第8話 鬼

 ルーザが膝をついたのを見て、俺も残心を解く。ふぅと息を大きく吐くと、先ほどまで身体の中で暴れていた力がなりを潜めた。途端に強い倦怠感に襲われるも、達成感と興奮でそんなもの気にしなかった。


 これでケジメをつけられたかは分からない。けど、これで前へ前へ進めることは出来る。もう元の世界での情けない自分に戻ることはないと確信出来る。それで十分だ。

 と、勝利を噛みしめていると、今まで目を丸くして俺達を見ていたガリオスがこちらへ歩み寄ってきた。


「レン、ルーザ。素晴らしい戦いであったぞ。」


 俺とルーザの顔を見てそう賞賛を述べるガリオスは微笑んでいた。そう言われて素直に嬉しかった。しかし、それよりも気になることが。ルーザがガリオスの言葉に反応することなく、ぶつぶつ言っている。


 まぁ、ショックだよな。自信満々で勝負したら負けたんだ。その威力は計り知れないだろう。俺だったら二、三日寝込む。


 俺は声をかけない。負けた相手から励まされたなんて、屈辱すぎる。単にムカつくし。だから、ここは優しい魔王様に任せる。端からそのつもりだから、俺じゃなくてルーザの前に行ったのだろう。


「ルーザ」

「……………」


 そう声をかけるガリオスは先ほどのように微笑んでおらず、顔を険しくしていた。


 ガリオスの声にルーザはゆっくりと顔を上げた。その顔はまるで、この世の終わりみたいになっていた。若干老けたようにも見える。そんなルーザにガリオスはゆっくりと告げた。


「そなたには迷宮選別の候補を辞してもらう」

「っ!? それは………」


 まさかの追い打ちだった。いや確かに、負けたんだからそういう判断なのは当然なのかもしれないけど、もう少し言い方とかあるだろ。ルーザが今にも燃え尽きて消えそうな顔になってる。


「ルーザよ。そなたは何か勘違いをしておる。」


 ルーザがなにを言われているのかわかっていないという顔をしている。かくいう俺もわからなくて首を傾げる。


「強者という立場に憧れるのは、誰だって自然なことである。しかし、誰だって最初は弱者なのだ。」

「!?」


 ガリオスは微笑みながら続ける。


「我もレンも、時間をかけ必死に努力してここまで強くなったのだ。そなたなら分かるのではないか? 先ほどのレンの動き、剣の腕。どれも一朝一夕で出来るものではないということを」

「……………」

「だから我はそなたに時間を与える。迷宮選別に参加すれば、その時間も取れんだろう」


 そこでようやくガリオスの意図がわかった。ガリオスはルーザの成長を促すためだったんだ。口ぶりから、四天王というのは忙しいのだろう。時間を作ってルーザが強くなれるように。


「もちろん、強くなれるかどうかはお主次第である。我はお主なら強くなれると信じておる」


 いわばこれは、強くなるための道導なのだ。さすが魔王ガリオス、優しい。初めて会った時の残念さが嘘のようだ。


 その言葉を聞いたルーザは涙を流していた。


「……はい。必ずや。このルーザ。陛下のご期待に応えてみせましょう。」


 そう言ってルーザは深々と頭を下げた。その顔は先ほどとは違い、確かなる意思が宿っていた。


 とにかく、これで一件落着かな。俺も一応謝っておこう。好き放題言ってしまったし。


 そう思ってルーザの隣に歩み寄った。ルーザもこちらに気づいて顔を上げる。その目は初めて会った時のような不快な目ではなくなっていた。その目は、申し訳なさと決意の色が宿っているように思えた。


「ルーザ。すまな」

「陛下失礼します! ルーザがここに向かったと聞きましたが………」


 俺の謝罪に慌てた声が割り込んで来た。全員が声のした部屋の扉の方を見る。そこに立っていたのはルーザとはまた違う鎧姿のめっちゃ美人な騎士だった。


 橙色の髪はショートボブで、瞳の色が琥珀色なのがとても優しそうな雰囲気を醸し出している。すらっとした体型と女性にしては高身長なのが相まって『優しい姉』という印象を抱かせる。

 褐色の肌と長い耳、美人と言って過言ではない容姿から、彼女も定番のダークエルフだろう。


「ユ、ユーグリンデ!? なな何故ここにっ!?」


 ルーザがユーグリンデと呼ばれたダークエルフの彼女を見てギョッとした顔になった。まるで0点のテストが見つかった未来ロボットが親友の眼鏡君みたいにめちゃくちゃ慌ててる。なんで?


 しかし、その疑問は俺の彼女の第一印象とともにものの数秒で覆った。


 ユーグリンデがルーザを視界に捉えた。その美人な顔が一瞬にして鬼の形相となった。


「何をしているのですかっ!!! この馬鹿者っ!」

「待--アベシッ!」


 そう言ってユーグリンデは橙色の光を纏った。かと思えば一瞬でルーザの顔面に拳を埋め込んでいた。

 近くにいたから俺にはわかった。メキョメキョって鳴ってはいけない音がルーザの顔面から聞こえたことを。ルーザの白い歯が放物線を描いて飛んで行ったとこを。


 怖すぎ! 完全に鬼だよ鬼! 誰だよ最初に『優しい姉』って思った奴は!…………俺だわ。


 ルーザはそのまま吹き飛んで部屋の壁に激突。ドゴォォと轟音が響いて土煙が立つ。


 土煙がなくなった先にいたのは、白目をむいて壁に埋もれたルーザが。なんかピクピクしてる。死んではなさそう。


「お、おいガリオス。止めた方がいいんじゃないか?このままじゃ強くなる前に心が折れるぞ。物理的に」

「う、うむ。そうだな。ユーグリンデ、もう」

「止めないでください陛下。この先走り馬鹿はここで調教します」

「はいっ。止めないである!!」


 ガリオスは美人な女騎士の鋭い睨みに両手をあげあっさり降参した。さっきは見直したのに…………やはり残念な魔王だった。


 とりあえず、隣の鬼………じゃなかった。ユーグリンデさんを止めなくては。そう思って隣に目を向けるとそこには、誰もいなかった。代わりに壁際に立っているエクタナが、俺とガリオスを手招きしていた。


 そしてルーザがめり込んだ壁の方を見ると、既にユーグリンデさんがルーザの首元を掴んで揺さぶっていた。


 それを見て悟ってしまった。あいつの命は風前の灯火なのだと………。


 俺とガリオスはお互いうなずき合い、静かにエクタナのところに向かった。………背後から響く怒声と轟音は聞こえない。聞こえないったら聞こえない! 俺は難聴系主人公、難聴系主人公。


 


 すまん、ルーザ。そして、来世では真っ当な人生を歩めるように祈っとくよ。

 

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