第12話 親愛を込めて
何もない空間に俺はいた。見えるのは、自分の体だけ。そんな空間に俺は一人ポツンと立っていた。
俺は訳も分からず立ち尽くす。そしたら突然、目の前に道ができた。自然と足が動いてその道を進んでいく。
なんとなくこれは夢なんだろうと思いながら進んでいく。
しばらく進むと道が途切れていた。そして二つに分かれる。二つの道の先はそれぞれ異なっていた。
一方は暗い部屋でうずくまっている小さな子供がいた。時折嗚咽が聞こえる。
もう一方は明るかった。そこには少年が立っていた。少年の周りには、たくさん人が集まっていた。
少年が俺に手を伸ばしてくる。その手をじっと見て、俺は無意識に手を伸ばした。
◆◇◆◇
俺は部屋の天井に手を伸ばしていた。夢を見ていたことまでは覚えているが、その内容は思い出せなかった。
「なんだったんだ?」
そう一人呟く。しばらく考えを巡らせていたが、何も浮かばなかった。
「ま、気にすることでもないか。」
考えていても仕方がない。切り替えよう。一週間後の迷宮選別に向けて、限られた時間で猛特訓をしなければならない。知り合いはおろか、俺と同じ人間−−−この世界では人族か−−−−がいない。それが異世界に来たという実感を持つのと同時に、一人ということにとても不安を感じてしまう。
とにかく気持ちを切り替えよう。そう思いベットから降りる。異世界のベットだからとあんまり期待していなかったが、とてもふかふかでいい睡眠が取れたと思う。
部屋に備え付られていたタンスから、服を探す。昨日、案内してもらった犬耳メイドに服の場所を聞いておいたのだ。さすがにずっと同じ服は嫌だ。起きた時すげー汗臭かったし。
というわけで、動きやすそうな服をタンスから抜き取り、今着ているTシャツを脱ぎ、下着と一緒にズボンに手をかける。と、同じタイミングで部屋の扉がノックされた。
「ユーグリンデです、レン様。入ってもよろしいでしょうか?」
「いいぞぉ」
ちなみにだが、俺は朝に弱い。いや、正確には弱くなったの方が正しい。今まで一人で眠ることなんて造作もなかったのに、両親が死んでから、目の前で血だらけの両親の悪夢を見てしまい、渚にフラれてからは渚の悪夢も見るようになり、なかなか寝付けなかった。そのため、朝はいつも寝ぼけてしまう。
今回も例に溺れず、俺は寝ぼけていたため判断能力が低下し、自分の状態………半裸でズボンに手をかけている格好のまま、返事をしてしまったのだ。
「失礼しま………えっ?」
結果、ユーグリンデが扉を開けたまま、固まっている。目が合う。お互いぱちぱちと瞬きした後、ユーグリンデの視線が少し下がり、俺の裸(上半身だけだから)に固定される。
しばらくしてユーグリンデの顔がボフッと赤くなった。
「な、何してるんですかこの変態っ!!!」
「ごふっ!」
そう言って、ユーグリンデが駆け出し俺の鳩尾に拳を突き刺した。とてつもない衝撃に、俺は壁まで吹き飛ばされる。
ユーグリンデが「男の人の…裸………ぽっ」となっているのを見ながら、俺は朝弱いのを克服しようと、沈んでいく意識の中誓ったのだった。
◆◇◆◇
「本当にすみませんでした」
現在、俺はユーグリンデの前で土下座をしていた。目覚めた時に俺の目の前で鬼が仁王立ちしていたから、無意識に体が動いた。
「いくら寝ぼけていたとはいえ、今後このようなことがないように。いいですね?」
「はい」
少し前かがみになり、俺に指をさすユーグリンデ。その姿は弟のいたずらを咎める姉のようだ。………背筋が震えるのは何故だろう。ガクガクブルブル。
「それで何か用か?」
「あ、はい。レン様の魔法の知識などをマガレス様が指導するらしく、今日、連れてきてほしいと頼まれました」
「分かった。知らせてくれてありがとな」
動きやすい服に着替え(もちろんユーグリンデには部屋の外で待ってもらいました)、ユーグリンデの案内で城の中を進んで行く。その後ろをついていきながら一人呟く。
「しっかし、広いとどこに何があるとか覚えるのが大変だな」
「レン様もすぐに慣れますよ。私も最初は戸惑いましたが、すぐに慣れました」
やっぱり最初はみんな迷うんだな。これからもこういうことがたくさん起こるから、ちゃんと慣れないとな。
「そういえば、ユーグリンデは近衛騎士団だったよな? 俺の教育係とは言え、他の仕事とかあるだろ。そっちは大丈夫なのか?」
俺から頼んだこととはいえ彼女の仕事の邪魔になってしまうのはいたたまれない。俺よりそっちを優先して欲しかった。
「はい、問題ありません。あの後正式にレン様の護衛となりました。なのでレン様の護衛も今の私の仕事ですので、ご安心を」
「そうだったのか。じゃあ、親しみを込めてニックネームをつけよう」
「ニックネームとはなんですか?」
ユーグリンデが首を傾げる。それに合わせて髪がさらりと動く。彼女自身、相当な美人なのだ。その仕草に俺はぐっときていた。
「ニックネームていうのは、愛称なんだ。俺がいた世界では親しい間柄でしか呼ばないんだ。ユーグとはこれから長い付き合いになるだろうから、これからよろしくってことで」
「………ユーグ? それが私の愛称ですか?」
「………嫌なら、やめるけど。ダメか?」
立ち止まってこちらを見る彼女に、俺はとても不安になった。「キモいです」とか言われたら俺は立ち直れない。
しかし、俺の不安は杞憂に終わった。
「……いえ、愛称など初めてでしたので。でも、気に入りました。ありがとうございます、レン様」
そう言って、ユーグは笑った。俺は顔を逸らして手でパタパタと風を送る。ユーグの笑みがあまりにも可憐で、俺は失恋したばかりにも関わらず照れてしまった。
そんな俺の反応にユーグは口元を隠し、くすくすと笑った。その仕草にも、ドキッとさせられて俺はさらに赤くさせてしまった。
その後は俺も復活して、他愛のない話を二人でした。不思議と元の世界より居心地は良かった。これからの不安もいつしか感じなくなっていた。
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