137日目紗奈が書いた小説【あの日、キミが居なくなって初めての夏が来た】
電車に揺られ、
幼さを残しながら、男の顔立ちへと変わっていくそんな年頃。
そんな自分を幼馴染だった
あの日、中学3年生の秋から冬に変わる前に、小さい頃からの幼馴染だった菜咲は突然、初の前から姿を消した。
それから半年以上。
初は引きづり続けた。
そう簡単に忘れられる訳もない。
想い出になるには、初はまだ若すぎた。
幼馴染が初恋だったりすることは多くあるだろう。
ましてや、小さな頃から特別可愛らしく、愛嬌も良い相手となれば。
それでも例に漏れないとは言わない。
中学の、いいや、高校生になった今でもその初恋を抱えたままというのは、そこまでは多くないのではないだろうか。
、、、時々、部屋で2人で居ることがあった。
菜咲が初のベッドに寝転がり、初よりも先に新刊の小説を読むのだ。
『ねえ、初〜?このラブコメの展開ってどう思う?』
『菜咲が先に読んでるから、僕はまだ読んでないのだけど?』
取り止めのない話を2人でしながら、恋人同士でもない男女が、仮に恋人同士なら尚更かもしれないが、男のベッドに年頃の若い女性が寝転がると、私を食べてと言ってるのと同じだと、忠告すべきかしないか迷う内にその機会は2度とやって来なかった。
淡い想いを伝える時間は充分にあった筈だ。
高校への受験のために次第に忙しくなり、そうした2人の時間はなくなった。
田園風景を抜けると窓からの景色は緑深い山の中へ。
残念ながらトンネルが多く、そのトンネルを抜けても山壁が目に映るだけで楽しむ景色はない。
夏休みに菜咲に逢いに行くことを、初は友人の
誰かにその行動を認められたかったのだ。
離れ離れになった幼馴染に逢いに行く。
聞こえは良いが、高校入学から4ヶ月あまり。
今では連絡は途絶えてしまっている。
高校入学後に、『元気?』『上手くやれそう?』『まあ、なんとか。』当たり障りのない言葉だけのやりとり。
お互いの近況に触れることもなく。
もしも、ただのクラスメイトであったのなら、初もこれほど引きづろうとも逢いに行くことはなかっただろう。
鈍い痛みを抱えて、いつかその想いが死に絶えるのを待つだけ。
まだ、何かを想い出に変える方法も、その手段も何も知らないままだったから。
田神からは一言、『頑張って来い』と。
非難することも否定することもなく、背中を押してもらった気持ちだ。
ともすれば、ストーカーと思われはしないだろうかという思いと、一度だけ踏ん切りをつけるためだと、初は電車に乗りながら自分に言い聞かせる。
ふと足が止まり引き返してしまえば、それでもう2度とこの生涯で菜咲に会えることはないだろう。
そうして、初はいつまでも菜咲のことを引きづるのだろう。
それは確信だった。
実際は、それでも人は忘れることが出来る生き物なのかもしれないが。
「、、、こういう小説、あった気がする。」
中高生の両想いの遠距離恋愛の男女が一度だけ逢うのだ。
そして、、、それでもう2度と逢うことはなく互いの人生を歩む。
あちらは両想い、こちらは片想いだけれど、と初は苦笑いを浮かべてしまう。
そうして、また頭の中で踏ん切りをつけるため、、、そう繰り返すのだ。
トンネルばかりの山の中を抜け、やがて景色は変わり海沿いに至る。
一緒に見たかったな、と初は思う。
幼馴染としてでも良いから、もっと一緒に遊びに行けば良かったと今なら思う。
まだ中学生だったから、何処にでも行けるという年ではなかったけれど、それでも。
電車を乗り継ぎ、最後はディーゼルの、、、汽車と呼ぶらしいが、そのローカル線に。
連絡は駅についてしてみようと初は思った。
とにかく、菜咲が暮らす町に行ってみたかった。
連絡が通じなかったら、町を見て回ろう。
逢えなければ、、、そのまま帰ろう。
そんな風にずっと頭の中は言い訳ばかり。
逢いたいのか、それとも終わらせたいだけなのか、自分でも答えは出ていない。
、、、正直言うと、逢えた時に話したいことはあまり考えていない。
