第44話「ああ、だからなのかぁ」
「ああ、だからなのかぁ」
紗奈はその映画を見終わると唐突にそう言って僕にしがみついてきた。
その映画は国際的にも有名な小説家の作品を映画化して、カンヌ国際映画祭だったかで賞を取った作品だ。
「なにが、だから?」
「この人の作品を面白いと思ったことがない理由。
描写とか、感情とか、とてもよく伝わる作品だった。
きっと小説の方もとんでもなく優れた作品なんだとわかる。
だからこそ……考え方が合わないんだなぁって」
作品自体は大人な物語だ。
浮気をしていた妻の死後、夫の視点を通して流れる物語の話。
「浮気の話だから、というわけではなく?」
「そうね。
登場人物が私の生き方では納得できないというのはあるけれど。
その作品全体に流れる……作者の根本の考え方は私が決してできないものであるし、したくもないものだってことよ」
「したくない?」
「そそ。
たとえば大人気ラブコメで寝取り浮気からのハーレムで幸せになりました……とかいう物語があって、颯太はそんな生き方がしたい?
大前提、その最初の浮気クソ女は私であることはあり得ないけど」
僕は首を横に振る。
「それはまず物語として僕の好みではないなぁ」
「私も異世界転生して最強になってハーレムで幸せになりました、と言われても、それって幸せなんだろうかと思う人よ。
そこに颯太がいないなら、全てこの世の地獄よ」
「うーん、そこはなにをどう思うかはそれぞれで違うんじゃない?」
僕はそう答える。
「その通りよ。
結局のところ、なにが幸せでなにを面白いと思うかは多数派というのはあっても、人それぞれ全く違う。
転生テンプレハーレムを面白い人もいるし、浮気されても別の美人と幸せになって楽しーと思う人もいるし、何回転生しても、物語のタイミングだけ幸せなら良いみたいな物語もあるし……。
これみたいに深い心理描写の中で描かれる物語が人の『真実』に刺さる場合もあるわ。
……もっともその真実って、やっぱり人それぞれの真実で、私には永遠に共有できない真実なんだと今わかったわ」
抽象的だが、僕にはなんとなく言っていることはわかる。
それぞれが物語として素晴らしいかどうかは別の話だ。
小説や映画でも漫画でも、考え方の共感を得られるかどうかで、面白いかどうかは大きく影響される。
それは作品の良し悪しとは別のものだ。
人気かどうかも……個人がそれを面白いと思うかどうかも、また別ということなのだ。
「成長するということは、自分とは違う価値観を否定しないということかもね」
そう言って、紗奈の唇に僕の唇を重ねる。
紗奈は僕に縋り付くように首の後ろに腕を回して僕の口を求めた。
もきゅもきゅもきゅもきゅ……。
口を離して、唇をむにむにさせながら紗奈は呟く。
「大変、オチがないわ」
「別に普段からオチはないと思うよ?」
僕がそう言うと、紗奈は黙れとでも言うように、僕の口を口で塞いだ。
もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ……。
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