第5話 挑発

 両親はすでに死んでどこにもいない。世界の不条理に怒りを抱いた。


 幼馴染にはフラれた。俺を選ばなかったこと渚を憎んだ。


 幼馴染は天川に奪われた。何でも出来る、何でも手に入る主人公天川を妬んだ。

 

 そして、そんな黒い感情を抱いた俺を許せなかった。大切だった存在が理不尽に奪われた、主人公になれなかった俺に、居場所なんてどこにもなくて消えてしまいたかった。一人寂しい家に帰りたくなかった。

 

 この異世界召喚は、魔王軍側の救いでありながら、元の世界で居場所がなくなり、生きるのが辛くなった俺の救いでもあったのだ。

 だが、実際に俺は異世界に召喚された。主人公天川がいない世界。魔族にはの助けが必要だった。それで俺が呼ばれた。なら、この異世界でなら、俺は


 


 なってやろうじゃないか。この世界で俺がに。


 言葉で表すほど、簡単じゃないことぐらい分かっている。まだまだ情報不足ではあるが、召喚された『勇者』というのはとてつもない強さかもしれないし。俺と同じように召喚されたのなら、もしかしたら日本人であるかもしれないのだ。


 最悪、死ぬ。そうじゃなくても、今までの生活なんて比じゃないくらい辛いことになるだろう。


 それでも、元の世界で一人家で寂しく泣いている、情けない自分に戻りたくなかった。だから、俺は答える。


「分かった。出来る限り協力はする」

「!! ほ、本当であるか?」

「嘘つく理由がないだろ。それに、元の世界に帰っても、俺の居場所なんてないから、別に困らないさ」


 そんなことはどうでもよくて、と俺はガリオスの言葉を軽く流し尋ねる。


「それで、何で俺が魔王にならなきゃいけないんだ?」

「正確には、魔王の力を得る、ということです」


 やっぱり答えるのはエクタナだった。ガリオスは何か「我、魔王なのに………」なんて言ってるが、今も正座して、しかも何だか少し嬉しそうにしてる奴を魔王なんて誰も思わないだろ。

 話が逸れた。


 エクタナ曰く、召喚装置で呼び出した者には、この世界の普通の人間よりも何十倍もの強さを与えられて召喚されるらしい。よく言う召喚者補正だ。

 しかし、いくら何十倍の強さを持っていても、召喚された瞬間から強くなっている訳ではない。召喚された『勇者』が中央大陸に攻め入るのに一年かかったのだ。当然、俺も一年かけて訓練しなければというのが理屈だ。

 だが、その間『勇者』が待ってくれる道理はない。今は魔王軍の尽力により『勇者』に大打撃を与え時間を稼いではいるが、それもいつまで持つか分からない。出来る限り早く、俺を『勇者』と同等に戦えるまで強くならなければならない。


 そこで思いついた策が、魔王継承。厳密に言うと、ガリオスだけが持つ魔王の力の源。『魔王因子』を受け継がせることで、短時間で強さを手に入れさせると言うもの。当然だが簡単に行く訳なく、『魔王因子』を受け入れられるだけの強さを持っていないと、身に余る力が制御出来ずに死ぬらしい。


「そこで受け入れられるかどうかを見極めるために行うのが、迷宮選別です」


 異世界モノ定番の迷宮と言うのが、ここ魔王領にあるらしい。そこを攻略できた者は『魔王因子』を受け入れられる強さを持っていると判断されるらしい。


「それに参加すればいいんだな?」

「はい。ですが、さすがに異世界人だけと言う訳にはいかず、他にも参加者が多くいます。さすがに貴重な戦力を失う訳にはいきませんから、ある程度篩には掛けますが」

「その間、俺は特訓とかしてもいいだろ?」

「はい。さすがに右も左も分からないまま迷宮に送り出す訳には行きませんから。こちらから教育係を選びます」

「ああ、助かる。出来れば剣も用意してほしんだが---」


 と、すでにガリオスはいない者としてエクタナと打ち合わせをしていると、部屋の奥からゴゴゴッと音が響き始めた。エクタナが腕を振り、光の球がいくつも出現。部屋の暗闇を照らす。目前で初めて見にした魔法に少し心が躍ったのは鹿型ない。俺だって男だ。そう言うのにワクワクしてしまう。


 視界が確保されて見えたのは、巨大な扉が音を響かせて開いていた。そこに立っていたのは鎧を着た男。褐色の肌で長い耳をしていた。

 

「レンよ、この者はルーザ。種族はダークエルフ。暗黒騎士団に所属しているのだ」

「お、おう。そうか」


 ガリオスの紹介に俺は歯切れの悪い返事をするしかなかった。なぜなら、俺を見る目には明らかな敵意がこもっており、美麗な顔を少し歪ませているからだ。 

 異世界定番種族であるダークエルフの男は、正座しているガリオスを見ると呆れのこもった視線を見せる。何とも分かりやすい奴だ。と言うか、部下に呆れられる魔王って大丈夫か?男はガリオスの前に膝ついた。


「ルーザ。怪我は良いのか? それにどうしてここに?」

「陛下。無礼を承知で申し上げます。異世界人に頼らずとも、我らはまだ戦えます!」


 ああ。こいつが話に出ていた反対派か。それなら最初の俺への敵意も納得だ。ルーザという男が続ける。


「陛下の目には、私が弱く映っていることでしょう。しかし!いくら私でも、このようなチビに遅れはとりません!」


 おいチビ言うな。これでも百八十はあるわ。目算だがお前もそんな変わんねーだろ。


「こんな無力な人族に頼らずとも、次は必ず『勇者』ども相手に勝利を---」

「ちょっといいか。一度は負けてる騎士さんよ」


 言葉を遮られたルーザがイラつきを隠そうともせず吠える。


「何だ。今は陛下と---」

「そのの決定にお前は現在進行形で逆らってる訳だが。まさか『勇者』に負けてるお前ごときが口添えする権利があるのか?俺の世界では上の人間の決定には、とんでもない落とし穴がない限り従うぞ?それともお前は上司の言うことも聞けない無能なのか?」

「な、なっ!?だ、誰が無能だっ!!!貴様の方が俺よりも無能---」

「それだよ。俺がいつ無能だと名乗った?何故俺が無力だと決めつける?相手の実力もしっかり把握せず、自らが強いと驕る方が、俺は無力だと思うのだが?」


 俺の言葉に、顔を真っ赤にし口をパクパクさせている。前世は魚だったのかな?


 こう言うタイプはよく道場に入りたての新人に多い。自分が少し喧嘩強いってだけの勘違い野郎を、師範は叩いて直していた。その方が最も効率的で効果的らしい。


 それに、無力だの無能だの一方的に言われることが、許せなかった。その言葉は天川に言われて、否定できなかったから。その通りだと諦めて受け入れたから。


 だから、元の世界で否定できなかった自分と。元の世界で諦めて受け入れた自分と---情けない自分にケジメをつけるために。


「なぁガリオス。ちょっと力比べしてもいいか?この世界でどれくらい召喚補正されているか知りたい」


 その言葉は理由の後付け。俺はただ、ケジメのためにルーザに挑む。

 

 当然相手は普通の人間ではない。異世界で生まれ育った人間だ。下手すれば死ぬかもしれない。

 だが、そんなの止まる理由にならない。ここで怖じ気づいたら、俺はこの世界でも前には進めなくなってしまう。


「いいでしょう。レンも迷宮選別参加者の実力の参考になりますし。ルーザ、もちろん構わないでしょう?貴方も騎士なのだから」

「……………分かりました」



こうして、異世界での初戦を行うことになった。

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