第18話 魔王になる理由

 墓地を後にした俺は、夕食を食べ終えてから書庫に入れてくれるよう頼んだ。


 書庫の僅かな明かりを頼りに、地球の辞書なんてペラ紙と思えるほど分厚い書物を読み、重要な箇所は紙に記していく。"言語理解"マジ便利。これがなかったら今頃萎えてた。本を読むのは好きだし、普段から深雪に勉強するよう調きょ……………教えられていたので、数時間机に向かい合っても苦にならなかった。

 

 くだらない戦争を終わらせるとは言ったものの、まずは魔王になれなければ話にならない。

 魔法が使えない俺が、魔法への対抗手段として絞ったのはやはりスキルだった。色々調べて分かったのは、スキルは行使し続けることで成長し、新たなスキルへと進化したり、派生したりすることがあるらしい。

 俺には"魔力操作"と"言語理解"しかスキルがなく、"言語理解"はこれ以上成長させる意味がないので、"魔力操作"に絞って細かい運動でも行使することにした。体内で魔力を制御するだけでスキルを行使していることになるので、わざわざ魔力を消費しなくてもいいのだが、魔力増幅の要因にもなるかなと思い、身体強化は続けている。


 そうやって、また新たに分厚い書物を読んでは書いてを繰り返していると、書庫の扉の開く音が聞こえた。誰だ? 


 思いつく限りの人物をリストアップしたが、視界に入った人物を見て、俺は気づかれないようにため息を吐いた。要はそれだけの人物だった。


「なんであんたがここにいるのよ」


 視界に俺が入るなり、その美少女、ガリオスの娘リタ・ルーヴェは嫌そうに顔を歪ませた。初めて会った時は名前を聞いていなかったのでガリオスに教えてもらった。書物に目を通しながら答える。


「俺がここで調べ物してることは、夕食の時に聞いてただろ」

「こんな遅い時間までいるとは思わなかったの」


 言われてみれば、もう深夜を回っているはず。少し眠気を感じるが、我慢できる範囲だ。


「お前は何しにここへ? 夜更かしは肌に悪いぞ」

「え、そうなの?……って、今は関係ないでしょうが!」

「はいはい。で?」

「こんのぉ〜〜っ…………はぁ……私の部屋、御父様と御母様の寝室の隣なの。それで、その………騒がしくて眠れないというか…………」

「あぁ………それはなんというか……」


 頰を少し赤らめて言いにくそうにしていることから察しがついた。つまり、現在進行形で、あの二人は愛し合っていると。親が行為に及んでいる音なんて、聞きたくないだろう。リタは見た目俺と同じ歳ぐらいだから、そういうことに興味を持ち始めるから尚更だろう。


「まぁ、邪魔さえしなければここにいろよ」

「ふんっ。あんたと二人きりなんて考えられないから」


 俺の親切をバッサリ切り捨てるリタ。なんか、娘の方が魔王らしいと思ってしまった。


「そうかい。なら、さっさと出てけ。というか、部屋に防音の障壁を張ればいいんじゃないか?」

「……………」


 魔法という便利な力が存在する世界。当然、そのような魔法も存在していることは、これまで読んだ書物で分かっている。

 リタがスーと目を逸らした。分かっていたが使わなかったようだ。ふむ、なるほど。


「むっつりが」

「!?!! 最低っ! 死ねっ!!」


 整った顔は羞恥から炎より真っ赤だ。カラカラと笑う。ツンツンした性格でもやはり同い年の女の子だと思った。

 リタは声を荒げ、一瞬で片手に炎を灯した。詠唱も魔法陣も見えなかった。焦らず言い聞かせる。


「おいおい待て。ここにあるのは全部貴重な書物。魔法なんて使ったらどうなるか分からないほど馬鹿じゃないだろ? そうなって困るのはお前だからな?」

「うっ!…ぐぐぐっ………ふんっ! 覚えてなさいよ」

「はいはい。なるべく覚えておくよ」


 リタが悔しそうに歯ぎしりし、炎を消した。そのまま不機嫌そうに出口へと向かっていく。全く、美しずぎる花には棘があるとはよく言うが。リタのあれは棘というより槍だな。刺されば確実に死ぬ。

  と、考えていると、リタが扉に手をかけたままこちらをじっと見ているのに気づいた。


「なんだ? 聞きたいことなら可能な限り手短に頼む」


 それだけ言って視線を書物に戻す。書いてあるのは使い魔との契約について。精霊との契約とは違い、使い魔が保有する能力を契約主はある程度使えるようになるらしい。

 しばらくの沈黙を破り、リタが口を開く。

  

「あんたはなんで魔王になると決めたの?」


 彼女にとって、俺が戦うのが不思議でしかないのだろう。勝手に異世界に呼び出され、戦争に出て欲しいなんて言われても、この異世界に愛着があるわけでもなく友人や家族がいるわけでもない俺に戦う理由など存在しないのだ。


「あんたは異世界人で、私達がどうなろうとどうでもいいはず。それに『勇者』みたいに魔法は使えず、強力なスキルもない。…………下手すれば、あんたは死ぬ。ここで身を引いた方が、私としても都合がいいし、何よりあんたは異世界人ということに目を瞑ればただの人族。十分、この世界で生きていける。なのに、どうして?」

「……………話せば長くなるし、理由は色々ある。でも、その中であえて挙げるなら」


 天川のいない異世界なら、俺は主人公になれる。地球に俺の居場所はないのなら、渚を視界に入れるたびに辛い思いをしなくちゃいけないのなら、戻る必要はない。情けない自分に戻りたくない。甘えたくない。

 今までの俺なら、それだけだった。


 脳裏に夕焼けを浴びる剣や杖、武具が浮かぶ。夕焼けに光る涙を流すユーグの姿が浮かぶ。何もない空白の墓に、たくさんの魔族が想いを言葉にしている姿が浮かぶ。

 彼ら彼女らは何もしていない。ただ周りから拒絶され続けただけの存在。それなのに、何故こんなにも苦しまなければならないのか。

 だから、今日、夕焼けの中、もう一つ俺の中で理由が加わったんだ。


「この異世界で、主人公になりたい。この異世界で、居場所を作りたい。情けない自分になりたくない。…………このくだらない戦争を、終わらせたい。それが俺の戦う理由だ。立ち止まるなんて選択肢はとっくに捨てた」

「………そう。あんたのしたいようにすればいいわ。私も私のしたいようにするだけ……………後悔しないといいわね」


 納得したのかは分からない。ただそれだけ言って、リタは部屋から今度こそ出ていった。その背中をただ見つめる。


 立ち止まる選択肢はない。立ち止まるわけにはいかない。だから……………俺はポケットからあるものを取り出す。

 全ての光を吸い取ってしまいそうなそれを机に取り出した。


「よう悪魔。石ころになった気分はどうだ?」

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