第21話 命令

 テーブルには新鮮な野菜や果物、パンなど朝食にしては多くも軽い食事が用意されていた。

 テーブルにはさっきまで膝枕の件で真っ赤になっていた俺とユーグ(自分は護衛だからと一向に席に着こうとしないので無理やり座らせた)、マガレスとガリオスの膝の上にエクタナだ。もう見慣れた光景になってしまい何も言わない。

 

 平然を装っている身体が無言でパンを口に運ぶ。が、ガリオスとエクタナの絡みを見ると、ユーグの膝枕をしてくれた光景が蘇り、たまにちらっと隣に座るユーグを見てしまうのだ。そして、どうやら向こうもこちらを見ていたようで目が合う。途端に気恥ずかしくなって、お互い真っ赤になりすぐに目を逸らす。ずっとこれを繰り返していた。


 ずっとユーグに膝枕されてくれし恥ずかしかった訳で、さらにユーグに一緒に食べようと隣に座らせたはいいものの、ふとした時にユーグのいい匂いが鼻をくすぐり、あの柔らかい感触を思い出してしまい、罪悪感とか興奮とかぐちゃぐちゃになってとても気まずいのだ。


「…………のう、レンとユーグリンデはどうしたのであろう?まるで付き合い始めたカップルのような空気じゃが…………」

「うふふ。あなた。あまり邪推してはいけませんよ。誰だって結ばれてすぐは気恥ずかしいものです」

「そうか? 我とエクタナは付き合い始めた頃はあんな空気ではなかったようなきがするのだが………」

「それは、私があなたとたくさん触れ合いたかったからですよ。私はあなたをとても愛していましたから」

「エ、エクタナ………我も愛しておるぞエクタナ」

「あなた……………」

「エクタナ……………」

「お前らいい加減にしろっ!!!!! どうどうとイチャイチャすんなっ!!」


 二人が見つめ合い、あと少しで唇が重なりそうになった時には、俺は思わず叫んでいた。失恋した俺への精神的ダメージが大きすぎる!!

 二人が不服そうにこちらを見て口を開ける。


「ならレンもユーグリンデとイチャイチャすればいいであろう?」

「しねぇっ!!」

「? 何故しないのだ? 二人は付き合っておるのだろう?」

「付き合ってねぇっ!!」

「?」


 ガリオスが不思議なものを見る目を向けてくる。いや、はたから見たら初々しいカップルに見えていたことに俺はびっくりしてる。どこをどう見たらそうなるのか。

 当然、ユーグが俺の全否定に残念がっていたことは、この時の俺は知るはずもない。


 乱れた呼吸を抑える。落ち着け俺。この夫婦のバカップルぶりは今に知ったことじゃないし、この魔王の残念さもすでに知っていることだ。さっさと話すことを話すんだ。


「そうだマガレス。この前の鑑定水晶化してくれ得ないか?」

「別によろしいですが、何に使うつもりで?」

「いや。昨日の深夜に悪魔を使い魔にしたから、使えるスキルが増えてると思って」


 マガレスが持っていたパンを手からこぼして口を開く。


「…………なんと言いましたかレン殿?」

「だから、悪魔を使い魔にしたって言ってるだろ?」


 マガレスが信じられない、と言ったように頭を抱えている。見れば、ガリオスとエクタナも、口をポカーンと開けていた。息ぴったりなのはさすが魔王夫妻と言うべきか。

 ガリオスが硬直から解かれ慌てふためく。


「おおおお主、それは本当であるのか!? と言うか、お主は本当にレンであるか!?!? 悪魔に乗っ取られておらぬか???? いくら馬鹿で魔法が使えなくて憐れだと思っていたが、まさかそんなことをしでかすとは!?!」

「お前が言うなこの色ボケ残念魔王っ!!! それと古傷抉るんじゃねぇっ!! 地味にまだ気にしてるんだよちくしょうっ!!!」


 実は、あの夜に読んだ書物をもう一度見返すと、使い魔の魔法適正は契約主に受け継がれないと書かれていた。使い魔と契約主は別の個体だから、先天的な魔法適正を受け継ぐことは出来ないらしい。

 結局、俺は魔法を使うことが出来ないのであった。憧れが強いと絶望がすごいよね……………。


 しかし、使い魔が持つスキルなどはしっかりと受け継がれるので、ちょうど報告も兼ねてマガレスの鑑定水晶を借りたかったんだが、こうも疑われてしまうとは思わなかった。やはりそれだけ悪魔という存在が恐れられているのか。

 なら、さっさと使い魔になったことを証明しよう。ポケットから闇色の小石を取り出す。途端にマガレスが部屋中に障壁を多重に張り、エクタナが攻撃魔法を紡ぎはじめ、ガリオスが一目散に扉に手をかけた。真っ先に脱出しようとするあたり、本当に残念魔王と思ってしまう。


「ディアブロ。姿を見せて、この場にいる全員に無害であることを見せろ」

『けっ。なんで俺様が』

「"主人の命令に従えディアブロ"」

『なっ!? 『命令オーダー』は反則だろうがっ!』


 『命令オーダー』とは、文字どおり使い魔に強制力を持った命令だ。言葉に魔力を乗せるので地味に魔力消費をする。そのかわりに、使い魔はどんな命令でも従わなければならない。

 たとえ自害しろと言う命令も、使い魔は聞かなければならない。まぁせっかく悪魔を使い魔に出来たのでそんな無駄な命令しないし、そもそも自害させることは俺が嫌なので一生しない。『命令オーダー』も、今回は悪魔が俺に逆らうことはないと言うことを見せるために使うのであって、普段はディアブロの意思を尊重するつもりである。


 手の平の闇色の小石が跳ね、空中で激しく回転を始める。次第に闇色の霧が小石を覆っていく。三人は『命令オーダー』を見せたことで魔法を解いた(ガリオスはエクタナの背中にしがみついている)。

 闇色の球体が俺の傍へと移動し、霧散した。そこに立っていたのは闇色の髪をした高身長イケメンだった。背中から蝙蝠を思わせる翼を生やし、その瞳は鮮血のように赤く、白目のところが黒く輝いていた。思わず悪態をつく。


「なんでそんなにイケメンなんだよ」

「知るかよ。がイケメンに憧れてたからじゃねぇの?」

「……………身に覚えがありすぎてなんも言えない…………」

「レ、レン様? 私は、その……レン様も十分カッコイイと思います」

「ありがとうユーグ。慰めてくれるのはありがたいが、余計に心を抉られる……………」


 渚にフラれてからは、イケメンだったらと嘆いたことが何度もあった。それのせいかもしれない。

 

「と、無害の証明だったな」

「ま、まだ何か命令するのか? せめてマシものにしろよマスター」

「お座り」

「聞こえなかったのかコラァ!!! 俺様は犬じゃねぇ!!」

「"お座り"」

「ぐおっ!!! 身体が、勝手に……!」


 ディアブロが徐々に床に膝をつけ正座をする。翼がパタパタしているのは犬の尻尾のつもりだろう。

 犬を相手にするみたいにディアブロの頭を撫でながら三人の方を向く。


「一応すでに『命令オーダー』で、魔王領にいる者には危害を加えるなと命じてはあるが、これで無害だと言う証明でいいか?」

「…………悪魔を従えるとは…………もうレンは魔王なのでは?」


 ガリオスの呟きは、近くにいたエクタナ以外、誰の耳にも届かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る