第6話 挫折

そこから、全てがうまくいっているような気がしていました。翌日の日曜日で、一通りの教科の勉強を終えられました。

 土日で一周できるなんて、かつての私にはまったく考えられないことです。しかし、彼曰くまだまだこれからとのこと。

 そもそも進み具合に対して理解が及んでいるわけではありません。さらに言えば、まだ授業の範囲がテストまで達していない教科もたくさんあります。これから復習というわけではなく、新しい知識の吸収も進めていく必要がありました。

 というわけで、日曜の最後に新たに平日の授業日の作戦を立てることにしました。


「とりあえず、ノートは取らなくていい。ひたすら先生の話と黒板に意識を向けるのに集中しろ」

「でも、それでいいんですか?」

「ノートは代わりにとってやる。放課後にノートを見せるのと一緒に授業の振り返りをする。それを含めて、ノートは取らなくてもいい」

「・・・わかりました」


 確かに楽斗さんの言葉は大いに賛成でした。なんたって教科書を読んだら三行あれば寝れるんです。それだったら、教科書以外で授業内容に意識を向けられる場所、先生の言葉と黒板に意識を向けるのはとてもいい考えです。

 

「それと、休み時間中は何もしなくていい」

「何も・・・ですか?」

「ああ、とりあえず脳を休めることに集中しろ。授業内容はそれなりに重要だ。その効果を最大限に活かすのがまずは最善だ」

「わかりました」


 かなり細かいところまで指示を受け、いよいよ本番ともいえる平日に突入しました。言われた通り授業中はひたすら前を向いて授業に意識を向け、休み時間になると眠る。ひたすらにそれの繰り返しです。そして、放課後になると勉学部の部室に移動して時間の許す限り勉強を続けました。

 活動自体は週三日ですが、部屋はいつでも開いているようで、火曜も木曜もこの部屋を使うのには問題ないみたいです。

 改めて部室に入りましたが、なんだかすごい部屋です。前は全然気づきませんでしたが、椅子もかなり良いものみたいで、とても座り心地が良い。本棚には色々な参考書や資格取得の教本が置いていました。

 部員は一人と言っていましたが、この資格は楽斗さんは勉強されたんでしょうか。そうだとしたら、やっぱり彼は何もかもが私とは違います。

 そんな思考も勉強が始まればすぐにどこかへ消えました。いつもより授業に意識を使ったせいか、頭がなんだか重く感じ、開始して少ししてまずは休眠から挟むことにしました。

 やっぱり楽斗さんと同じ空間で眠るのは緊張しましたが、睡眠欲というのは中々強いもののようで、私の意識はすぐに落ちていきました。

 仮眠というのがこんなに良いものだとは、私はまったく知りませんでした。そこからはいつものように頭が冴え、勉強に集中することが出来ました。

 日に日に学力が上がっているのを実感できていました。どんどん理解できる部分が増えていく。やるしかないからやる・・・それだけだった勉強も、こんなに成長に実感がわくと楽しく思えるようにもなりました。

 しかし、異変があったのは金曜日のことです。


「これって、テストですか?」

「去年の同じ時期のテストだ。先生からもらってきた」

「そんなことが出来るんですね」

「いや、先輩にあたったら結構まめに保管している人がいたからもらっただけだ」

「・・・いつの間に」

「とにかく一回解いてみろ、成果を試す」

「はい」


 まだ一週間ある、とはいっても、ここである程度成果を残さないと焦りが出てきます。折り返し地点で言うならせめて平均20以上は欲しいところです。言ってて悲しくなるような目標点ですが、もうそんなことは言ってはいられません。


「・・・・・あれ?」


 気合十分に答案にむかってすぐにその異変に気が付きました。科目は数学ⅠA、一番不安のある科目ですが、時間をかけてやっただけに多少は出来てしかるべき科目です。

 しかし、答案を見るとたちまち頭が真っ白になったような感覚に襲われました。一体何を求めればいいのだろうか、どの公式を使えば答えが出るのか、そもそも公式には何があったか、すべてにもやがかかったように私の頭の奥に引っ込んだまま出てこようとはしませんでした。

 一番不安のある科目だから、私はそう言い聞かせて日本史を解くことにしました。

 しかし、それは科目が変わっても同じことでした。相変わらず私が頭に入れた知識はロックがかかり、それが外れる気配がありませんでした。

 

成果は・・・まったくといっていいほどでした。勿論、目標達成には遠く及んでいません。

 ショックで何もかもが嫌になってきます。あれだけ勉強してきたのに、結果はこれです。良くなっているとか、そんなことを言えるような変化はありません。むしろ点数が下がっている教科があるくらいです。


「・・・ごめんなさい、楽斗さん。こんなに協力してもらったのに・・・わたし」

「・・・」


 楽斗さんは、その答案を見比べながらずっと何かを考えているようでした。幻滅してる。そうとしか思えませんでした。もう五日ほどになるだろう。そんなに頑張って、結果がこれだったら、さぞやる気を無くしてしまうだろう。それが当然だ。

 もう残り一週間を頑張ろうという気力もありそうにない。この結果が、私の退学を何よりも雄弁に語っていました。

 そして、私はそのとどめの一撃というのを待っていました。楽斗さんはもう私には付き合ってはくれないでしょう。付き合ってくれたとしても、その彼の熱意を受け止められるようなものは、既に私には残っていません。


 どれくらいそうしたかは定かではありません。しかし、ついに彼は口を開きました。私に失望し、この関係を解消するであろう一言を。


「井川・・・・・」

「・・・え?」

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