第8話 超回復
「・・・うそ・・・・・」
翌日、困惑しながらも私は学校に行きました。結局金曜にテストを受けた後、ほとんど勉強らしいことをしていません。昨日はずっと・・・でしたし、点数なんて上がっているはずがありません。
しかし、結果はそんな私の悲観的想像を完全に打ち砕くものでした。前に感じたもやは、かなりきれいに取り去られ、知識がスムーズに出てきてくれる明らかな感覚がありました。解けると、はっきりと感じさせてくれるような心地の良い感覚が私を包んでいました。
点数もそれに伴って飛躍的に上昇していました。数学と英語はまだまだと言えますが、全ての教科が20点を超え、国語と日本史はすでに40点を超えるような進歩を遂げていました。
一体何があったんでしょうか。困惑する私に対して、楽斗さんは想定通りと言うように得意げな笑みを浮かべました。
「超回復さ」
「・・・それってなんですか?」
「これまでかなり無茶に知識を詰め込んできたせいで、脳がその情報を処理しきれてなかったんだ。新しい知識を取り入れても、深くに入って他の知識と組み合わさると処理に時間がかかる。なんせ、井川はそもそもの基盤がほとんどない状態でスタートしたからな。その基盤を作る作業が必要だったんだ」
「・・・よくわからないんですけど」
「ひたすら知識を避けて、一日中遊んでいたことで、逆に今までの知識を整理するだけの時間を作ることが出来た。ごちゃごちゃでどこの引出しにあるかわからない知識があるべき引き出しにしまわれた。昨日遊んだのはそういうことさ」
「・・・全部わかってたんですか?」
「明らかに無茶させてるのはわかってたし、お前が日々成長しているのもわかってた。だからこそ、お前の知識が発揮されない状況もちゃんと考えることが出来た。あまり悲観的になるようなもんじゃなかったさ」
私は涙が出るのを止めることは出来ませんでした。ちゃんと成長出来てたこと、まだあきらめなくてもいいこと、楽斗さんが私を信じてくれたこと、いろんな感情が一気に溢れてきて、もうどうしようもありませんでした。
楽斗さんは泣き続ける私にハンカチを握らせると、少し離れた席に座って外の景色を眺めていました。
こんな時は頭でもなでてくれないのでしょうか。少し冷たい彼の優しさも、この時はありがたいように感じました。そんなことをされたら私は満足して何か決意が揺らいでしまうかもしれません。
一向に止まる気配はなく、長い時間、涙が枯れるまで私は泣き続けました。
「・・・そんな泣くことがあるか」
「ごめんなさい・・・」
落ち着いてもしばらくは勉強どころではありませんでした。彼からもらったハンカチももう雨がふったように濡れ切っていました。あとでちゃんと洗って返さないといけませんね。しばらく外を歩いてようやく気持ちも落ち着き、私たちはようやく教室に戻りました。
「さてと、もう基盤が出来たなら、これからの知識の吸収力も上がるはずだ。まだ目標には届いてないが、これなら問題ない。最後まで、ついてきてくれるな?」
「・・・どうして私にそこまでしてくれるんですか?」
私の問いに楽斗さんは久しぶりに言葉が詰まったようでした。落ち着きのない様子で窓際まで行き、外を見ながら何か考えている様子でした。
私もここは引き下がりたくはありませんでした。だって、気になるに決まってるじゃないですか。私がプライベートをほとんど捨ててこうして猛勉強を続ける間、彼も同じように自分の時間を捨てていたのです。そんなことまでして一体彼に何があるというのでしょうか。
「・・・そうだな、お前が目標達成出来たら教えてやる。その方が、モチベーションも上がるだろう」
「・・・約束ですよ?」
「もちろんだ。嘘偽りなく答えてやろう」
楽斗さんとこんなに一緒にいられるのは、これが最後の一週間になると思います。またテストが近づいたら声をかけてきてくれるかもしれませんが、そんなのは都合のいい夢物語のようなものです。だって、こんなに頑張って赤点回避を目指す私より、彼の隣にいるにふさわしい人なんて、クラス内で数えたっていっぱいいます。
多分、彼がそんな約束をしなくても私のモチベーションは下がりようはないでしょう。この先何が起こっても、私はこの二週間のことは絶対に忘れられないから。
楽斗さんの言う通り、私の物覚えはかなり良くなっていました。基盤に結びつくことで理解がより早まると彼は言っていましたが、正直私にはそれを論理で理解はできません。ただこの感覚があるのを大事にしなくては。
理解が早まったおかげか、不思議と教科書を読んで眠くなることもなくなりました。ですが、それは黙っておくことにしました。そうしたら、彼は変わらず私のために本を読んでくれるから。これが終わったら、それはもうたくさんのお礼と謝罪が必要になりそうです。
格段に勉強速度も上がり、いつもよりもはるかに高い満足感を得て、この日は終わりました。昨日まで感じていた気の重さは、いつも間にか消えていました。あとはもう、テストを見据えるのみです。
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