第7話 デート(仮)
「・・・どういうことなんだろう」
土曜の朝九時、本来なら楽斗さんと学校で勉強をはじめている予定でした。ですが、今日は来なくていいとのこと。
その代わりに、私は家でその時を待っていました。半信半疑、としか言いようがない時が流れていました。なぜもう希望のない私にこんな提案をしてきたのだろうか。沈み込んでいる私にとって、それは何か悪いことの前兆にしか思えませんでした。
「莉彩、九条さんがお見えになったわよ」
「・・・わかった」
時間ぴったりに彼は家にやってきました。彼の到着にお母さんは満面の笑みでしたが、私はまったく笑えそうにありません。好きな人が家に来たのに、その現象は私にとっては恐怖でしかなかった。
それでも、私は下に降りました。なんにせよ、もう逆らう資格なんて私にはありません。逆に、こんな私でも何か罪滅ぼしでも出来るなら、それで本望です。
「おはよう、井川。じゃあ早速出発しようか」
「・・・どこにですか?」
「いいから行くぞ」
玄関で待っていた楽斗さんは、私に声をかけるとさっさと外に出ていってしまいました。私もあわてて彼のあとを追って外に出ました。
「あれ、お姉ちゃん出ていっちゃったの?」
「あら葵、莉彩ならお友達とデートに行ったわよ」
「そっか。うらやましいな~」
「お待ちしておりました。莉彩様」
「ルークさん・・・おはようございます」
どうやらどこかへ出かけるようです。外には既にルークさんが車を待機させていました。挨拶を済ませ、言われるがままに車に乗り込むと早速車を発進させました。
「あの、どこに行くんですか?」
「遊びに」
「・・・・・」
楽斗さんは素っ気なくそうとだけ答えました。それ以上は答える気はないらしく、ずっと本を読んでいました。気分が悪くならないのでしょうか。
なんだか嫌な予感というのもいよいよ確実になってきました。今すぐにでも別れたいけど出来るだけ気持ちよく関係を解消したいという彼の最後の優しさのようにしか思えませんでした。
「・・・着くまでには時間がある。それまでは寝てると言い。ルークの運転は睡眠にいいぞ」
「光栄なお言葉です」
それは褒めているのでしょうか。ですが、確かにルークさんの運転はとても丁寧で、ほとんど揺れがありません。
「疲れてるんだろう?そんな状態だと楽しめるものも楽しめない」
「・・・わかりました」
睡眠自体は言われた通りちゃんと取っていました。しかし、慣れない勉強をずっと続けていたせいか、精神的な部分の疲労は回復していないようです。母からも時折元気がないと言われてましたし、楽斗さんが気づくのも当然なのでしょうか。それが好意ではないだろうことはわかっていても、ちゃんとそこは見てくれていたことはうれしく思い、私は少し上機嫌で眠りに入ることが出来ました。
薄れゆく意識の中で楽斗さんとルークさんの声が聞こえてきたような気がしました。
「キング、場所は指定の場所で間違いないのですか?」
「・・・?何をいまさら」
「いえ、それなら問題ありません。私は基本的には車で待機しておりますので、お二人で良い休日をお過ごしください」
「・・・変な奴だな」
どうやらそれなりに長い時間眠っていたようです。楽斗さんに声をかけられて目が覚めた時、時間は10時頃になっていました。
「降りるぞ」
「えっと、はい」
ルークさんに手を取られて車から降りました。周りを見るとどうやら自然公園に来ているようです。一体どうしてこんなところに・・・
ルークさんを車で待たせると、私たちは早速その中に入っていきました。
「美琴に何か自然のある良い公園はないか聞いたらここを紹介されてな。確かにいいところだ」
「・・・ここって」
楽斗さんは初めて見たのであろうその景色と自然に満足そうに頷いていました。私もここに来たのは初めてです。しかし、かすかに残っていた記憶と、公園を歩く人通りを見て、私は確信しました。
確かここは・・・
「デートスポット・・・」
「ん、何か言ったか?」
「なんでもありません!」
思わず声に出てしまいましたが、必死にごまかして事なきを得ました。彼にそんな思いを求めるなんて、私にはできません。彼も深くは聞いてこようとはせず、ほっと胸をなでおろしたところで、彼はさらに驚きの行動にでるのでした。
