13日目「私、過去には戻らない。」

「私、過去には戻らない。」


僕のベッドの上で仰向けになり、スマホを天に掲げるようにしながら、小説を読んでいた紗奈さなは唐突にそう言った。


机に向かっていた僕は、聞き間違いかと思い、紗奈へ顔だけ振り返る。


「過去へ戻る、じゃなくて?」

「じゃなくて。」


僕は椅子をくるっと回転させ、完全に紗奈に振り向く。


「今度は一体どうしたの?」

紗奈は、ベッドから立ち上がり、わざわざ僕の目の前まで来た。

そして全身で神に祈りでも捧げるように、両手を広げた。


「人は今この時を頑張らなければいけないのよ!

幼馴染でしかも義妹になったから、毎夜毎夜、颯太のベッドで颯太の枕の匂いを嗅いで満足してたら駄目なのよ!」


「とりあえず、僕の枕の匂いを嗅いでると言っている時点で、色々駄目だよね?」


キラーンと紗奈が目を光らせたかのような勢いで、こちらを見た。


あ、これ、アカンヤツや。


僕は椅子から抜け出し、壁際に寄る。


「へっへっへ、颯太はん、、、。逃げたらあきまへんで?今、この瞬間を日々、大事に生きまひょか?」


ピンクのパジャマを着た美少女のはずなんだけど、なんだか浪速の商人あきんどを幻視してしまいそうだ。


「は、早まるな、紗奈。」

「へっへっへ、颯太はん。残念ですが、わてアンタはんを逃す気あらへんで?お覚悟してくんなはれ?」


もう誰だよ?というぐらいに変な言葉遣いの紗奈。

ジリジリと近寄ってくる。


「そ、そんなに読んでた小説がショックだった、、、?」

紗奈は商人あきんど感が一瞬で抜け、しゅんとする。


「良い小説だった、、、。現実は、そうだよね、と思うし、だから今ちゃんと頑張らないとって、思った。」

あ、ちょっと紗奈が泣きそう。


僕はため息を吐き、ストンと力を抜いて苦笑を一つ。


紗奈を優しく腕の中に。

抱き締めるというほど密着はせずに包むように。


背中のというより肩辺りを、あやすようにかる〜く、ぽんぽんと叩く。


「大丈夫、大丈夫、ちゃんとここに居るから。分かってるから。」


ぽんぽんと。


そのままの状態で、紗奈は小指を立てる。

「約束。」

僕は軽く微笑み、小指を出した。


指切りげんまん、、、。


最後に紗奈は言った。

「嘘ついたら、襲うから。」

僕が襲われるんだ?

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