第10話「ふっ……、ダメね。今書くともきゅもきゅしてしまうわ」
「ふっ……、ダメね。今書くともきゅもきゅしてしまうわ」
紗奈は僕の口を奪いながら唐突にそう言った。
もきゅもきゅ。
「どれが?」
「これよ」
そう言ってスマホを見せながら口を重ねてくる。
もきゅもきゅ。
読めないので、仕返しにもきゅもきゅし返す。
もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ。
絡めていた舌を離し、最後に触れるようなキスを唇に。
……数度。
話が進まないがいつも通りだ。
最後(?)にもう一度だけ口を重ねる。
もきゅもきゅ。
「それで、どれ?」
「これよ!」
紗奈が指差す作品は例の公爵のやつ……の書きかけ。
「ん、うん?
そんな雰囲気ないけど?」
「そうよ、ないのよ」
そのシーンはギャグシーンであって、シリアスでも恋愛シーンでもない。
もきゅもきゅをしだす、そんな甘い(?)シーンではない。
「そんな状態よ」
どんな状態だ?
紗奈はさらに説明を続ける。
「うーん、のらないと言えばそうだし、書き出すと書けるんだけど、本当はここでもきゅもきゅしたいのが彼らの本音だと思うのよねぇ」
どんな本音だろう?
僕は首を傾げる。
「私はほら、憑依型だから。
キャラクターたちに憑依するとどんどん描けるんだけど、そのためにはこう……調子にのらないといけないの」
「調子に乗るとはこれいかに?」
「どの作者にも言えることだけど、特にネット小説において完結とは、自分の作品にトドメを刺しに行く行為に似ているわ。
それまでに書籍化している作品でも2巻、3巻と続けば終わりを見失い、1巻で打ち切られればこれまた終わりを描く気力を失くす。
そういう悪循環があるわ」
次から次へと新しい題材を求めるスピードのある世界がネット世界とも言える。
完結前提の紙媒体小説とは世界が違うとも確かに言える。
「結局、最後は意地だけなのよね。
物語を完結させる理由って。
それでもこの公爵の物語については、『完結してこそ始まり』だから終わらせるんだけどね。
どんなに辛くとも〜♪」
紗奈は突然、歌い出す。
なぜ歌うのか?
それはなんとなくである。
「……まあ、僕は終わらない物語よりちゃんと完結する物語の方がずっと好きだな」
終わりとは新たな始まりでもある。
それがあってこそ、その物語の人物は次へと歩みだせるのだ。
「私もよ」
そう言って紗奈は僕の口に自分の口を重ねる。
これもまた生みの苦しみというやつなのか。
それでも紗奈はそれから逃げようとはしないようだ。
もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ……。
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