第11話 部屋で一人

「ふぅ〜〜疲れた」


 俺は犬耳メイド(尻尾がブンブン揺れていたので緊張は取れたよう)に案内された窓の外を眺めていた。無数の星が夜空に浮かんでいるのは元の世界と何ら変わらす、むしろこっちの方が綺麗に見えた。

 しかし、元の世界とは全く異なる街灯に照らされた街を見て、ここが異世界であることを再度、実感する。


 本当に色々なことが起こりすぎだ。異世界の魔王に召喚されたと思ったら、魔王が残念だったし、乱入してきたルーザに勝って、鬼………じゃなくてユーグリンデがルーザをボコボコにしたり、魔王の娘に睨まれたり………人生で一番濃い日だっただろう。


 本当に驚くことばかりだったが、これからはもっと過酷なことになるだろう。


 案内してくれた犬耳メイドに迷宮選別で知っていることを聞いたが、一週間後に行われること以外、詳しいことは当日になってしか説明されていない(公平に選別を迎えるため)らしい。迷宮を使うあたり、何ともファンタジーだなと思う。楽観視しては足元をすくわれるだろう。出来ることは全てしなければ、魔王になんて到底なれないだろう。


「はぁ………確かに俺は馬鹿野郎だな」


 廊下で言われた言葉を思いだした。あのお姫様は俺のことを馬鹿だと言った。一人になって考えれば、とても的を射ていた。


 魔王というのは、今俺が見ている街、国の支配者になるわけだ。だが、俺に政治なんて高度なやりとりなんて出来ない。

 だから、別に魔王にこだわらなくても、良かったのだろう。仮に俺がそう言えば、ガリオスはそれ以上何も言わずにいてくれるだろう。あいつは魔王の割に残念だが、同時に優しすぎると思う。


 この異世界で弱者になりたくない。情けない自分になりたくない。これは紛れもない俺の本心だ。しかし、それよりも俺を強く突き動かしていることは、この異世界でなら、なら、になれると思ったからだ。


 元の世界では、いつも天川に嫉妬していた。何であいつが主人公なのだと。いつも天川が憎かった。俺よりも最低な奴なのに、どうしてあいつの方が輝いているのか。どうして俺には居場所がなくて、あいつにはたくさんあるのか。どうして渚は俺よりあいつを好きになるのか。そのことだけが毎日、俺の頭の中でぐるぐるしていた。それがとても、辛かった。


 なら、そんな世界に戻る必要なんてないと思った。天川がいないこの世界の方が、俺が輝けると思った。魔王になることで少なくとも、この場所に俺の居場所ができると思った。


 とても浅はかだと思ってる。馬鹿な考えだと理解している。それでも望んでしまう。この世界で、俺がになることを。俺の居場所ができることを。


 もしかしたら、死んでしまうかもしれない。勇者に殺されるかもしれない。


 それでも、一度夢見てしまうと止まれなかった。どんな結末を迎えることになっても、手を伸ばさずにはいられない。たとえ、ガリオスたちが悪だとしても(そんなことはないだろうけど)、この世界で輝きたい。この世界のになりたい。


 「………寝よう」


 異世界のベッドに身を投げ出す。異世界製のベッドは柔らかく寝心地良さげだったが、俺はこっちでも一人ということを感じ、元の世界と同じようになかなか寝付けなかった。



◆◇◆◇



「本当に良かったのですか?」

「レンのことか?」


 我の愛しき妻であるエクタナがベッドの上で寝転ぶ我の上に覆いかぶさる。柔らかい身体と温もりを直に感じ、疲弊していた我が息子がピクリと反応する。


 我が愛娘であるリタはどうもレンのことが気に食わないようだが、エクタナと我が認めているから何も言えないようだ。


「彼は異世界人で力を持っているとはいえ、まだリタと同じくらいの年なのですよ? それに、レンはあの頃のあなたに似ています」


 小さく頷く。

 今となっては遠い昔、我は神々から拒絶された。光の神からも闇の神からも。この世界を破壊しようとした破壊神ルーヴェの息子というだけで。

 あの時は泣いた。配下の魔族達、そしてエクタナを愛さなければ、今頃この世から去っていたかもしれないほど、悲しかった。


 その頃の我にレンは似ていた。初めて会ったその時にそう思った。どこにも居場所がなく、一人寂しかったあの頃の自分と重なった。その時に放っておくという選択肢はなくなった。レンの意思を何よりも尊重してやりたいと思ったのだ。


「レンが魔王になると言ったのだ。我はそれに応えたい。選別が始まるまでは、レンを出来るだけ支援する。そのためにマガレスに魔法を教えるよう命じたのだ」


 マガレスは最初に出来た臣下だった。信頼しているし、必ずレンを成長させてくれると確信している。


「それに…………我は感じたのだ」

「何をですか?」

「レンの中の強大な力。それこそ『勇者』など軽く屠れるほどの力。そして……………母に似た深い闇を」

「!? それは……危険なのでは?」


 エクタナが息を飲む。その反応も最もだろう。

 我が母の身に宿った闇は、考えられないほど強大な力であった。それに似た闇など、異世界人といえど宿すことなど容易ではない。それほどまでの事が向こうの世界であったのだろう。


「『魔王因子』を継がせるのも、いざという時、闇に飲まれないようにするため。この戦争が終結しても、この城に残って欲しいのぅ」


 レンには力云々関係なく、友人となりたい。そして、向こうの世界で負った傷を癒してほしい。

 だが、どうすれば良いであろうか? エクタナの柔らかさを堪能しながら考える。


「ん……ぁ………んあっ………あなた………」


 エクタナが腕の中で身悶える。ぷるっとした赤い唇からは熱い吐息が漏れる。その妖艶さに、我の息子は完全復活! エクタナへと覆いかぶさる。

 そうか。女を宛てがうのが良い! レンとて男。ユーグリンデが良さそうであるな。あのキリッとした女騎士が、夜のベッドで悦に溺れ甘い声をあげると思うと気分が高ま


「あ・な・た? どうして他の女のことを考えているのですか?」

「ひぃぃっ!!  エエクタっ、ゆ許せぇ〜」


 女は同時に怖いものである。妻は特にっ!!

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