第24話 魔王の語り
ついにやってきた迷宮選別。心地いい緊張が心を引き締める。当然だが、選別にユーグはもちろん、ディアブロを連れていくことは出来ない。それが理由なのか……
「レン様、剣は持ちましたか? 回復薬は予備も含めて十分ですか? ハンカチは?」
「ユーグは母親かっ!!」
「私はレン様の護衛です。本当は私も選別にご一緒したかったのですが………」
ユーグが過保護な母親のように心配してくる。これが朝からずっと続いている。というか、ハンカチは必要ないと思うのだが。
「さすがにそれは駄目だろ。ユーグと一緒に参加してしまえば、他の候補者が黙ってないだろ。その候補者を支援する奴もそうだ。それに、俺一人だけで選別に勝ち残らないと意味がないからな」
ユーグはまだ何か言おうとしたが、そんなユーグをディアブロが咎めた。
『やめとけって。これはマスターが一人で勝ち取る戦いだ。ただでさえ異世界人っていう他の奴らからは得体のしれない奴が候補者なんだ。マスターのその力を見せつけてやらねぇと周りが納得しねぇんだよ』
「ですが…………」
まだ何か言いたげなユーグ。が、すでに城の出口にいた。ここから出ればあとは迷宮に向かうだけ。
「ユーグ」
俺はユーグを呼ぶ。不安で揺れている琥珀色の瞳を見て、こんな俺でも心配してくれる人がいることを嬉しく思った。
「大丈夫だ。情けない男だけど、俺を信じろ」
「…………わかりました。ですが、一つ約束してください。」
「いいぞ。何でも言ってくれ」
ユーグが俺の手を握る。わずかに震えていた手は少し冷たかった。それを俺は温めるように、包み込んだ。
「必ず帰ってきてください」
琥珀色の瞳が俺を見つめる。それを見た俺は、昨夜の心の不安が馬鹿らしく思えた。
こんな俺のことを心配してくれる人がいてくれる。その人に触れられる。その人の温もりを感じられる。そのことが狂ってしまうほど、嬉しい。
なら、俺が出来ることをしよう。主人公に憧れているなら、本当になってやろうじゃないか。俺のためじゃなく、誰かのために。今俺の手を握ってくれる人のために。
「ああ。必ず。次会うときは魔王になってるから、よろしくな」
俺の軽口に、ユーグはクスクスと笑った。その笑顔に背中を押された。
◆◇◆◇
ルヴェガリ湖は破壊神の身体の残骸が魔力となって湖に溶け込んだため、濃密な魔力を帯びていると聞いた。その湖に浮かぶ迷宮前の広場に、全身に白い外套を纏った集団がいた。迷宮選別の参加者だ。聞いた通り十二人。明らかに人じゃないサイズの奴も何人かいる。
その様子は上空にもあった。どうやら俺が今いる場所の中継のようだ。さっき聞かされたのだが、迷宮の第一階層までは中継が行われるらしい。住民が次代の魔王の強さを知ることが出来ると同時に、兵士の士気を高める狙いもあるらしい。
「皆。よく集まってくれた」
上空の映像をなんとなしに見ていると、ガリオスの声がその場に響いた。前方でガリオスが姿を見せた。普段の道着を着崩した格好ではなく、深い紫と灰色を基調とした荘厳な服をしており、ただ立っているだけなのに威厳を感じてしまった。
「まずは、皆に謝罪をしなくてはならない」
そういってガリオスは頭を下げた。俺以外の参加者から動揺の声が少し聞こえた。魔王が簡単に頭を下げていいのかと思うが、初めて会った時に床が割れるほどの土下座を見ているのでなんとも言えなくなってしまう。
ガリオスは頭を上げ語り出した。
「本来なら、我自ら戦地に赴き『勇者』と戦わねばならないのだろう。しかし、我の力はすでに衰えており、とても『勇者』と戦えるような身体ではなくなってしまった。だから、守るべき国民を戦わせてしまっているのを、とても心苦しく思う。魔王を次代へ託すのも、ただ逃げているだけと思うであろう。…………罵っても良い。許さなくて良い。だが、次の魔王となった者は皆の希望に。皆はその希望を胸に進んでほしいのだ」
ガリオスが再び頭を下げた。誰かの息遣いすら聞こえない静寂の中、少しの時間が経ち、誰かが言葉を発した。
「…………魔王様。我らは魔族。ただ姿形が違うというだけで迫害され、悪とされる者達です。しかし、貴方様はそんな我らに居場所を与えてくださいました。そんな貴方様を、罵りるなど出来るはずもありません」
そう言って一人が跪いた。それを始めに他の参加者も片膝をつき始める。俺も空気を読んで片膝をつく。
「魔王様の願い、必ず成し遂げてみせましょう」
「皆…………感謝する……!」
ガリオスが感極まったように声を出す。そのまま背を向け戻っていくまで、俺は片膝をついたままだった。
この場にいる者は想像もつかないだろう。昨日、こっそりと部屋を訪れてきて「相談したいことがある」と言われて聞いてみれば、国民に嫌われることなく魔王をやめる言い訳を考えてほしいなんて言われたのだ。こちとら迷宮参加者で気を張っていたのに。
今朝は俺のアドバイスのもと作成した台本を必死に暗記している姿も見てしまったし、さっき語っている時も、ポケットにカンニングペーパーを忍ばせていたし、空気を読んだ俺に感謝してほしい。
まぁ。後ろに控えていたエクタナが冷たい微笑みをガリオスに向けていることから、あいつの未来は決まっているのだが。
「では、魔王に変わり私の方から、説明をさせていただきます。まずは、皆さんにお渡しする物があります」
そう言うと、兵士が白い砂の砂時計を一人ずつに配り始めた。
「砂時計の砂が落ちきるまで七日間かかります。参加者の人たちは、それまでに地下迷宮最奥の深部まで行き、『魔王因子』を手にした者が次代の魔王となります。砂が落ちきると、迷宮の外に強制転移させられます。また、もし辞退するときはこの砂時計に『辞退する』と唱えた場合も、迷宮の外に転移できます。迷宮内では参加者の皆さんの行動は自由です。お互い協力するのも、相手を蹴落とすのも好きにしてください。以上で説明を終わります」
迷宮内がどれだけの規模なのかは分からないが、少々急がないといけないか。それと、なるべく目立つ行動は避けるか。ただでさえ異世界人で他の参加者の目の敵にされているんだ。喧嘩を売られたら返しはするが。
「待ってほしい」
「なんでしょう?」
白の外套の集団から一人、手を挙げて集団から外れていく。わずかに見えた黒の甲冑は、訓練の時によく見かけた『暗黒騎士団』の物。
嫌な予感が沸き起こる。こういう時って大抵当たってしまうのがラノベあるあるなのだが、さすがにテンプレ通りにはいかないだろう。
「この参加者の中に異世界人がいると聞いている」
テンプレ通りにしなくていいんだよっ!!!
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