636日目(残り94日)その2「あー、これアカンやつやぁー」
「あー、これアカンやつやぁー」
紗奈がベッドの上で僕の足の間に座り、僕の身体を背もたれにして唐突にそう言った。
「そうか」
僕は頷いて、紗奈の顔に手を添えて横を向かせてから口を奪う。
もきゅもきゅ。
とろ〜んとした目で紗奈は僕にもたれ、隙だらけなので今度は唇を奪う。
もにゅもにゅ。
「アカンやつなのよー。
どれぐらいアカンやつかと言えば、昨日の夜のことを書いてしまおうかと思ったぐらい、アカンやつよー」
「それはアカンね」
昨日の夜は……。
簡単に言うと2人で理性の全てが溶けた。
こうやって引っ付いてベタベタしているのは昨日の名残りだ。
顔が合うとお互いに思い出して赤くなってしまう。
紗奈は恥ずかしさを誤魔化すために僕の腕に甘噛みする。
それから小さく呟く。
「……やばいわぁ、幸せ過ぎる。
人はあの快楽が欲しくて、色んな人と関係を持つのでしょうけど、相手が愛しい人でなければこの圧倒的なまでの幸福感は得られないでしょうね」
そう言いながら、紗奈は顔だけ僕の方を振り向き唇を何度も重ねる。
昨日、その紗奈と理性が溶けるぐらい愛し合ったのだと思うと、どうしようもない愛しさで胸がいっぱいになってしまう。
「結局のところ、浮気や寝取り寝取られは、元々の性癖がそうである人を除いて、この快楽に如何に近付けるかを目的にしているのでしょうね」
「どういうこと?」
「例えばマニアックな話で言えば首絞めなどにより死を感じることで、生命の本能として種の保存のために身体が勝手に反応する原理よ。
浮気や寝取り寝取られは、社会的な破滅を引き起こすことが多いわ。
それはつまり、破滅を身近に感じて生命の本能により快楽を増す性質を利用しているのかもしれないわ。
バレたら不味いけど、それが気持ちいいという人たちよ。
まあ、そういう人たちは周りのことを考えるよりも、もっと言えば旦那や奥さんよりも、自分が好きなんだなぁと思うわ。
……だから、その人たちが私たちが今、感じている圧倒的なまでの幸福感を味わうことは永遠に無いわ。
味わうのは、全てが終わった後に与えられる絶望を超えた心の空虚さだけ。
これは愛だけが到達出来る領域だから」
「……うん、そうだね」
自分の心と相手の心を裏切った先にその幸福は存在しない。
今が紗奈が言った内容は紗奈の推論で、真実がどこまでかは分からない。
ただ確かなことはその人たちのような経験は味わう必要もなければ、味わいたくもない。
どれほど快楽だとしても、それは破滅を意識したものだから。
そして何よりその破滅は経験するということは、このどうしようもないほどの愛しさと幸福感を永遠に失うことだということだ。
今後もそれがどれほどの快楽であっても、選択肢の候補に上がりすらしない。
……お互いに。
紗奈と目が合った時に同じことを考えたことが伝わってしまった。
「……やばっ」
紗奈が小さく呟く。
何がやばいのか、考えるまでもなく分かったけど。
「……とまらないでしょ?」
僕の言葉に紗奈は赤い顔で小さく頷く。
そして僕らは覚悟をして口を重ねた。
もきゅもきゅ……。
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