想いを伝えて、その時、バッサリ切って貰えれば、痛みと共に、その恋を、この苦しさと切ないけれど愛おしい想いを、想い出に出来るかもしれない、そんなことを想いながら。
乗り継ぎから1時間半。
ローカル線は45分に一本しか走ってなくて、もう時間は昼を大分回ってしまっていた。
それでようやく初は、菜咲が暮らすであろう町に降り立った。
ほどほどの田舎かと思ったけれど、駅前にはそれなりのお店が並んでいる。
もちろん、都会とは違ってビルや百貨店が立ち並んでいたりはしないけれど。
駅前の噴水のそばの椅子で、スマホで考えていたメッセージを何度か直しながら、『今、時間とかある?』とだけ連絡を送る。
10分しても既読も付かなければ返事もない。
初はため息と苦笑い。
再度、深く息を吐き、荷物を持って立ち上がり町の案内図を眺め、菜咲が通っているであろう学校をなんとなく目指す。
菜咲の家の場所は知らない。
知らない方が良かったのだろうと思う。
そのまま訪ねてしまいそうだったから。
その時になんて言って良いかはまるで浮かばない。
菜咲が逢うことを拒否するなら、大人しく帰ろうと考えていたから。
そうして、いつか笑い話として、想い出に変えるのだ。
15分ほど歩いただろうかというところで、メッセージが届いた。
『どうしたの』と。
指は震えつつもすぐに返事を返す。
『何処かで逢えないかな?』
今度は即座に返事が来る。
『どこ』
『どこだろう?駅と高校の間の道の何処か』
『行く』
そのメッセージを見て初は首を傾げる。
行くって、場所が分かるのかなと。
数ヶ月ぶりのメッセージはとても端的だった。
こんな感じだったかな、と思いつつ、お互いとはメッセージよりも電話や直接会ってからのやり取りが多かったのだ。
こんなものだったかも、と初は思う。
ふと見上げると新緑の葉を突き出した高校の体育館らしき壁が、先にまで続いている。
初はメッセージを追加する。
『高校らしき場所に着いた』と。
私は母と共にこの町に来て、数ヶ月。
高校に入学してからは2ヶ月も経たずに。
私は壊れた。
受験の間は勉強に集中して、他は文字通り何一つ考えなかった。
その結果、首席で高校入学を果たした。
4月入学したての浮ついた空気の中、笑顔の仮面を貼り付けて過ごした。
『
大人しく静かに微笑み、誰もそばに寄せない孤高な雰囲気がそう呼ばせたらしい。
告白してきた人がそう言っていた。
どうでも良かった。
ここには初が居ない。
心にポッカリ穴が空いたなどと生易しいものではなかった。
ここに私は居ない。
初の居ない場所に私が居る訳がないのだ。
なのに、隣の家を見ても、学校に行ってもそこに初は居ないのだ。
母の実家である木造二階建てのこの家には両隣は誰も住んでいない。
当然、初も、居ない。
6月を待たずして、私は部屋に引きこもった。
そうなるまでにクラスメイトの中で驚くほど誰一人、私の変化に気付く人は居なかった。
母と祖父母とも一言も会話をしなかった。
外で笑顔を張り付かせる代わりに、家では暗い目のままだったのだ。
初とは数回連絡をやり取りをした。
お互いがメッセージが不得意だったのもあると思う。
何を書いていいか分からなかった。
、、、何を書いたらダメなのか分からなかった。
私たちは幼馴染だった。
、、、ただの幼馴染だったんだ。
恋心を伝えた訳でもなく、たまたま近くで暮らし、他のクラスメイトよりも少しだけ仲が良く、ほんの少しだけ昔のことを知っている、それだけ。
恋を抱いていなければ、もしくは、これほど相手を求めていなければ、この場所で生きていけたのだろう。
自分がそのことに気付いていなくて、気付いていて目を逸らし、母に引っ越しの話をされた時、抵抗しなかった。
暗い部屋でスマホでネット小説を読む。
これがカ◯ヨ◯でよくある『もう遅い』なんだと気付くと、乾いた笑いだけが
涙は出ない。
感情なんてとっくの前になくなっているから。
そんな日だった。
そんな日と言っても、私にはもう曜日の感覚も日にちの感覚もない。
何年も経ってはいないのは分かる。
でもこうして、何年も経ってしまうのだろうと思う。
その前に家を出て行けと言われるだろうか?
