第26話 迷宮

 肌から感じ取る熱。瞼を貫く光。それらは本来なら地上でしか感じられないもののはずで、地下にあるはずのない太陽を思わず見上げ呆けてしまう。視界に映るのは岩山や崖、植物が一切生えていない荒野。


「地下迷宮と聞いていたからてっきり洞窟みたいなのを想像してたが……………さすが異世界」


 そう一人呟くほど、俺の頭の中は驚きに満ちていた。と同時に、異世界ならではのファンタジーさに興奮を隠しきれなかった。

 

 しかし、今はのんきに余韻に浸っているわけにはいかない。選別はすでに始まっているのだ。この迷宮がどれくらいの規模なのかはわからないが、先に最奥にたどり着かれては元の子もない。それに、俺は他の参加者からすればいわば危険な爆発物。そんな扱いは両親が死んでからもう慣れてしまったが、血気盛んな奴は俺を見つけた途端殺しにかかってくるかもしれない。

 ここで求められるのは、迅速かつ見つからないように下層への道を探すことだ。


 両頬をパンと叩き、気合いを入れる。続いて"気配感知"を常時発動状態にしておく。文字通り生物が発する気配を感知するスキルなので、参加者だけでなく魔物の気配も察知できる。

 "気配隠蔽"で自身が発する気配を隠していく。詳しく説明すると、気配を消すのではなく隠しているので、大声で叫んだり、激しく動いたり、大量の魔力を消費してしまうような、目立った行動をしてしまうと"気配隠蔽"の意味がなくなってしまう。それでも、見つかりにくくはなるはずなので常時発動状態にしておく。


 が、ふと思い直し……………"気配隠蔽"を解除する。いつのまにか弱気になっていた自分がいたことに気づいたのだ。

 俺が知っている魔王(ラノベからの知識だが)は、強大な勇者を前に不敵に笑うはずだ。逃げも隠れもせず、真正面から理不尽という理不尽を壊していく存在だ。

 なら、俺は魔王になろうとしている奴が、今更迷宮の魔物やライバル相手に隠れてコソコソするなんておかしいだろう。

 

 不敵に笑い、誰に聞かせる訳でもなく告げる。


「俺は逃げも隠れもしないぞ。だから、どこからでもかかってこい。全部まとめて壊してやる」


◆◇◆◇


 本当に地下なのか疑問に思えてくるほど広大な荒野の景色が次々に後ろへ流れていく。"魔力障壁"を足場に上空を"縮地"で翔ける。ガラスが割れるような音がこだまし、雫が落ちて水面を揺らすように空中に漆黒の波紋を広げていく。踏み抜く力によって足場にした"魔力障壁"が割れているのだ。

 簡単そうに見えるかもだが、実用化できるまでに随分と研鑽を積んでいるのだ。"縮地"で高速移動をしている中、踏み抜く位置を予測。"魔力障壁"の角度や出すタイミングを工夫し、できる限り魔力消費を抑えれるよう研鑽を重ねた結果に、この空中疾走を編み出したのである。

 空を翔ける感覚はとても気持ちいい。選別が終わって『勇者』を片付けたら、ガリオスに頼んで飛竜に乗せてもらうのもいいかもしれない。


 ここまで参加者も魔物も見かけることはなかった。ここまで派手な音と上空に浮かぶ波紋でちょっかいをかけられる(それこそ迷宮前で喚いていた暗黒騎士とか)と思っていたんだが、拍子抜けもいいところだ。


 そんなことを考えていると、視界の端で違和感を覚えた。立ち止まり目を凝らすと、重厚そうな扉を見つけた。ようやく見つけただ。調べない訳にはいかない。


 扉の前に降り立つと、その大きさに思わず呆けて見上げてしまう。身長を優に超えた赤い扉は、それこそ巨人でも通るのかと思うほど。両開きの扉には何の装飾も施されておらず、目立つ赤色をしていなければ扉だとわからないほどだった。

 とりあえず、扉に手を当て押してみるが、どれだけ力を込めて押しても扉はビクともしなかった。

 大きさゆえに扉の質量で動かないのか。それともゲームなどでよくある謎解きがあるのか。


 そこでふと思い至った。ここは異世界で、俺が今立っている場所は異世界の地下迷宮だ。なら、異世界特有の魔力が関係しているのでは?

 試しに"魔力感知"を行なってみたところ、扉に魔法陣を描くように魔力の線が描かれていた。魔法陣の中心に触れ、魔力を流してみる。


 すると、ブォンという音ともに魔法陣が明滅し始めた。と同時に、背後から"気配感知"に複数の反応があった。剣の柄に手をかけ振り向く。


「「「「キュッ」」」」

「……………兎?」


 そこにいたのは茶色い兎だった。拍子抜けである。一匹が俺の足元に近づき顔を擦り付けている。つぶらな赤い眼が俺を見上げている。

 俺は別に可愛いもの好きではないが、ほんわかとする。思わず頭を撫でる。眼を細め気持ちよさそうにされるがままになる茶兎。


 可愛い。深雪が好きそうだ。おお、後ろ足で立った。動物園の芸をみている気分だ。背中に手をかけ包丁を取り出して…………………ん? 包丁?


「キュッ!」

「どわぁっ!!」


 茶兎が包丁を振りかぶり飛びかかってきた! 反射的に背中から地面にたおれるように身体を沈める。飛びかかってきた茶兎がその上を通っていく。


「そうだったよ。ここは迷宮だったな!」


 身体を起こし剣を抜き放つと同時に、他の茶兎も(その小さな身体のどこに隠していたのか)包丁を取り出し襲いかかってくる。

 が、その動きはとても単調で、目の前の獲物を殺すことしか考えていないようであった。そんな単純な動きで俺に傷を与えると思うとは、舐められたものだ。


 襲いかかってきた茶兎二体に剣を横薙ぎ。綺麗に首だけを刈り取る。放物線を描いて地面へ落ちていった。

 背後から飛びかかってくる三匹も三連突きで心臓あたりを貫く。串刺しとなった茶兎を、最初懐いた様子を見せていた一匹へ投げ飛ばし牽制。仲間の死体を交わした茶兎であったが、先回りした俺に気づくもすでに俺は剣を振り下ろしており、為す術なく身体を両断された。


 辺りに臓器が撒き散らされているのを見下ろす。血の匂いが鼻を刺すも、それだけで、特に何も感じない。


 よく、こういう描写では魔物を殺したことで、血の匂いなどで嘔吐したりしている。それが初めて生き物を殺した人の正常な反応だと思う。

 意味もなく握っている剣を見る。茶兎の血がついて生々しく光を反射している。それを見ても、やはり何も感じない俺は、もうすでに壊れてしまっているのだろうか。


 意味のない感慨に浸っていると、扉の魔法陣が輝きを放った。すると、茶兎の死体が地面に溶けるようになくなり、魔石だけが残った。

 魔石とは、魔物の第二の心臓とも呼ばれている物で、魔力を帯びた石のことである。ディアブロの闇色の石っも魔石に含まれている。

 魔物の強さによって魔石の質や大きさが変わる。強ければ強いほど大きく、質の高い魔石を持つ。


 茶兎の魔石が浮かび上がり、赤く光り輝く魔法陣に吸い込まれていった。一つ吸い込むたびに魔法陣は輝きを増し、最後の一つを吸い込んだとき、扉が重々しい音を響かせながら開いた。

 

 下層への道が姿を現したのだった。

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