第3話 魔王らしくない魔王
俺は何度も目をこすり、たまに頰をつねったり。しかし、目前に広がる光景は一切変わらず、頰に残る痛みだけがひんやりした空気に癒されるだけだった。
視線を下に向けると、石畳の床には円形の図形が俺を中心に掘られていてわずかに明滅している。まるで、アニメなどで見る魔法陣のように…………というか、まんま魔法陣なんだけど。
もう一度、部屋を見渡す。照明なんてものはなく、今は足元の魔法陣のわずかな光だけが部屋を照らしている。そこからわかるのは、部屋がとても広いことと、この魔法陣らしきものは床いっぱいに掘られていることだ。
と、部屋の先の暗闇から魔法陣の光を何かが踏みつけた。それはまっすぐ俺の方を向いていてもう一つ何かが出てきたことで、それは足だと分かった。
それが一歩踏み出すことで、徐々にその姿が露わになる。
灰色の足から丸太のように太い太腿。柔道の道着のようなものを羽織っている巨躯は、灰色の腹筋が綺麗に割れている。これまた丸太のように太い腕には血管が浮き出ていている。
そして、そいつの顔は端的に言って人ではなかった。一言で言うならまさに化け物。豚のような鼻に上を向いた巨大な牙からは猪を彷彿とさせるが、灰色の瞳をしておりその瞳孔は縦に割れていた。灰色の髪からは山羊のような大きな角が生えていた。
目前まで近づいて来たそいつはあまりに大きく、灰色の壁かと見間違うほどで、恐怖を沸き立たせるような圧を感じた。
床にへたり込んだ俺をそいつは冷たい灰色の瞳で見下ろしている………………あ、これ死んだわ。
普通なら恐怖でどうにかなりそうな状況のはずなのに、俺の心は酷く冷めていて、もうすぐ死ぬのか〜なんて他人事のように考えていた。
多分、俺はもう生きることに疲れたんだろう。両親は死んで、初恋の幼馴染にはフラれ、疎遠状態。さらには、ぽっと出の最低クズ野郎に取られる始末。今頃、あいつとイチャイチャやってんだろうな〜……………また、ドス黒い感情が湧き出てくる。
激しい憎悪と怒り。どうしてあいつの方が俺より優れている?どうして渚は俺よりあいつを選んだ? どうして俺が追い出されなきゃならない?
思い返せば思い返すだけ、ドス黒い感情に脳内が支配されていく。
……………ん? 結構時間経ってるんだけど。焦らしプレイ? 俺にそんな性癖なんてないんだけど。
冷静になった頭でとりあえず化け物の様子を確認しようと顔を上げた。相変わらず人ではない顔なのだが、なんとなく瞳が揺れているのは気のせいか?
化け物が一歩二歩と下がる。そしてその巨体からは想像できない素早さで、床に両膝をつき頭を下げた。いわゆる土下座の姿勢……………え?
「頼む新たな魔王よ! なんでもするから、我らを救ってくださいぃぃ!!!!!」
「……………は?」
広い石造りの部屋に、野太い声が響く。その後に続く俺の声は実に間の抜けた声だった。
よし。一度冷静になろう。さっきの短い言葉から推察するんだ。
こいつは俺を新たな魔王といった。俺はこの化け物に異世界から召喚され、救いを求められている。
「………………………は?」
「ひぃっ! お、お許しを〜〜……なんでもしますから……」
うん。分からない。だって、俺より明らかに目の前の化け物の方が強いだろ。俺を呼ぶ意味がわからない。てか、なんで悲鳴あげてるの?すげぇ震えているし。
駄目だ。なんも理解できない。やっぱり当事者に説明責任を果たさせよう。
「なぁ」
「はいぃぃ。お許しをぉぉぉ!!!」
「いや、許すも何も」
「なんでもしますからぁぁぁぁ!!」
「ああ! 面倒くさいっ!!!少し黙れっ!!」
「はいっ! 黙ります!!」
灰色の化け物は額を石畳の床に擦り付け土下座の姿勢を保っている。さっきまで発していた圧は微塵も感じなかった。立ち上がり化け物を見下ろし質問する。
「まず、お前の名前は?」
「はい! 中央大陸ルーヴェを魔王領として持ち、魔族を統べる魔王。ガリオス・ルーヴェであります!」
とりあえず、ここは異世界で確定した。中央大陸ルーヴェなんて聞いたことないし。魔族なんてファンタジーの話だし。
しかしだ。こいつは今、魔王って言ったか?え?この、目の前で生まれたての子鹿みたいにプルプル震えているこいつが?
なんか、この国の奴らはこんな国王を持って大丈夫なのか?
「それで、なんで魔王のあんたが一介の高校生である俺を呼んだ?」
「はい!貴方様に新たなる魔王になってもらうためです!!」
「………いや、なんでそうなる」
「ですから。貴方様に新たなる魔王に」
「それはもう聞いたわボケッ!!」
「ひぃぃっ!! すみませんでしたぁぁぁ!!!」
ガリオスと名乗った魔王は額をさらに床に押し付ける。石畳の床に罅が入る。どんだけ力強いんだこいつ。
しかし、どうやらこいつ、魔王と名乗っている割にとても馬鹿なようだ。これだと状況確認ができないんだが、誰か他に説明できる奴いないのか?
と思っていたら、暗闇からつかつかと近寄ってくる足音が。
「申し訳ありません。私の方から説明させていただきます」
そうして暗闇から現れたのは、息をのむほどの美女だった。
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