第15話 悪魔
闇色の球体の声が直接頭に響く。男の声が響く度にまたドス黒い感情が暴れ脳みそがグラグラと揺れる感覚に陥る。
「そんなに警戒すんなよ。俺様はそいつに呼ばれて来ただけだ」
そう言って無害アピールしているが、マガレスとユーグは警戒を緩めない。
「レン様。こいつの言葉に耳を貸してはいけません。こいつが悪魔です」
ユーグが何かを喋っている。が、思考停止した俺の頭には何も聞き取ることはできなかった。
「俺様を呼んだのはそいつだろ?…………おい、黒髪の男。名前は?」
「レン様、答える必要はあり「黒鉄蓮」--レン様!」
誰かが何か言っている気がするが、俺は目の前の悪魔のことしか頭になかった。
「クロガネ・レン、か。変わった名前だな。なぁレン。お前は何を望む?」
「何、を?」
「いけませんレン様! 目を覚ましてください!!」
「ああ。俺様には分かるぜ? 両親を殺された憎しみが。惚れていた女を取られた怒りがっ。居場所を奪われ孤独に苛まれる絶望がっ!!!」
「悪魔の戯事を聞き入れる必要などありませんぞレン殿!!」
「悔しいよな? 憎いよな?? だが安心しろ。俺様が全部叶えてやるよ」
悪魔の大演説は麻薬みたいに俺の脳を痺れさせる。それと同じくらいにドス黒い感情が思考を支配していく。
どうして俺の両親が死ななきゃならないんだ? 死ぬべき人間なんてうじゃうじゃいるじゃないか。
どうして渚は俺を選ばなかったんだ? ずっと一緒にいたのに。それこそ家族も同然だったのに。俺はお前のことをこんなにも好きだったのに。
どうして天川が主人公なんだ? 努力してきた俺じゃなくて、何もしなくても何でも出来る天川が、主人公面して俺の幼馴染も、俺の親友も、俺の居場所を全て奪っていく。
「俺様と契約すればどんなことでもしてやるよ!! 憎い奴は皆殺し。気に入った女は犯し放題。人間の王、魔族の支配者、世界の神様にだってしてやるよ!!!! だから、俺様と契約しろ。身のうちに宿る憤怒に。憎悪にっ。絶望にっ!! 身を任せろぉぉっ!!!」
「駄目ですレン様! 悪魔の言葉に惑わされないでください!」
そうだ。俺を選ばなかった渚が憎い。俺の両親を殺した理不尽が憎い。俺の幼馴染を、俺の居場所を奪った天川が憎い。
俺はゆらゆらと立ち上がり、光に誘われる虫のように悪魔に近寄ろうとする。
「駄目ですレン様っ!!」
ユーグが俺と悪魔の間に割り込んできた。その目からは絶対に通さないという意思を感じた。ユーグの後ろにいる悪魔はこの状況を楽しんでいるのか、ニヤニヤ笑っている気がした。
「レン様! 悪魔と契約しては貴方は魔王になるどころか、自分の命すら失うことになります! 私は、貴方をそんな目に合わせたくないっ!」
思考がドス黒い感情にぐちゃぐちゃにされる中、ユーグの声が聞こえた。思わず歩みを止める。
それを見た悪魔は今までの軽快さを失くし、極寒の声で言った。
「女は黙ってろ」
直後、ユーグが吹き飛んだ。かろうじて直撃は免れたみたいだが、受け身を上手く取れなかったのか、苦しそうに呻いている。
それを見て急に頭が冷やされた。頭を蕩けさせていた靄が晴れ、思考を取り戻す。
俺は今まで何をしていた? 俺は何をしようとした? 目の前の悪魔はユーグに何をした?
「こっちに来い。そして俺様に身を委ねろ」
悪魔の声が響く。それを聞いた俺は激しい怒りを抱く。こんな奴の戯言に俺は踊らされていたのか。そのせいでユーグが苦しんだのか。
目の前の悪魔に対する怒り。戯言に侵された俺に対する怒りが自分の身体を蹂躙する。
激情に駆られるまま、歩みを進める。ユーグとマガレスの制止を振り切り、そのまま魔法陣に入る。
「くくくっ。さぁ。契約といこうじゃないか」
「駄目です、レン様ぁっ!!!」
目の前の悪魔が笑う。球体から触手みたいに伸び、俺の身体を繭のように囲んでいく。
俺はそれに、自分から触れた。
「おいおい。そう焦んなって。お前は何をしなくて--うぐっ!? がぁっ!!?」
「ああ。焦らないさ、ゆっくり。じっくり。確実に。---お前を支配してやるよ」
悪魔が苦渋の声を上げる。痛みを感じているのか分からないが、効いているみたいだ。
俺が行なっているのはスキル"魔力操作"。前述通り、魔力を直接操作することが出来るスキル。魔法適正がない俺では、せいぜい魔力を直操って身体強化を行うことしか出来ない。
だが、俺がこのスキル内容を調べて疑問が浮かんだ。精霊相手に"魔力操作"を使えばどうなるのだろう?
精霊は実態のない魔力の塊とマガレスから説明された。なら、魔力を思いのまま操れる"魔力操作"を使えば、精霊と簡単に契約出来るのではと思った。
結局、呼び出されたのは悪魔だったけど、それでも精霊と同じ魔力生命体だ。なら"魔力操作"で干渉出来るのではと思ったが、結果は予想通り。
イメージとしては、悪魔の中を無造作に掻き回している感覚。当然、悪魔が抵抗してくるたびに体内の魔力がどんどん削られ、頭の中が焼けるような激しい頭痛が伴うが、こいつの手の平で踊らされていた俺にはいい罰だとそのまま続行。
そして、悪魔の心臓とおもしき感覚を拾った。それに触れた途端、悪魔が暴れ出す。
「っぐぅぉっ。お、俺様が、人間風情にぃぃっ!!!」
悪魔の叫び声が部屋に響く。魔法陣の中心にあった黒い球体が、みるみるうちに小さくなっていく。
「あがぁぁぁぁっ!!!!!」
そのまま止まることなく収縮していき、床に小さな石となってぽとりと転がった。
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