第2話 眩しい光
眩しい光――
ぼくの原風景はまさにここから始まった。
あの日、ぼくは大破したおもちゃを手に空を眺めていた。太陽の日差しがぽかぽかと降り注ぎ、ぼくは目を細めた。不意に、空を遮るように黒い影がぬっと現れた。彪柄の服を着たおばちゃんが、笑顔を浮かべながらぼくを覗き込んだ。
『あれまぁ、トモちゃんじゃないの。道の真ん中でなにしているの?』
おばちゃんはマンションを見上げて「おくさーん」と呼びかける。
ぼくもつられて一緒になって見上げた。
青空に向かって聳え建つマンションのベランダから、母親が顔を出した。ぼくと目があった瞬間、母さんは金切り声をあげた。
幼稚園の外遊びの時間に、園庭にあるジャングルジムのてっぺんから足を滑らせ、真っ逆さまに落ちた時のことだった。ぼくはてっきり地面に落ちて、凄まじい衝撃をうけると思って覚悟したのだが、次の瞬間、どういうわけか教室に転がっていた。
ぼくを探し回ったエミ先生が髪を振り乱しながら教室に飛び込んできた。
「トモヤくんここにいたの? てっきりジャングルジムから落ちたと……大丈夫? どこか痛いところはない?」
そう言って、エミ先生はぼくを強く抱きしめながら、おいおいと泣いた。若くて綺麗な先生に、ぼくの小さな胸はときめいた。当然のことながら、ぼくの初恋の相手はエミ先生だ。
小学校一年生のころ。ぼくは、将来はプロのサッカー選手になりたいと思った。ある日の放課後。僕は友達とブラジルの選手の真似をして、サッカーボールを蹴りあって遊んでいた。友達の強烈なスルーパスを受けそこない、勢い余ったボールは小石にぶつかり方向転換。公園から転げ出てしまった。ころころところがるボール。サッカーボールは側溝に吸い込まれるように落ちていった。追いかけたぼくは地面に這いつくばって、手を伸ばした。そこへ、たまたまバックしてきたトラックに危うく轢かれかけたのだった。
大きなタイヤに下敷きにされそうになる寸前で、またもやフラッシュをたいたような強烈な光に包まれた。ぼくが
そして、今思い返すだけでも生きているのが不思議だ。それと同時に押し入れに隠れた自分が女々しく、不甲斐ないような恥ずかしいような、なんともいえない気分に襲われてしまうのだった。
小学校五年生の時は自転車ごと消えた。 誕生日に買ってもらったその自転車は、少年たちの憧れるレーシングタイプ。黒いフレームがかっこいい、LEDライトが光る最新モデルだった。買ってもらった嬉しさから、ぼくはつい調子にのってかっとばした。道路の縁石に乗り上げ、自転車ごとふっ飛んだ。落ちた先は、十キロ離れた田んぼの中。軽トラックに乗ったおじさんがたまたま通りかかり、泥だらけになったぼくを助け出してくれた。
おじさんは、ご親切にもぼくを家まで送り届けてくれたのだ。残念ながらぼくの愛車は未だ行方知れず。どなたか、ぼくの自転車を見かけたら教えてほしいと切に願っている。
というわけで、ぼくは年に何度か
先月のことだ。中学三年生になったぼくが久しぶりにテレポートした先は、スクランブル交差点のど真ん中だった。四方から押し寄せる人波に圧され、事態を把握するのに少々手間取った。辺りを見回し、高いビルに目まいを覚える。手がかりの”109”の文字に目を留めた。
そうか、ここはあの有名な渋谷? テレビでお馴染みの渋谷交差点だということが判ったのは、無情にも信号機が青から赤へ変わった瞬間だった。自動車がクラクションを鳴らしながらぼくに迫ってきた。
”ピ!ピ!ピー!”
ライトサーベルのごとく誘導灯を振りかざし、ホイッスルを吹き鳴らしながら駆け込んできたのは警察官だった。きびきびとした手信号で車をストップさせる。もう一人、別の警察官がぼくを歩道まで誘導した。
”あれが有名なハチ公か?”
”もしや、あそこは警視庁24時に出てくる渋谷交番”
ぼくはまっすぐその交番まで連れていかれた。
「きみの名前は? 年齢、住所と電話番号は? どこの生徒さんかな?」
ぼくは、いかつい警察官に囲まれ、まさかの職質を受けた。
「えーと、名前は西野トモヤ、神戸夢野学園三年三組。十六歳です。住所は、兵庫県 神戸市 甲町5-5-5 山田マンション 505号室、電話番号は078-xxxx-xxxx」
「神戸市? きみ神戸から来たの?」
住所を知った警察官は急に目つきが変わった。
「はい……」
「わざわざ遠路はるばる渋谷に来た理由は?」
「いや、そのう……」
真実はテレポートした先がたまたま渋谷だったんです。素直に言いたいところだったが、いかんせん、これほど嘘っぽく聞こえる話もないだろう。ぼくは真実を言うべきか迷った。
「きみは、どうやってここまできたのかね?」
「もしや、きみ、家出してきたのかな?」若い警官がぼくの横に座る。
「あの、家出と違います。実はーー」
日本の警察は優秀だ。嘘を言ってもすぐにバレてしまうだろう。観念したぼくは真実を口にした。
「実は、ついさっきの出来事なんですが、通学路の途中で比較的揺れの大きい地震に遭いまして、近くの空き家の電信柱が倒れかかったんです。それで、驚いて、よけた先がここ……つまりは……渋谷交差点だったわけですーー」
警官たちは、ぼくの話を完全に作り話だと思ったのだろう。話しているそばからお構いなしに、黒電話機をひっぱり、プッシュボタンを押しはじめた。
「もしもし、西野トモヤくんのお母さんですか? こちらは、東京の渋谷警察です。交番でお宅の息子さんを保護していましてーー。お母さん、こちらまで迎えに来てもらえますか……はい? 」母親のキンキン声が漏れ聞こえてきた。「ええ、本人はここにいます、ええもちろん代わります」
眉間に皺をよせ、五十代くらいの警官がいぶかしげな顔をしながら、ぼくに受話器を差し出した。
「もしもし、母さんーー」
『トモヤ、あんた、今、どこって?」
「母さん、だからお巡りさんが言った通り渋谷に来ている。ねえ母さん!本物のハチ公を見たんだ!あとでスマホで送るから」
『トモヤ、ほんまに渋谷にいるの?』
「うん」
母親は呻き声からのため息を吐きだした。『トモヤどうするの!そんな遠い場所。毎回、毎回、交通費もバカにならないの。いい加減にしなさい!』
いい加減にしたいのはぼくの方だ。ピンチが訪れるたびに、予想もつかないどこかに飛ばされてしまうのだから。
結局、横浜に住むおばさんに金を借りて、僕は新幹線に乗って帰ることになった。
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