第25話 波乱の幕開け

 見事なまでのテンプレを披露した騎士の声が響く。


「異世界人を呼び出し『魔王因子』を受け継がせると聞いた。確かにそうすれば『勇者』に対抗できるのかもしれない。しかし……我らはまだ負けてはいない! それなのに、異世界人を頼る? 認めることなど、到底できますまい!!」


 いつか喧嘩は売られると思っていたが、まさか迷宮に入る前からとは思わなかった。これで今ここで声を上げている奴は馬鹿だということが確定した。迷宮内で俺に接触するなり殺してしまうなりしてしまえば、少なくとも事故に見せかけることはできたはずなのに。まぁ殺されることはないから、結局愚者だということなのだが。


「何を言っているのですか貴方。すでに魔王軍はほぼ壊滅状態。生き残った怪我人を戦場に出さなければならないほど、状況は悪化しているのです」

「ですがっ!」

「そもそも貴方は負け犬の分際で『勇者」と同等以上の強さを秘めている異世界人のことを何も知らずに貶すのですか? それでは強きものを尊ぶ魔族どころか、一人の騎士としてあるまじき言葉ではありませんか?」

「っそ、それは………で、でしたら! 今ここで我が異世界人と決闘を行い、我が異世界人などよりも強いことを証明すれば」

「そんなこと今ここでする必要はありません。それとも貴方、まさか規則の一つも守れないのですか?」


 外套の向こうから唸り声が聞こえてくる。エクタナに言い負かされてぐうの音も出ないのだろう。悔しそうに背を向け集団へ戻っていった。これ中継されてるから、あいつの醜態は観衆の元に晒されただけになった。同僚から笑われるんだろうな〜〜。


 エクタナが他の参加者に向けて言葉を放つ。


「確かに魔王を含め私達は異世界人の力を頼る選択をしました。ですが、それは何も魔王軍が頼りないという話ではありません。魔王はこれ以上の犠牲をなくすため、つまり貴方達を守るために異世界人を頼ったのです。そこを勘違いしないように。それと……」


 エクタナはそこで言葉を区切り、ほんの一瞬だけ目があった。そこから感じたのは慈愛と信頼。


「貴方達が思うより、異世界人というのは優しくて信頼できます。遠い未来の話ですがもしかすれば、人族と魔族なんて関係なくなっているかもしれません」


 本当に魔王の妻というのを感じた。俺が魔王になってやろうとしていることを見透かされた。エクタナは洞察力という言葉では足りない見抜きの力がある。いつも何故分かると聞けば「女の勘です」と妖艶に微笑みながら言う。どちらかというと人妻の余裕を感じてしまった。

 エクタナが後ろで一仕事終えたおじさんのようにコップを呷っているガリオスを見て微笑んだ。ガリオスがビクッと跳ねた。


「あなた、そろそろお願いします」

「うううむ、分かっておりますぞよ」


 エクタナの無言の微笑みにガリオスはビクビクしながら両手を伸ばした。

 足元に魔力が集まり、白の魔法陣が姿を見せた。他の参加者の何人かから動揺を感じた。


「今から皆さんを迷宮の第一階層へと転送します。散り散りに転送するのでライバルを蹴落とすか協力者を探すかは皆さん次第です」


 次の瞬間、魔法陣が爆発したかのように光を放つ。視界が真っ白に染められ、一瞬自分が立っているのかどうか分からなくなる。

 足が地面を踏みしめた感触に転送が終わったと感じた。真っ白に染まった視界が回復し、目に飛び込んできたのは


「………マジかよ」


 燦々と輝くと、果てしなく広がる荒野だった。


◆◇◆◇


 光の中にレン様が消えていくのを見て、胸が締め付けられた。


 魔王城でレン様を見送った時に見せた笑顔は、今は見せることが出来そうにない。それだけ、私の心は不安に飲み込まれている。

 隣で中継を見ていた私の弟が口を開く。


「………そんなに心配か。レンのことが」

「………………当たり前ですルーザ。彼は私の護衛対象であり、主人ですから」

「これでも血の繋がった姉弟きょうだいだ。お前が滅多につかない嘘をついていることぐらいわかる」

「………………………え、誰ですかあなた」

「たった一人の弟だろうがっ」


 ずっと前から弟の胸の思いは気づいていた。四天王であった父、そして最年少で近衛に所属した私に劣等感を感じていたことも。

 だから、ここ数十年間聞かなかったという言葉が、弟の口から出たことに驚いてしまったのは仕方ないと思います。


「………レンに負けたあの日から、自分を鍛えなおした。身体だけじゃなく、心から。それにレンはいつも付き合ってくれた」


 それは知っている。時々、私の目を盗んでどこかへ行っていると気づいて、それが弟と訓練しているのも。


「その時にお前に負い目を感じていると、つい口が滑ったんだ」

「口が滑ったというのを初めて聞きました」

「今は黙ってろっ………………………家族として接することに罪悪感を抱いていた。俺にとってお前はもうただ一人の家族だったのに、自分のくだらない嫉妬と劣等感で寄り添えなかったのに、今更どうすればいいのかと………………そしたらあいつ、なんの手加減もなしに殴ってきたんだ。静かに諭されてしまったよ」


 あの間抜け面はそういう理由があったんですね…………。弟はそのことを少し嬉しそうに語っている。まるで、昔からの親友を自慢しているかのように。


『お前は両親の死から何も学ばなかったのか? いつまでも家族の愛を受け取れるはずがないのは、お前なら知っているはずだ。それはいつか必ず、どこか遠くへ消えてなくなることをお前は分かっているはずだ。家族からの愛を与えられるのはもうお前しかいないんだぞ。居場所を残してやれるのは、もうお前だけなんだぞ…………………俺みたいに悲しい後悔をするな』


 最後の言葉が、耳に残った。つまり、レン様のご両親はもうすでに………弟が口を開く。


「馬鹿な俺でも、あいつの夕焼けに溶けていきそうな顔で全て理解できたからな。レンの両親は俺達と同じように、もうこの世にいない。そして、あいつの世界に、あいつの居場所はないことも」


 胸がギュッと強く締め付けられる。ずっと不思議だった。レン様は異世界の住人。こちらの世界ましてや私達の事情なんて何も関係ない。知らないふりもできたはず。


「だからな。俺は逃げないことにした。お前からも、自分からも、この罪悪感からも。だから、俺はお前に正直になる」


 弟がこちらを見る。昔から変わらない切れ長の眼は、しかしもう弟ではなく一人の騎士だと思わせた。


「今まですまなかった。情けない弟だが、いつか必ず俺を頼らせてやる。お前の家族として」

「………………ふふ。姉が弟に負けるとでも?」

「やって見ないとわからないだろうが。……………次は、お前の番だ。レンのこと、どう思っている」


 なるほど。弟は、私にも正直になってほしくて、普段は近寄らない私の部屋に訪れ、慣れない自分語りを始めたんですね。

 なら、私も姉の意地を見せなければいけませんね。


 レン様。貴方はあの時、悪魔を封じた時に言った言葉はそういう意味で言った訳ではないようですが--





「私は----レン様が好きです。一人の主人として、一人の男性として、彼に心底惚れています」


-----私は、プロポーズそういう意味で言ったんですよ?

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