第14話 精霊召喚

 俺は膝から崩れ落ちた。魔法適正がないなんて、ただの無能じゃん………。憧れが強かった分、落ち込みが激しい。きっと俺の周りに黒いモヤが現れ『ズーーン』なんて効果音が流れているだろう。


「レ、レン殿? そう気を落とさなくても…………上位の精霊と契約できれば、詠唱魔法よりも強力な魔法を扱えるやもしれませんぞ」

「よしやろうすぐやろう。精霊と契約するにはどうすればいい?」


 マガレスの言葉に俺はぬくっと立ち上がる。それを見たマガレスは頰をピクピクと引き攣らせ、奥へと引っ込んだ。


「……………上位精霊と契約できるといいですね」

「…………………そんなドン引きされながら言われてもなー」


 ねぇ酷くない? 俺、そんなにキモかった?……………予備動作なしで音もなく立ち上がれば、誰だってキモいと思うか。


「ふふ、申し訳ありませんレン様。そんなに拗ねないでください」

「別に拗ねてねーって。頭撫でんな」


 そう言っても、ユーグはくすくすと笑うだけで手を止めなかった。その手を振り払わない時点で俺も大概だった。



◆◇◆◇



 ユーグが俺の頭を撫でている途中でマガレスが戻って来て、俺とユーグを見てとてもいい笑顔を浮かべていた。そのせいでユーグがこれでもかと顔を真っ赤になった。ちょっと可愛かったのは内緒だ。


「この魔法陣で精霊を呼び出します。精霊とは、先にも説明しましたが、実態を持たない魔力生命体です。なので、どんな能力、属性、魔法が使えるかは、精霊と契約するまで分かりませんので、ご注意を」


 魔法陣の内側に立ってマガレスの説明を聞いている。


「精霊を呼び出し契約を結ぶことができたら、『汝の居場所を与えようケイン』と唱えててください」

「分かった」

「ですが、気をつけてください。精霊の中には気性が荒い者もいます。召喚されてすぐに襲いかかってくることも少なくありません。さらに、これはごく稀な例ですが、悪魔が呼び出される場合もあります」

「悪魔? なんだそれ? 精霊とは何が違うんだ?」

「精霊と同じ魔力生命体ではありますが、悪魔は術者に取り憑いて、術者を意のままに操ることが出来ます」


 悪魔という存在は、それこそ世界に最初に生まれた生命だという。それゆえ強大な力を持っている個体ばかりで、過去には悪魔一体で人族の都市数十カ所が滅ぼされた記録もあるほど。


 そんな奴が来たら遠慮なくぶっ飛ばす。俺は今、魔法で無双できるか否かの瀬戸際に立たされているんだ。そんなものになりふり構ってられるかっ!!…………思考が脳筋のそれになっているが、許して欲しい。


「……………その時はすぐに魔法陣から出てください。私が撃退しますので」


 それは頼もしい。期待してるよマガレス。だからそんな残念なものを見る目でこっちを見るな!


「それでは始めます」


 マガレスは左手に持った本を広げ、右手を魔法陣に突き出し目を瞑った。

 次第にマガレスの周りで黄色の魔力が漂い始めた。その姿は本当に賢者のようだった。


 そしてマガレスが口を開く。


「“力ある意志よ、我の願いに答え、顕現せよ!『精霊召喚』”!」


 すると、足元の魔法陣が淡く輝きながら時計回りにゆっくり回り出した。それに思わず「おお!」とテンションが上がったのは仕方ない。俺だって男の子だもの、こういうのってワクワクしてしまう。


「今はレン殿が持つ力や魔力などをその魔法陣を介して、別次元の精霊に伝えているところです。それを感じとった精霊が興味を持ったり、契約がしたいと思えば魔法陣の中央に精霊が現れますので、それまでは気長に待つしかありません」

「そっか、なら待つしかないか。…………ちなみに、俺異世界人だけど大丈夫と思う?」

「………………………」

「おい目を逸らすなジジィ。なんとか言え」


 だんまりしたままスーと目を逸らしたマガレスに俺はジト目を向ける。マガレスが焦ったように言葉を放つ。


「こ、こればかりは、私も図りかねます。精霊の中には気分屋がとても多いと聞きますので」

「………ま、それは仕方ないか」


 そうしたやり取りの間も足元の魔法陣はずっと回り続けている。


 これは長期戦になりそうだなと思いながら、俺は魔法陣の上にどかっと座った。



◆◇◆◇



 時刻はお昼。じっと待つのも飽きて、マガレスが貸してくれた『スキル大全』で自分のスキルの効果を調べていた。スキル名でなんとなく分かるが、詳しいことはやっぱり調べなければ、いざという時に困るだろう。


 『言語理解』は名前の通り、どんな言語でも理解することができるのか。これがあると書物を読むのは楽だな。けど、文章を書くことは出来ないか。練習が必要だな。

 『魔力操作』も名前の通り、魔力を直接操るスキルか。これで魔法適正があれば、もしかしたら詠唱なしで魔法が発動できたりしたんじゃ? そう思うと宝の持ち腐れ………まぁ。魔力だけで身体強化は出来ることは、さっきマガレスに聞いたので、そこまで悲観することはないか。

 

 すると、ようやくに変化が訪れた。足元の魔法陣が…………………動かなくなったのだ。最後は俺を嘲笑うかのようにピカッと一度光って消えた。


 その光景に俺は頰を引き攣らせる。ユーグが俺を励まそうとするも、どう声をかければいいかわからず、オロオロしている。やめてくれ、余計心に響く。ぐすん。


「もういいよ、魔法なんていらな…………ん?」


 何か足元で弾けたような? そう訝しんで足元を見た。


 そう驚いているのも束の間、次の瞬間には魔法陣が真っ黒になり、ものすごい勢いで回転し始めた。


「こ、これはっ!? レン殿! 今すぐ、魔法陣から離れてください!」


 マガレスの声を荒げている間に、魔法陣からは黒い霧のような物が溢れ出し始めた。

 それに触れた瞬間、頭の中でドス黒い感情が暴れだした。なんでも思い通りになる天川への嫉妬。両親を失い、渚を奪われた怒り。俺を選ばなかった渚への憎しみ。どこにいても孤独に苛まれる、居場所を失くした絶望。

 もう何もかもどうでもよくて、全てを壊して暴れまわる衝動に駆られる。


「レン様!」


 ユーグが俺めがけて飛びついた。その勢いのまま、俺は魔法陣の外側に弾き出された。


 俺とユーグが床に落ちたと同時に、魔法陣から黒い霧が噴火の勢いで吹き出した。それはやがて魔法陣の中で一つに収束し、球体となった。闇色の光が明滅して、声が頭の中で響いた。


「俺様を呼び出した愚か者はテメェか」

 

 

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