638日目(残り92日)「胸が熱くなるような話が読みたいわね」

「胸が熱くなるような話が読みたいわね」


僕にしがみ付いて、スマホでカクヨムを見ていた紗奈が唐突にそう言った。

僕は紗奈の頭を撫でながら答える。


「そうだね」

紗奈はこちらを見上げ、ヨイショっと言いながら僕の唇に自分の唇を触れさせて、そのまま口を重ねる。


もきゅもきゅ。


口を離すとペロリと自分の口の周りを舐める。

「う〜ん、美味し。

ずっと味わっていたくなるわね」

「いつも味わってるけど?」

お返しとばかりに僕からも紗奈の口を重ねる。


もきゅもきゅ……。


……。


……それから暫し。


「マンガなんだけど、胸が熱くなるような話を読んだのよね。

だけどネット小説ではそういうの少ないなぁって」


「そういう話はランキングなどから真っ先に排除されるからね。

どうしても軽さ優先になるから仕方ないのかもね」


テンプレなどもその軽さを優先するために生まれたのだし。

それを各コンテストでも優先してしまうものも多い。

自然と胸が熱くなるような展開は出来なくなる。


「転生した時点で、作品自体に重さを持たすことが出来なくなるからね」


そこから何をしたとしても、一定以上重い話になることはない。

よほどその転生に意味を持たせない限り。


「それを逆に利用して気楽な気分で読めるようにしたのが、テンプレだからね。

それはそれで良いんだけど、反対に重さとは言わないけれど感動を与えられる話はランキングの影に隠れて見つかりにくくなってしまうのが問題だわ。


今日、久々に高評価のテンプレを読んでみたけどかなり軽かったわ。


テンプレが目新しいものなら、面白さだけに目を向けられるけど……ダメね、私は色んな作品を見過ぎたのと書き手でもあるせいで、書籍化されている作品でも軽くて見ていられなくなってなったわ」


紗奈はグリグリと僕の肩口に顔を擦り寄せる。

「……私が書こうと、誰が書こうとテンプレを使うということは作品の雰囲気自体は軽いものでいくということなのよ。


仮に、仮によ?

それで私が高評価を受けて書籍化されたとしても、私の中に何も響かないわ。

いつか人の心から忘れられても、ふ〜んとしか思えないでしょうね。

もっと言うと私が書いた記憶すら残らないかもしれない。

そういうのは……必要ないわ」


それから紗奈はニッと笑って。

「ま、それ以外だとカクヨムでもほとんど人気でないでしょうけどね!」


紗奈の中で答えが出たのだろう。

書く人は誰もが書籍化を考える。

書籍化するとお金も入る。

自分の中の名誉も。

だが、そのために望まない作品は書くべきではない、というよりやっぱり書けないだろう。


それでも立ち向かうのも良いだろう。

あえて書かないのも良いだろう。

どちらでも良いのだ。

大事なのは自らの心の落とし所というやつだ。


「……というわけで、颯太!

続き続き!

私にもきゅもきゅ禁断症状が出てしまうわ!」

そう言って紗奈は、んっと口を突き出す。


僕は笑ってから、紗奈の柔らかな唇に僕の唇をそっと重ねて……。


もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ……。

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