それももう、どうでもいい。
『今、時間とかある?』
メッセージが届いた通知にそんな言葉が添えられている。
画面を開かなければ、既読にはならない。
それを見て私は、、、。
嗤った。
ついに来たと思った。
これで全て終わらせられると。
「ふははは、、、。」
口から勝手に嗤いが出る。
そうだ、いつもこうして私を『救って』くれるのは彼だ。
きっと内容は、高校で出会った好きな人の相談か、それとももっと進んで彼女が出来て最初のデートやプレゼントの相談か。
ついに涙が出た。
なぜかは分からない。
これで終わりだ。
最後まで演じよう。
彼の心にそんな幼馴染が居たなと、いつか想い出せてもらえる様に。
この後に私が死んだところで、連絡が行くことは無いはずだ。
そうだ。
この履歴も見られないように、一緒にスマホも持って行こう。
さあ、菜咲。
最後に文字だけでいいのだ。
気張って見せよう。
向こうには惨めな今の姿を、恋を拗らせた愚かな女の末路を見せずに済むのは幸運だ。
メッセージでやり取り出来るスマホはなんて素敵なのだろう。
そうして気張って、気張ってみせて、ようやく返せた返事は『どうしたの』の一言。
『?』一つも付けられない。
笑えてしまう。
笑いは出ないけれど。
涙だけは止まってくれない。
メッセージ打ちづらいんだけど。
返事が来た。
『何処かで逢えないかな?』
『どこ』
返したのは条件反射だ。
、、、逢える?
すぐに返事が、会話してるみたい。
『どこだろう?駅と高校の間の道の何処か』
困ったような彼の声が蘇る。
『行く』
そのままスマホ片手に、部屋を飛び出す。
全てが条件反射だ。
バタンと大きな音を立てた扉が、何処か遠くに聞こえる。
ギョッとした顔の祖父母の顔が視界に見えた。
靴がなかなか履けなくてもどかしい。
素足は靴下を履いた状態よりも靴が履きづらいものだと知った。
玄関のドアを勢いよく開け、後ろで振り返らずに閉めて走る。
ちょっと走るだけで息切れがする。
髪はボサボサ、服はシャツにジャージのズボン。
身なりなんか整えてない。
ちょっとコレはないと自分でも思う。
見られただけで嫌われるんじゃないか?
そうなったらどうしよう。
どうしようもない。
高校ってどこだっけ?
そう思いながら、慣れない町を走る。
どこ?
もう一度メッセージを送ろうかと思った。
道の先の街路樹のそば。
困ったように苦笑いを浮かべた初が居た。
逢いたかった。
ただ逢いたかった。
「、、急にどうしたの?」
「あー、ごめん、急に。」
困ったように、言い訳するように初は言った。
私は首を横に振る。
「びっくりした。
連絡してくれたら良かったのに。」
そしたら、精一杯のオシャレもした。
お風呂も入っておいたのに。
ボサボサ頭も直したのに。
あー、でもまだだ。
初は昔から義理堅い性格だ。
引導を渡すのに、直接、報告に来たのかもしれない。
「伝えたいことがあって。」
、、、ああ、やっぱりだ。
なんてこった。
流石は初だ。
私の思い通りになってくれない。
最期に可愛い私を記憶に留めておいて欲しかったのに、こんな最悪な姿を見せて終わることになるなんて。
本当、人生はままならない。
いっそ言わせる前にホテルでも連れ込んで既成事実を果たそうか?
