第17話 何もない墓地

 マガレスを照れ隠しに殴っていたところで、昼食を食べに向かった。身体が疲労感で鉛のように重かったが、初めての異世界料理という好奇心が勝った。

 魔物の肉と異世界で取れた野菜のシチューだったが、疲れが吹き飛ぶほどとても美味かった。こう見えて料理は出来るから、これを作ったというのシェフ(筋肉バキバキの猫耳だった)にレシピを教えてもらおう。


 その後はぎこちないながらもユーグに稽古をつけてもらった。一週間という短い期間に、少なくとも魔法に対抗する何かを生み出さなくてはならなかった。


 考えていたのは『魔力操作』のスキルで相手の放った魔法に干渉するというものだったが、『魔力操作』で干渉する前に、魔法が迫ってきて無理だった。

 どうやら相手の魔力となるととてつもない集中力と魔力の消費が激しくなるらしい。悪魔に干渉した後に感じた疲労感の理由はこれだった。

 とりあえず出来ることをしようとユーグに模擬戦をお願いした。体内の魔力を繰って身体強化をスムーズに行えるように練習しておきたいとお願いしたら、快く受けてくれた。


 が…………ユーグが四天王の娘だということを忘れていたのだ。開始早々はユーグも魔法やスキルなしと言うことだったので彼女の愛用の細剣による神速の突きと素早い動きについていけた。

 が、それも魔法やスキル制限なしとなると模擬戦ではなくなった。ユーグの姿が搔き消えいつの間にか背後に回られていて、俺は何とか食らいついていたら、いつの間にか観戦者(ほとんど怪我人だったが腕を鈍らせないために来ていた)が増えており、終わった後には胴上げまでされた。


 後から聞いた話。ユーグはどうも近衛騎士の中でずば抜けた実力者の上、その美貌から言い寄ってくる男は数知れず、その度に男を殴り飛ばしていたらしい。それほどユーグは他を圧倒していた。

 それから騎士団の中で『鬼のユーグリンデ』と呼ばれていたらしい。納得してしまった。恥ずかしそうにしているユーグは可愛くて、全く鬼ではなかったが。


 男達の暑苦しい胴上げから離脱した俺は、ユーグにもう一つ、お願いをした。これから忙しくなり、ほとんど時間も取れなくなってしまう気がしたから。


「ユーグのご両親に手を合わせたいんだ」



◆◇◆◇



 空が茜色に染まる中、俺とユーグは剣や杖、他にも様々な武具が無数に地面に突き刺さった場所を訪れていた。

 地球では俺はいつも、渚と一緒に両親の墓参りに行っていた。一人ではどうしても強い孤独を感じ、足がすくんでしまっていた。その度に渚に引っ張られていた。


 ユーグも、俺と同じようにここに訪れる勇気がなかったらしい。だから、場所をユーグに教えてもらい、手を優しく強く握り引っ張っていく。


 そうして剣と杖が寄り添うように突き刺された墓石の前で立ち止まった。そこには『四天王ルクスとその妻ユリンデル』と記されていた。ユーグのご両親の名前だろう。

 ユーグが両手で抱えるほどの色鮮やかな花々を供え、祈るように両手を握る。この世界ではそうやって死者を悼むのか。俺は…………手をぴったりと合わせ目を瞑る。慣れないことをやって失敗する方が無礼と思ったから。自分達の呼吸の音も聞こえなくなるほど、静寂が辺りを支配していた。


「お父さん。お母さん。遅くなってごめんなさい。ちょっと、一人で来れる勇気がなかったんです。でも、今日やっと来ることができました」


 ユーグが優しい声で語りかける。


「それも今、隣にいる人のおかげです。紹介しますね。クロガネ・レン。陛下が召喚した異世界人です。私は彼の教育係になりました。レン様は魔法の適正がなくて、精霊も呼び出せなくて、私が見ていないといけないほど、情けない人です」

「おい。ご両親の前で何言って」

「--だけど、私にとっては、とてもかっこいい人です。大切にしたい人です」


 ユーグの言葉に俺はそっぽを向いてしまう。優しく語りかけるユーグは嘘をついている様子なんてなく、さすがに照れる。

 そんな俺を気に留めず、ユーグは続ける。今は彼女とご両親の時間だと思い、俺は少し離れ、周りを見渡した。


 夕焼けが作り出すのはいくつもの武器武具の影。中には半ばから折れているものや、原型を留めていないものまである。それらが、この戦争の激しさ。過酷さ。残忍さを教えてくれる。戦争のせの字も知らない俺にとって、もしかしたらそれは、まだ想像の域を超えていないのかもしれない。


 人族は弱くて脆い。多くの魔力に恵まれ、頑丈な体を持って生まれた魔族と違って。

 だから、人族は魔族を危険視し、敵意を向けるのだろう。それは地球でも変わらない。喧嘩が強い奴は警戒されるし、ガラの悪そうな奴は叩かれる。


 でも……………俺は一人、静かに涙を流しているユーグの背中に触れる。

 この下に犠牲になった人達の身体はない。戦場でそれらを回収できるはずもない。


 だけど、そんなものは関係ない。犠牲になった人の家族が。友人が。恋人が。言葉を紡ぎ、想いを寄せられれば、それでいいんだ。

 たとえ他より魔力を持っていても、他より体が強くても、他より見た目が変わっていても、この場所で他者を想い、涙を流すことが出来る。


 その姿は、紛れもないではないのか?


 俺はこの異世界で主人公になれるかもしれない、新たな居場所を作れると思い、魔王になると決意した。

 けど、ここを訪れて、もう一つ理由が出来た。


「ぐすっ………お父さん。お母さん。私は大丈夫だから。…………元気でね」


 この無意味な戦争を終わらせる。たとえ、どんな困難が俺を阻んだとしても、ユーグの涙を止めたい。ユーグと同じように涙を流す人をなくしたい。



 この景色を見た天川なら、きっと助けようとしないだろう。涙する人を見て、心を締め付けられないだろう。涙を流している人が麗しい女性だったら、その場だけの心無い甘い言葉を囁き、その女性をベッドの上で慰めるだろう。


 俺は、そんなクズじゃない。そんなクズとは違う。

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