本日限り会員である限り、少なくとも今日だけは幸せ

ちびまるフォイ

本日の幸せは本日限りです

『ご登録ありがとうございます。

 これであなたの毎日はきっと幸せになりますよ』


そう告げられると、「本日限り会員」に登録が完了した。

会員になると毎日なんと無料でお金がもらえちゃう。


「冗談かと思ったけど……もう働く理由なんてないじゃん!」


お金を使って遊びにでかける。

なにせこのお金は本日限り。明日へ持ち越すことはできない。

といっても、明日になれば同額がまた支給される。

使わなきゃ損だ。


美味しいものを食べ、好きな場所へ行って、好きなことをする。

大金持ちのような豪遊ではないものの、つつましく遊んで暮らせるならそれが最高だ。


出先で立ち寄ったバーでのこと。

同い年っぽい男が声をかけてきた。


「実はさっき女性にフラれてしまってね。話を聞いてくれるかい?」


「はははは。他人にそんな理由で声かけるなんて、あんたも随分まいってるな」


「そうなんだよ」


男との話は大いに盛り上がった。

まるで幼馴染と再会でもしたように話した。


「楽しかった。あんた最高だよ。また今度飲みに行こう。連絡先教えてくれ」


「あ……悪い、それはできないんだ」


「できない? なんで?」


「俺は"本日限り会員"だから。お金も人脈も、あらゆるものを翌日に持ち越せないんだ」


「そうか……それじゃこの出会いも、もうないのか?」


「ごめん……」


名残惜しいが男と別れてそれきりにするしかなかった。

本日限り会員のルールを破れば登録を解除されてしまう。


そうなれば、毎日お金がもらえる生活も終わりだ。


しばらくは本日限り会員として自由な生活を続けていた。


ある日のこと、家に帰る道が通行止めになっていた。


「あの、どうかしたんですか?」


「この先でちょっと事故があってね。悪いが別の道を通ってくれるかい?」


「はぁ……」


事故という言葉が自分の頭の中にひっかかった。

もし自分が事故にあったらどうだろうか。


毎日一定額のお金がもらえるものの、治療費をぼんと出すことはできない。

明日にまたぐようなこともできないので生命保険にも入れない。


「もしかして俺って……かなり綱渡りの生活をしていたんじゃないか……!?」


頭の中に漠然とした不安が雲のようにわいてきた。


毎日、その日限りの何不自由ない暮らしをしていた。

でもなにもかも本日限りなので貯金もできない。


本日限り会員でなくなったら、なんにも持っていない人間じゃないか。


「い、今がよけりゃなんでもいいってわけじゃないかも……」


その日を境に仕事をはじめてお金を貯金し始めた。

貯金により本日限り会員からは登録解除となった。


けれど後悔はしていない。


今日限りの生活から解放されたことで、友達だって作れるし貯金だってできる。

将来のためにいくらでも先手を打つことができるようになった。

これで未来に待っているイレギュラーなことにも対応できる。


「鈴木、今日の夜のみに行こうぜ」


「いややめとく」


「ええ? なんで? 今日って給料日だろ? お金ないってわけじゃないだろうし」


「金をためてるんだよ」


「なにに貯める必要があるんだよ。独身彼女なし。婚約指輪も必要ないだろうに」


「核シェルターを買おうと思って」


「はああ!?」


「本日限り会員じゃなくなったから大きな買い物もできるようになったんだ。

 だから核シェルターを買うのがいいなって」


「どこに必要性があるんだよ!? せめてマンションとか一軒家とか」


「そんなの地震で壊れるかもしれないだろ!!

 それにいつ大規模な最終戦争がはじまるかもわからない!!」


「そんな低い確率のために、今の娯楽を切り詰めなくても……」


「将来の不安があるかぎり、俺は今を楽しめないんだよ!!」


貯金のために毎日もやし食生活を続け、仕事が終われば毎日家でバラの花束を包む内職。

アリとキリギリスのお話を思い出しては自分がアリなんだと言い聞かせた。


今が楽しければそれでいいと楽しんでいるキリギリスのような奴らは、

きっとのちのち後悔するに決まっている。


本日限り会員から解放されたので人脈もたくさん作った。

いつ自分が有事に巻き込まれても助けてくれる人たちだ。


地下に核シェルターも変えたので、限りなく将来の不安は払拭された。


「核シェルターは広いなぁ。もっと窮屈かと思ったけどまるで家同然だ!」


「気に入っていただけて幸いです。個人で核シェルターを買う人なんてお客さんくらいですよ」


「みんな今にしか目を向けてないだけですよ」


買いたての核シェルターを見回っていると、大きな扉に気づいた。


「これは?」


「食料庫ですよ。1ヶ月分の食料がここで備蓄できます。安心でしょう?」


「1ヶ月!? それっぽっち!?」


「ええ!?」


「核戦争が起きたら環境は破壊されて一体は冬のように冷えてしまう!

 1ヶ月ごときじゃまだ地上は放射線まみれでとても外になんて出られない!」


「そんなこと言われても……じゃあどれくらい必要なんですか」


「むこう100年以上は必要だ」

「あんた自分の寿命なんだと思ってんだ」


核シェルターのバイヤーもすっかり呆れていた。


仮にシェルターで一命をとりとめても意味はなかった。

むしろ徐々に減っていく食料に精神がおかしくなる結末なんじゃないかと不安になる。


いっそコールドスリープ装置とか、永久生存機関に自分をつないで生かしてもらうしか……。


それを手に入れるまでどれだけもやし生活を続けるのか。

この生活を続けている間に核戦争でも起きたらどうするのか。


「ああ! どうしてこんなにも将来の不安は払拭できないんだ!!」


次から次へと湧いてくる不安に押しつぶされてしまう。

シェルターの外で空を仰いだ。


「鳥はいいよなぁ……動物なんかは何も考えずに毎日楽しく過ごしてて……」


どれだけ今を犠牲にして将来の不安を削ったところで、0にはならない。

将来の不安なんかを考え始めるから突き詰めないと行けない気がする。


動物のように何も考えないくらいがいいと思えてくる。


子供の頃は深くなにかを考えることもなく、

ケガを恐れずに外を走り回っていた。


あのときが人生で一番幸せだったような気がする。



そして、病院に向かうと医者は驚いていた。


「本当に、自分の思考を抜いちゃって大丈夫なんですか?」


「ええもう根こそぎいってください。何も考えないことが幸せなんだと悟りました」


「は、はぁ……」


脳の手術により思考が失われた。

これまで心を蝕んでいた将来の不安は消え去り、毎日ハッピーになった。


「今が楽しければそれでいいに決まってる!!」


これまで溜め込んでいた貯金はすべて引き出し、

将来のためと用意していた核シェルターを売っぱらい、

蓄えていた人脈は金を返さなかったのですべて失われた。


でも手元には毎日そこそこ楽しんで暮らせるだけの財産がある。

不自由はあるけど不幸せではない。


悠々自適な生活をしていると、通りがかりの人がふと訪ねてきた。


「あなたは、もしかして本日限り会員の方ですか?」


「いいえ違いますよ。どうしてそう思ったんですか?」


「いや、あなたの生活ぶりが本日限り会員のときとまったく同じだったもので……」


そのときにはもう貯金なんか残っていないし、明日からは本日限り会員と同じ生活はできない。

でも、明日のことは明日の俺が考えればいい。


そう思った。

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