第19話 使い魔契約

 机に転がる闇色の小石は、俺の言葉に何も返事はない。ただの小石のようだの字幕が流ればいいものの、あいにくこれは小石になった悪魔なのだ。


「おーい。ちょっとくらい反応を示してくれないと、俺が石ころしか話し相手がいない残念なぼっちになるんだが? どう責任取ってくれる?」


 そんな脅しにも小石はうんともすんとも言わない。本当にただの小石かと不安になる。というか、このままでは本当に残念なぼっちになってしまう。そんなこと許されるはずがない!

 光を飲み込む小石を指で弾く。独楽のようにくるくると机の上を回る。脳内に声が響いた。


『テ、テメェっ。俺様の扱いがぞんざいだぞっ!』

「やっと喋る気になったか?」

『誰がテメェなんかと』

「この書物、結構な重さあるんだ。これの下敷きにされたら粉々に」

『わ、分かったっ。話を聞いてやる。だから、持ち上げてる書物凶器を置けっ!!!』

「聞いてやる? 置け? 口がなってないなぁ? お前の生殺与奪の権を握ってるのは誰だろうなぁ?」

『ぐっ。こ、この悪魔がっ………』

「悪魔に悪魔と言われてもな。で?」

『………………お話を聞きます』

「もう一声」

『商売じゃ』

「ああ〜手が滑って落ちそうだ〜」

『なんでも聞きます!!』


 分厚い書物凶器を悪魔のすぐ横に置く。悪魔の舌打ちが聞こえてくる。


『チッ。なんで俺様がこんなふざけた奴に従わなきゃならねぇんだ』

「そのふざけた奴を敵に回したのはお前だ。…………聞きたいことがある」

『答えられるものになら答える。悪魔といえど全知全能じゃねぇからな』

「そこは承知してる。俺が聞きたいのは、どうしてお前……悪魔が召喚されたのかだ」


 精霊を呼び出すための術なのに、毎回悪魔が出現する可能性があるはずない。何か悪魔を呼び出す条件があるはずだ。まずはそれの確認がしたかった。


『俺様達悪魔は、負の感情を元に作られた。だから、色濃い負の感情に引き寄せられる』

「作られた? 神々がどうしてお前達のような危険な存在を作ったんだ?」

『テメェは異世界人だから知らないか。…………悪魔の存在を作ったのは、破壊神だ。今はもういないが』


 その破壊神についても気になるが、もう夜も遅いから話をさっさと進めよう。


『破壊神から漏れ出た負の感情によって偶然生まれた俺様達は、絶えず負の感情を追い求める。そして、負の感情を持っているのは決まって人間だ。だが、一般人がそう簡単に強くなれるはずがない。だが、精霊と契約すれば別だ。だから、負の感情を強く抱いている人間が精霊召喚を行えば、俺様達は自ずと精霊を、同胞を殺してまでそいつの前に現れる。そして力を授け、そいつの復讐を行う。そうして新たな負の感情を生み出す。俺様がお前の前に現れたのは、お前の中に強く真っ黒な負の感情を感じたからだ』


 おかげで何人殺したか、と言ってる悪魔の話に、俺は納得してしまった。


 俺の中に感じた負の感情とは、十中八九地球でのことだろう。両親を殺され、幼馴染にフラれ、天川に取られ、居場所を失った。

  怒り。悲しみ。憎しみ。絶望。俺はそれらを衝動に行動していたから、悪魔にとってこれ以上にない存在だったのだろう。

 だが、俺は悪魔の語りを聞いて疑問に思ったことを聞く。


「なぁ…………そこにお前達の意思はあるのか?」

『はぁ? んなもんあるわけないだろ。俺様達はただ破壊の限りを尽くすよう生まれてきたんだ。初めから意思なんて物はない』

「…………なら悪魔。これで最後の質問。いや、お前の選択肢を提示しよう」


 自らの意思なんてなく、ただ破壊し続ける。それはもう呪いだ。悪魔にはお似合いなのかもしれないが。


「一つ。この分厚い書物に押しつぶされて粉々になるか」

『テメェの要求には答えただろうがっ!!』

「約束した覚えはない」

『テメェの方がよっぽど悪魔だなおいっ! 考え直せ。俺を誰だと思ってる。悪魔だぞ? テメェが願えば、それこそ世界を支配できるし、女を好き放題に抱けるんだぞ? ここで潰すのは勿体無い---』

「二つ---俺の使い魔になるか、だ」


 主従関係を結ぶことで、使い魔にどんな命令でも下すことができるようになる。使い魔に「自害しろ」と言えば、使い魔は自ら命を絶たなければならない。つまり、使い魔は主人に手綱を一生握られることになる。

 その代わり、使い魔と主人との間に強い魔力の繋がりを持つことができ、そうすることでお互いに力を得ることができる。


『俺様が首を縦に振るとでも?』

「首ないだろ」

『言葉の綾だろうがっ!!!』

「さっさと選べ。言っとくが後者を選ばなかった限り、粉々にするからそのつもりで」

『……………はっ。イかれてやがる』


 悪魔の言う通り、イかれてるだろう。使い魔とは主人に従う代わりに魔力の繋がりを持つ。

 つまり、悪魔を使い魔にすることで、いつどんな時も悪魔に身体を支配されるかもしれないリスクを負うことになる。


「そうだが………それがどうした? 俺は魔王になるんだぞ? 悪魔の一匹や二匹従えねぇと威厳がないだろ。イかれてるくらいがちょうどいい」

『…………くくくっ、ははっ。ははははっ!!!』


 その笑い声は、これまでの退屈が吹き飛んだような、結果が楽しみでしかないような、そんな狂った叫びだった。


『ああ。いいぜ。テメェの口車に乗ってやるよ』

「なら、契約といこう」


 使い魔との契約は簡単だ。契約主と使い魔とで決められた詠唱を行い。魔力の繋がりを作る。そして最後に名前をつけるだけ。そう書物に記されていた。


 小石に手を触れる。冷たい石の感触を感じ、契約主の詠唱を行う。


「“強き者よ。我が魔力に答え、ここに契約を結べ”」

『“我を従う者よ。契約に従い、ここに魔力の繋がりを結ぶ”』


 その時、俺と悪魔の魔力が重なるように繋がったのが分かった。漆黒と闇色の魔力が俺と悪魔を中心に渦巻き、暴れる。書架が大きく揺れ、開いていた書物のページが荒れ狂う。

 次の瞬間、身体全身に痛みが走る。俺の魔力を通して、悪魔が俺を蹂躙し始める。


『はっはっ!! 所詮は人間。俺様を従えるなんて百年はや……………は? え、いや、ちょ』


 まぁ。それも最初だけ。悪魔が初めて現れて、俺の"魔力操作"のスキルに抗いきれなかった時点で、勝負はすでに決まっている。


『ぐっ! この野郎〜〜っ、ま、負けてたまるかぁぁっ!!!!』

「“我に従う者よ。汝に名を与える”」


 悪魔が抵抗するも、俺は難なく最終作業に移行。悪魔といえば定番だよな。某スライムになった社会人も悪魔につけてたし。


「“名をディアブロとし、我の使い魔として従え。『主従契約』」

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