「ほら」
「・・・え?」
「俺はこういうところに来ると気分が上がってつい歩みが速くなる。それで迷惑をかけるわけにはいかんだろう。こうしておけば安心だ」
「・・・」
私は少し頷いて彼の手を握りました。彼の手のぬくもりを感じると、私は静かに思いを固めました。その時が来るまでは、この時間を精いっぱい楽しもう。
完全にあきらめから来る開き直りから来た考えでした。しかし、結果的にこの小さな決意が私に良い影響をもたらしたのはこの時の私は知りませんでした。
ただ自然の中を歩くだけ、それだけでした。しかし彼と手をつないで歩くこの時間はなにより価値のある時間だったのも、また事実です。
「自然はいい、体だけじゃなくて心も癒してくれる。昔からこういう場所に来るのは好きだった」
「そうだったんですね・・・私は、あまりそういう場所は・・・」
「そうか、ならどこか見つけてみるといい。そういうものがあると、自分の世界を落ち着いて見れる」
「・・・そうですね。そうしてみます」
途中ベンチで休憩をはさみつつ、約一時間半くらいかけて公園をまわりました。最後の時間ならもう少しいたいな、と思っていたのですが、どうやらまだ行くところがあるとのこと。それならと私たちは一度車に戻りました。
「ただいま、次の場所に向かう」
「お待たせしてすみません」
「いえ、これが私の仕事ですので。それでは出発します」
どうしていたのかはわかりませんが、ルークさんはまったく暇そうなそぶりは見せませんでした。執・・・ルークってそういうものなのかな。
その後は食事を取った後、再び長距離の移動を開始したようです。休憩しながらとはいえ、長い時間歩いただけに再びいい疲労がたまっていたようで、その間、私は再び眠りに落ちました。
「ここは・・・」
「遊園地さ。あまりスリルのあるのは得意じゃなさそうだったから、美琴にそういうところの少ない良い所がないか聞いたら、丁度いいのがあると言われてな」
またデートスポット・・・目の前に広がる遊園地は楽斗さんの言う通りスリルのあるアトラクションが少なく、ゆったりとしたものが中心となっています。怖いのが無理で遊園地と縁が無いと言いう人のために設計されたようなのですが、それがカップル二人でゆっくりできるということでデートスポットして注目を集めたみたいです。
さっきも美琴さんに聞いたと言ってましたが、彼女も意地悪です。周りにはお昼時の時間もあってすでに多くの男女であふれていました。この中にいれば、私たちもそう見えるのかな・・・
「さて、どれから乗るか」
「・・・」
楽斗さんはまったくそんなことは気にしていないようで、珍しい目的をもって設計されたこの遊園地の中を興味深そうに見渡していました。
とりあえずこの遊園地の全体を見ようと、汽車に乗ることにしました。
約10分ほどで遊園地の内部をまわる設計らしく、汽車としての出来もかなり良いもの、らしいです。
「あの空中ブランコはスリルというものを完全に排除している。あんなに安全面に重きを置いたデザインは確かにそういうのが苦手な人間でも安心できそうなものだが、もはや空中ブランコしては楽しめないかもしれないな」
「・・・」
「・・・どうした?楽しくないのか?」
「いえ、なんでもありません」
「あまりぼうっとしてたら、楽しめるものも楽しめんぞ」
ほぼすべてのアトラクションの近くを通るルートのようで、楽斗さんは地図と現物を照らし合わせながらじっくりとその設計を観察していました。なんだかこうしてみるといつもの楽斗さんには見えません。こんなに純粋な喜びを出せたんだ。少しうれしい発見でした。
その後も汽車で得た発見をもとに色々な乗り物に乗りました。少しはスリルがいるだろうとゴーカートで暴走気味の運転を楽斗さんがした時は冷や汗をかいたものですが、その一つ一つをかみしめるように私は全力でそれを楽しみました。
「美琴が良く友達と行っているから、どんなものかと思っていたが、中々楽しいじゃないか」
「そうですね。・・・私も楽しかったです」