初の子供でも宿せば、きっと私は生きていける。
、、、でも、ああ、そうだ。
初がそんなことを受け入れるはずがない。
自分だけならともかく、子供を不幸にするなど、私たちのどちらも、絶対に望まないことなのだから。
だから、ああ、うん。
トドメを刺して。
愛しい人に殺されるのならば、受け入れられるから。
私は話を促すように微笑んだ。
私が今出来る精一杯の強がりで。
、、、お願いだから、この笑顔だけ覚えておいて?
そして、時々で良いから、そんな幼馴染が居たことを思い出して。
本当はただの拗らせた愚かな女であることを知らずに。
初は大きく息を吸い込み、吐き出して言った。
「好きだ。」
、、、、、、、、、はい?
私は目をぱちぱちとさせて初を見た。
「いや、悪い!その、こんなところまで来て、今更こんなこと言ってしまって!」
初は慌てて言い訳めいた言葉を言う。
何かの拍子に走って逃げられたら
私の頭に浮かんだのは、まずそれだった。
私は逃さないように初にしがみ付いた。
抱き締めるというよりしがみ付いた。
何かの間違いで逃げられないように。
その言葉がどういう意味だったのかは、そうしてから考える。
初の顔を見つめる。
初の顔は目で見て分かるほど真っ赤だ。
夕焼けの赤では無いと思う。
人の顔が本当に赤くなるのを私は今、実感している。
「初は私が好きなの?」
お願い否定しないで。
恥ずかしそうに顔を逸らしながら、初は頷く。
確かに頷く。
「何で?」
「いや、なんでと言われても。」
「私も初が好き。大好き。」
そうしてしがみ付いた両手に力を込める。
込めるけれど、不摂生が
離したくないのに!
そう思っていると、初が優しく抱き締めてくれた。
「あ、、、あああああああ、、、。
あああああああーー!!!!」
声にならない声で、私は泣いた。
感情のない涙じゃない。
嬉しくて、幸せで、私は泣いた。
その瞬間、滲む涙の向こう側で、夕焼けに照らされながらも緑の木々や高校の校舎、舗装された綺麗なタイル模様の道、その先の緑深い山、その全てが鮮やかに色付いた。
、、、初と離れて、初めて感情のままに私は泣いた。
そこからは驚くほど、、、なかなか信じることが出来ないほど、何にかもが上手くいった。
母も祖父母も私を抱き締めてくれて、私はまた泣いた。
迷惑かけてごめんなさい、そう言って何度も謝った。
私の母と祖父母と初のお父さんとも話を交え、私は初の家に同居させてもらい、高校は編入することになった。
単位はギリギリで、あと数回の欠席で留年もしくは退学となっていた。
編入試験は、初と居るために、満点を取った。
私は心の底から愛に生きる女だったようだ。
自分でも気付かなかった。
病んだ心はすぐには戻らなかった。
環境が良くなっても、壊れた心は繊細で、なんでもないところで感情に関係なく涙が流れるようになっている。
そういう時は、初が静かに抱き締めてくれた。
私たちは同じ部屋で過ごして、ネット小説の話やその日あったことなどを話をしながら、時々、将来のことを話す。
初には時々申し訳なくなって、ごめんねと謝ると、笑いながら頭を撫でてくれる。
きっと、私はどうしようもないのだ。
もし、私があの時、母と共に引っ越すことを選ばなくとも、初だけは手放せない。
「初。」
「何?」
「なんでもない。」
そう言って、私たちは唇を重ねる。
それは時に、もきゅもきゅなどさせながら。
きっと、ずっとこうして。
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