第23話 前夜

 夕食を済ませ時刻は深夜。部屋の明かりも全て消え、静寂の中に俺の息遣いしか聞こえない。

 いよいよ、迷宮選別が行われる。事前に知らされたのは参加者は十二名。魔王領の中央にあるルヴェガリ湖に浮かぶ地下迷宮が舞台だ。


 ここ一週間で出来うる限りの準備を済ませた。剣術体術を鍛えるだけでなく、迷宮で必要なサバイバル知識をマガレスから学んだ。


 だから、あとはぐっすり眠って明日に備えるだけなのだが、ベッドに身を投げ出しても、睡魔は一向に襲ってこない。ベッド横のテーブルに置かれた闇色の小石がわずかに光を発する。


『眠らないとは余裕だなマスター』

「嘘つけ。本当はそう思ってないくせに」

『まぁな。マスターは普段の言動に比べたら兎もびっくりな臆病だからな。だから、常に必要以上に不安に駆られる。違うか?』


 ディアブロの言葉に俺は黙るしかなかった。使い魔と契約主はお互いに魔力のパスが繋がっているため、お互いの思考はなんとなく分かってしまうのだ。


 そう、この後に及んで、俺は眠れなくなるほどの不安を抱えてしまっているのだ。ディアブロが軽口を叩く。


『何を不安がる必要があるんだ? マスターは模擬戦であれ、悪魔俺様を倒したじゃねぇか。そんな奴が負けるかもなんて不安になるなんて冗談きついぜ?』

「そういう不安じゃないんだがな…………」

『じゃあ何だよ?』


 俺は少し言い淀んだ。口に出せば沼に沈んで抜け出せなくなると思った。選別前夜でそれはまずい。

 が、どのみちこのままでいても同じだと思い、口を開いた。


「………これが、正しい選択だったのか、と……………」


 あの時。夕焼けに照らされる何もない墓地で決意したこと。この戦争を終わらせて、魔族人々を悲しませない。その決意は確かなものだと声を張り上げられる。

 それなら魔王になる必要はなかったのだ。俺は多分、魔王になりたくないと言っても、この異世界に残って、あの墓地で決意して、ガリオスやユーグのために『勇者』と戦うと思う。


 だけど、俺の心はそれでしないんだ。俺は地球でも異世界オメゴスでも、いつなん時でも願っているんだ。


 になりたいと。天川を超えたいと。

 

 その思いは、俺の心の闇からの願望。それは端から見れば、とても醜く汚い物なのではないのか。


 そんな願望が混じっているから、俺は魔族人々の想いを無責任に背負っていいのか。


『はっ。そんなことかよ』


 ディアブロはそんな俺の心を嘲笑うかのように………いや、嘲笑ったんだ。


「…………こっちは真剣なんだが」


 不貞腐れる気味にそう返すと、ディアブロはまた鼻で笑った。


『んなチンケなことで不安に思うなんて馬鹿がすることだ。いいか? よく聞きやがれ』


 そう前置きしてディアブロは語り出す。


『正しい選択かどうかなんて、誰にも決められねぇ。正しい選択も間違った選択も最初からこの世に存在しねぇんだよ。あるのはその先の結果だけだ。これを選択すれば楽か辛いか。希望か絶望か。幸せか否かだ。…………………マスター、異世界こっちからの生活はどうだった?』


 ディアブロが尋ねてくる。俺はそれに即答する。


「まぁそうだな。飯にはよくわからない肉が入ってたり、風呂はないし、城で一回迷いかけるし、ユーグやお前にしごかれるのはとても辛かったし、他にも色々ある。一晩じゃ語れないほどある」

『お、おう。そうか…………』


 ディアブロが予想よりも文句が多くて戸惑っているが、俺はふっと笑みを浮かべた。


「それでも、楽しかった。嬉しかった。ガリオスやエクタナやユーグ、ルーザにマガレスにディアブロ、城にいる兵士や騎士やメイド達と仲良くなれたのが嬉しかった………一緒に飯を食ったり、訓練したり、たまに遊んだりふざけあったりして、ユーグやメイドの人たちに怒られたり…………そんな日常がとても楽しかった」


 最初、誰もが俺を不審がっていた。嫌な目を向けていた。けどその視線はだんだんとなくなっていった。いつの間にか、肩を並べて笑い合うことができていた。


 初めはあれだけ警戒されていた人族でも、受け入れられた。それがとても嬉しかったんだ。 

 

 確かに、俺は自分の暗い願望の選択の結果、こんなにも笑えるようになった。地球にいた頃は、深雪と冗談を言い合っている時しかほとんどなかったのに。

 なら、俺はこのまま、この醜い願望を抱いたまま、突き進もう。正しいか間違ってるなんか、考えるのはあとにしよう。


『ちなみにだがマスター。悪魔ってのは、呼吸をするように嘘や狂言をして、相手を手のひらで転がすのが大好きなんだぜ?』

「………………」


 無言でディアブロを指で弾く。


『ぐおぉぉぉっ!!! 俺様の扱いがどんどん酷くなってないかマスターっ? 早く止めろぉぉっ!!! 』

「あ〜〜聞こえない聞こえない。主で遊ぶ悪魔なんて、扱いがそこらへんの石と同じで十分だ」

『聞こえてるじゃねぇかクソがっ!!!』


 テーブルの上で駒のようにくるくる回るディアブロ。苦情を耳にしながらそれを見ながら紡ぐ。


「ありがとな。ディアブロ。おかげでよく眠れそうだ」

『……………けっ。俺様は悪魔だぞ。マスターのために言ったんじゃねぇ』

「お前ってツンデレだったんだな」

『違うわボケっ!!』


 ディアブロの否定の言葉を最後に、俺は睡魔に襲われ、抵抗することなく意識を手放した。


 

 波乱の日々が幕を開ける。

 


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