲慢だな。貴様ごときが魔王になることなどあり得ない。ここに貴様の居場所などないのだ」

「それはお前が俺を知らないだけだ」

「どういう意味だ」

「ガリオスやエクタナは俺をいつもからかってくる。どこでもユーグと俺をくっつけてニヤニヤ笑っている」

「……………は?」

「城のメイドやシェフには、この前料理を教わった。代わりに俺の世界の料理を教えた。もう食えない物だと思っていたが、まさか本当にシェフが作るとは思わなかった」

「何を言って」

「知り合いになった兵士や騎士とは、訓練終わりによく馬鹿をやった。ルーザとはよく模擬戦をしてボコボコにしている」

「だからさっきから何を言って!」

「ユーグとはそれなりに仲が良くなった。この世界に来て魔王にると決意するきっかけをくれた大切な人だ」


 何が言いたいかというとな、と俺は子供に言い聞かせるように口を開く。


「お前らは俺の一割すら見ていない。本気で俺を魔王にさせないとするなら、城での俺を観察し、俺の戦闘中の癖、身体の動かし方、剣の型。それらを調べ対策を講じ、選別で実践し倒す。これぐらいのことを普通はする。……………だが、お前らは何をしている? 俺のことを知ろうともせず、こうやって無意味な時間を浪費しているだけじゃないか。自分を鍛えた? 武器武具を新調した? それがどうした!!! その程度で俺を止められると思ったのなら---」


 全身から漆黒の魔力が噴き出す。全身が熱湯に飛び込んだかのように熱を帯びた。三人は一歩二歩と後ずさった。それは無意識の行動だったらしく、自分達の身体が震えていることに気づいた。

 

「---お前達の方が傲慢だ。他者を見下すことしか脳がないお前らほど愚者という言葉がお似合いだ」


 だらりと下げていた剣を構える。それを見てやっと三人は己を鼓舞し戦闘態勢をとった。が、三人の目がわずかに揺れているのを見ると、とても滑稽に思えてくる。


「最後に名前だけ覚えとけや」

 

 それが開戦の合図だった。正面のミノタウロス、左後ろの騎士が俺に肉薄し、右後ろの老人が魔法詠唱を開始。二人が時間を稼ぎ、魔法による重い一撃を放つのだろう。その連携具合はさすがと言えるが


「!? 何っ!?」

「どこへ行ったのかしらん!?!?!」


 ミノタウロスと騎士が俺を叩き潰し、切り刻もうとした寸前、そこにあった俺の姿がぼやけ霧のように消えた。スキル"気配感知"の派生幻夢。自分の気配を隠し、代わりとなるダミーの気配をその場に残すことができるスキルだ。つまり、すでに俺は三人の包囲から逃れていたのだ。

 魔力で身体強化し、老人へ遠心力を乗せた回し蹴りを放つ。反応さえ許さず老人は吹き飛び壁へ激突した。土煙の中で、老人は白目を剥き気絶していた。


「ちっ。まだ名乗ってないのに気絶しやがって」


 残った二人から、いやお前が刈り取っただろ! というツッコミが聞こえた気がするが気にしない。

 老人が一瞬で吹き飛ばされた光景に目を奪われていた二人は、我に帰りこちらに襲いかかってくる。


「まぁ。お前ら二人だけで良いか。頭ん中にしっかり刻め」

「ハァァアッ!!!」

「ゼァァァア!!!!」


 スキル"纏い"を発動。物体に魔力を纏わせるスキルを使い、剣に魔力を纏わせ鋭さをあげる。剣を右下から振り上げ騎士の剣を切りあげ、左へ斬り下ろしでミノタウロスの戦斧を叩き斬る。


「---黒鉄蓮。魔王になって、このくだらない戦争を終わらせる男だ」


 左足を軸に回転。横薙ぎで己の得物を斬られ硬直していた二人まとめて斬り飛ばした。すでに戦意を失っていた二人は老人を間に挟んで壁に激突。同じように白目を剥いて意識を手放した。

 ふぅと息を吐き、剣を納剣。間抜けに舌もだし気絶している愚者たちには目もくれず、俺は下層への暗闇へと今度こそ足を踏み入れたのだった。






「やっべ。思い返すとすげぇ痛い奴じゃん俺。めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた!」


 暗闇の階段によって羞恥で赤い顔を見られないのをありがたく思った。


〜〜〜〜〜〜

おまけ 蓮がカッコつけていた時のユーグ



「きゃぁあああ!!! 見ましたか。見ましたよね!?? レン様かっこよかったですよね!??」

「あ、ああ。かっこよk」

「ですよね!!!!! そうですよね!!!!! さすがレン様です!! ほんとにほんとにかっこいいです!!!」

「………………あれはあれで痛い奴みたい」

「あ"あ"?」

「ヒィィ!!」


 この日、初めて"恋は盲目"という言葉が異世界に誕生したのであった 

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