車に戻った時には、すっかり空は赤く染まっていました。随分と長い間楽しんでいたようです。
「さてと、あと一か所いかないといけない。悪いが少し急いでくれ」
「かしこまりました」
あと一か所・・・もう数時間もしないうちにこの時間は終わってしまう。でも、それは受け入れなければならない。こぼれそうにある涙を隠すように、私は眠りに落ちました。
「着いたぞ」
どうやらいつもより深く眠っていたようで、私は楽斗さんに揺り起こされて目が覚めました。
まだ少し涙がたまっていましたが、寝ていたからだと何とかごまかせました。
車から出ると、そこは小さな公園でした。別に遊園地や自然公園とは比べようもない、なんてことない公園です。普通の人にとっては・・・
「楽斗さん・・・どうしてここを?」
「妹さんから聞いた。井川のお気に入りの場所ってないのかって。かなり前だがここはそうじゃないかって教えてくれた」
「葵が・・・」
この公園は私の小学校から近い所にありました。中高は離れたためにそれは小学校で終わりましたが、当時、私はいじめられていました。その時から内向的で人付き合いがよくありませんでしたから、私のことをよく思っていない人は多くいました。特に、その小学校はコミュニケーションを重視して生徒の社交性を伸ばすのを目標にしていましたから、それはなおさらでした。
何か悲しいことが起きた時、私はこの公園に来ていました。妹やお母さんに迷惑はかけたくない。ここでなら、存分に泣くことが出来ました。家族に心配をかけて家に居づらくなるのが嫌だったので、そんな負の感情はすべてこの公園で消化していたのです。
そんなことを続けている内に、いつの間にかここは私のお気に入りの場所になってました。すべての嫌なことを受け止めて、洗い流してくれたこの場所を、私はとても好きになっていました。
家族には内緒にしていたつもりでしたが、葵が知っているということは、お母さんも知っているのでしょう。思えば私に遠くの学校に行こうと声をかけてくれたのもお母さんでした。
楽斗さんはそのことまで聞いたのでしょうか。しかし、彼の目はこの場所の興味にしか向いていないようで、そのことまでは聞いてはいないようです。
「立派・・・とは言えんが、いい公園だ。何か、言葉に出来ないが不思議な包容力を感じる」
「・・・はい、だから好きなんです。この場所」
小学校を卒業したと同時に私はこの公園には来なくなりました。ここに来るとどうしてもそのことを思い出してしまうから、過去を乗り越えて新しい場所で上手くやっていくためにも、もうここには来ないと決めていました。
それも、久々に来ると楽斗さんの言うことも理解出来ました。何年も経っているのに、ほとんど変化はありません。成長もあってか少し狭く感じましたが、私を包んでくれていた包容力は健在でした。
私たちはベンチに座ってその空気を感じていました。この場所で、最後の時を迎えられるなんて、葵には感謝しないといけないかもしれませんね。
そして、だからこそ、この幸せは自分で切るしかありません。彼の口からその言葉を聞くのは、やっぱり私には耐えられない。
「今までありがとうございました。それと、ごめんなさい。こんなに力を尽くしてもらったのに、何も残せなくて・・・」
「・・・・・」
しばらく彼は何も言いませんでした。私の意図を理解したのか、それとも何か別のことを考えているのか、いつもは饒舌な彼の表情も、この時はなにもわかりませんでした。
「それは、もうあきらめると言っているのか?」
「だって、私にはやっぱりできないんです。むしろ、希望だけでもくれて感謝しています」
「・・・明日、もう一回テストを受けろ。それまでは、まだその言葉は取っておけ」
「それってどういう・・・」
「いいから言われた通りにやってみろ」
「・・・」
やっぱり彼が何を考えているのか理解できません。しかし、明日私はすべてを理解することになります。なぜ最初のテストがダメだったのか、そして、この一日に何の意味があったのかを。
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