第4話 召喚理由

 現れた女性は、言葉を失うほど美しかった。 

 燃えるような真っ赤な髪と瞳とは対照的な白い肌。歩くたびに少し見えるすらっとした足。浮かべている微笑みは美しいの一言で、まさに人間離れした美貌を持った女性だった。

 それに…………でかい。何がとは言わないが、直視できないほどにでかい。思わず目が泳ぎながらも口を開く。


「あんたは?」

「エクタナと言います。種族は魔族。この人の妻です」


 最後の言葉に俺は耳を疑った。この魔王、結婚してたの!?


「む。何をそんなに驚く。我は魔王ぞ!妻の一人や二人」

「二人、いるんですか? あなた?」

「そそそそんなことないぞエクタナ!! ななな何を言っておるのだ〜ハハハ」


 極寒の笑みを浮かべるエクタナさん。背中に吹雪が見えるのは気のせいだろうか?ガリオスが引きつった笑みで答える。尻に敷かれているんだな〜。

 こちとら失恋中だってのに、こんな美女と結ばれることは正直羨ましい。俺への当てつけかこら。


「とりあえず、説明してくんね? 急に家から訳分からん場所に飛ばされたんだ。す少し混乱してる」

「あ、はい。失礼しました。私から説明させてもらいます。あなた? いつ正座を解いていいと言いましたか?」

「エ、エクタナ。さすがに足が痺れてきたのだが?」

「まず、お名前をお聞きしても?」

「む、無視はやめて」

「黒鉄蓮だ。蓮とでも呼んでくれ」

「お、お主もか!?」

「あなた。少し黙ってください」

「…………………はい」


 異世界の魔王といえど奥さんには敵わないのは世界共通だと、初めて知った。



◇◇◇



 エクタナからの長い説明は信じがたい内容だったのだ。いや、異世界に召喚されたってのも信じがたいんだけど。


 この異世界は『オメゴス』と呼ばれていて、数十年前突如として魔物という危険生物が急増して、人族の国を襲うようになったのだと。

 今も足の痺れに身悶えている魔王を含め、中央大陸に住んでいる魔族は全くの無実なのだが、人族の知識では、魔族というのは魔物の進化した個体という間違った認識をしているらしく、その魔物の急増の原因と魔族というのを結びつけたらしい。

 

 そういったことで、以来人族とここ中央大陸ルーヴェの間で戦争している。中央大陸は山々に囲まれた地形な上、山を越えれば魔力が豊富なため魔物が一気に凶悪さを増すので、人族の軍であっても易々と侵攻できないとのこと。


 なら別に大丈夫なんじゃね? と思ったが、一年前に状況が一変したらしい。


 この世界には神というのが存在しているらしく、そのうちの光の神が魔王討伐のため、異世界から五人の『勇者』なる者を召喚したらしい。魔王が俺を召喚したように。そして、それが人族との戦争を激化させることになった。


 光の神が魔王討伐に動いたということは、光の神が魔王と魔族が悪だと公言したも同然。人族の国のほとんどが光の神を信仰しているため、人族は勘違いを確信に変え、光の神に召喚された『勇者』を希望とし、全面的に支援した。


 そして、ついに召喚された『勇者』が中央大陸まで攻め入った。当然、魔王側は自国を踏み荒らされて黙っているわけには行かないので魔王軍なるものを動かした。

 その結果…………なんとか山の向こう側へ押し返せたものの、魔王軍は壊滅。現状、『勇者』に対抗できる存在は魔王領にはいない。ガリオスは魔王だが、同時に闇の神らしく、神が死ぬのは流石に駄目だろうことは容易に想像できる。 

 つまり、次攻め入られたら確実に魔王領を蹂躙され、この魔王城まで攻め入られるとのこと。


 そこで、魔王も光の神がしたように、異世界から『勇者』と同等の力を持つ存在を召喚した。最初は反対の意見も出たらしいが、召喚装置にある条件を組み込むことで納得させたらしい。その条件が『魔族に対して偏見や忌避感、嫌悪感を持たない』『魔王に相応しい』。

 この二つで召喚を行ったところ、俺が召喚されたらしい。



 うん。色々突っ込みたい。まず、そのネットで該当人物検索する見たいに召喚しないでくれる? しかも時その条件よ。百歩譲って二つ目は納得しよう。ガリオスの見た目は明らかに人ではないのはもうわかるし、お世辞にもまともとは言えない。正直言って醜い。

 でも、そんなことで嫌悪感を持ったりしないし、むしろ異世界なんだな〜と納得させられる。


 だが。………『魔王に相応しい』って何?俺、ただの高校生ですよ?確かに自分磨きのために渚の祖父さんが師範をしている剣術道場に通っていたが、それ以外は特に…………あれか? 失恋しててちょっと人生に絶望してたことか?そんなので選ばれたとしたら、俺は今すぐその召喚装置を殴るね。たとえそれに意思がなくても殴る。


 けど、そういうのはまず置いておいて、今俺が最も確認しなければならないことがある。


「なぁ。元の世界に帰ることは出来るのか?」


 返答次第で俺の行動は決まる。と言っても、ある程度答えは予想している。


「……………召喚装置はあくまで『召喚』を行うためのものです。『帰還』を行うことは出来ません」


 エクタナが申し訳なさそうに伝える。冷静に見れば、光の神も魔王も、何の関係もない人間を巻き込んでいるだけなのだ。罪の意識はあるらしい。


 俺は告げられた言葉に反応せず、頭を働かせる。


 普通なら帰ることが出来ないと知って怒りを抱いたり、絶望したりするのだろう。


 しかし、俺が抱いた感情は……………安堵だった。

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