第7話 ケジメ②

 突然身体を襲った感覚に思わず戸惑う。なんだ?何が起こっている? と疑問に思っていると怒号が響いた。


「き、貴様っ! 何をしたっ!!!」

「? 別に何もしてないが」

「しらばっくれるな!」


 対峙していたルーザが怯えているような顔で吠えている。構えている短剣が小刻みに震えている。その様子はあまりに不自然で言葉の意味から考えると、ルーザは俺が何かしたと思っているらしい。

 実際には俺には心当たりなんてないし、強いていうならさっきのチートを望んだだけだが、なんの根拠もないので答えられない。


「何言ってるか分からないが、手加減しないからなっ!!」


 剣を後方へ構え直し疾走。ルーザとの距離を一息で詰めていた。なんでいきなり速くなってる!? あまりの速さに自分で驚いてしまう。

 剣がルーザの薄緑の盾に吸い込まれていき、一瞬拮抗した


「!? 馬鹿なっ!!」


 が、風船の割れたような音が響き、俺の剣はルーザの風の盾を斬り破った。そのままルーザを斬りつけようとするが、ルーザは短剣でなんとか受け止めた。

 それも数秒に満たない時間であった。短剣を受け止めたはずのルーザの身体ごと、俺は薙ぎ払い吹き飛ばした。ルーザの身体が地面を転がる。


 俺は追撃をせず、いきなり起こった自身の強化に、思わず左手を握ったり開いたりしていた。身体から湧き出る力は止まることを知らず、少し意識を逸らすと身体中を蹂躙し暴れだしそう。まるで檻に囚われた獣が暴れているみたいだった。

 肉体の変化に戸惑っていると、ルーザがゆらゆらと立ち上がり、血走った目で俺を睨みつけ口を開いた。


「なぜだっ! 『勇者』と同じ異世界人の貴様を殺し、迷宮選別を通過し俺を見下す四天王に俺の強さを証明させるはずだったのに。なぜ貴様の方が俺より強いのだっ! 弱者である貴様がっ!!!!」


 その言葉は恨みをまとった呪詛のようだった。それを聞いたガリオスは悲しそうに眉を下げ、エクタナは冷たい目を向けていた。


 俺は四天王という言葉が気になったが、それよりもルーザのその感情に共感してしまった。


 その感情は嫉妬。俺が天川に対して抱いていた感情だった。自分には待っていないものを持っている相手。自分にはない強さを持つ相手。違いはあれど俺とこいつが持つ感情は同じものだ。

 俺はその感情を否定できない。否定してしまえば、俺も抱いているものを否定することになるから。


 俺は剣を構え、ルーザに誰にも話したことがない俺の胸中を語りだす。


「………その感情を俺はよく知っている。俺は向こうでずっと感じていた。朝から晩までずっと、一日中。それが毎日続いていた。だから、俺はお前の辛さがよく分かる。誰かの下になることの辛さを。だから、いつかそいつの上に立ちたいと思ってしまう。」


 こんな言葉に意味なんてないのかもしれない。自分より上に立つ人間に言われても、ただイライラするだけだし、実際こんなことを言っている自分にイライラする。

 でも、ある意味似た者同志かもしれないこいつだからこそ、言わなきゃいけないと思った。


「だからと言って、弱者をいじめて自分の強さを示すようなことは間違ってる。それこそ、それは弱者がすることだ。俺はそんな奴になりたくない! お前もそうじゃないのか? そんな惨めな自分に甘えるのか? 俺は嫌だ! だから、俺は強くなる! そう決めたんだっ!」


 この戦いで俺は情けない自分にケジメをつけると言った。俺は目の前のルーザに、元の世界の俺を重ねていたのだ。だから、この戦いに勝つことで、ケジメとしたんだ。

 ルーザはぎりっと歯を鳴らした。短剣を構えて俺に向かって喚く。


「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ、黙れっ!!!!!」


 するとルーザが赤色の薄い光を、体に纏い始めた。先ほどとは比べものにならない速さと力で俺に斬りかかってきた。


 いきなりの速さに躱せず、短剣を受け止める。瞬間、とてつもない衝撃が両腕を襲い必死に耐える。

 明らかにルーザの身体が強化されている


 ルーザは短剣で徐々に押しながら、俺に怒りをぶつける。


「貴様に俺の何がわかるっ! 四天王最強の息子と勝手に期待される日々の重圧をっ! 自分よりも剣も魔法も優秀な姉と比べられ、劣等感に苛まれる日々の苦痛をっ!! どれだけ鍛錬を重ねても、どれだけ姉に挑んでも、負け続けることがいかに惨めかをっ!!! やっと強くなれる近道を見つけたんだ。それを俺より弱い貴様に邪魔されてなるものかぁっ!!」


 ルーザがさらに力を込めて俺の剣を押し込んでくる。ルーザが俺を見る血走った目は、怒りというものではなかった。その目は俺を映っておらず、何かに負けてしまうことを怖がっているように思えた。


 だけど、俺だって負けられない。勝たなければ、俺はまた繰り返す。また情けない自分に戻ってしまう。もう、戻りたくないっ!!


 俺は力の限りでルーザの剣を押し返す。苦悶の声をあげルーザが吹き飛ぶ。


「確かに俺はお前のことを共感は出来ても理解することはできない。俺はもう決めたんだ。あの頃には戻らないって。だから、それを俺自身の心に刻み込むために。ケジメをつけるために、俺はお前を倒す!」

「っ--黙れぇぇっ!」



 ルーザが短剣を腰に構えてかけてくる。その顔は恐怖で歪んでいて、最初俺を見下していた人物と別人のようだ。

 重心を落とし剣を後方へ構え集中する。この一撃で終わらせる!


「死ねぇ!」


 極限まで集中し、一撃を繰り出す。


 俺とルーザが交差し、お互い背を向けたまま残心する。先に動いたのは、ルーザだった。膝をついて息を荒げている。短剣が折れて床に転がっていた。

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