第16話 ヴェーサリーの娼婦アンバパーリー
ミコトはマガダ国へ向かったというデーヴァダッタを追いかけるべく、カピラバストゥを出て東へと向かう。絶対、何か企んでるぞピーマン頭。
その途中で通りがかったのがヴァッジ国の首都、ヴェーサリーだ。果物の生産が盛んとされている。ミコトはもう慣れた様子で托鉢を行い果物も口にした。するとその果物、マンゴーを捧げた美女がミコトを誘う。
「今夜、いかがかしら?お坊さん?」
「承ろう」
ミコトは穏やかな笑顔で応じる。
「ふふふ。じゃあマンゴー林までいらしてくださいな」
その美女が艶やかな後ろ姿で立ち去ろうとしたその間際に、この街の兵士と思しき数人の者がミコトの前に現れる。少し押し退けられた形のその美女、アンバパーリーはムッとした顔で兵士たちの様子を軽くにらんだ。
「その者、ガウタマ尊者とお見受けする」
「はい、私がそのガウタマですが」
「この街の王侯の皆様が夕食を共にしたいと貴公を招いておられる。一緒にきて頂こう」
ミコトはゆっくりと首を横に振った。ケーサツとかそういうのはお断りだ。
「あの方との約束が先です」
ミコトはアンバパーリーを指差した。兵士たちは驚く。
「バカな!あの者は娼婦であるぞ。そんな下賤の者との約束を優先するなど、気は確かか!」
アンバパーリーが兵士たちにベーッと舌を出した。
「私は出身、即ち四姓(ヴァルナ)や、血により受け継ぐ職業(ジャーティ)などでは法(ダルマ)を説く相手を選びません」
兵士たちもアンバパーリーも両方がミコトに驚いた。そういうカースト制を重んじるブラーフマナたちには考えられないことだった。
「貴様っ…」
兵士長は一度剣に手をかけるが、仲間に止められる。
「どうなっても知らんぞ!」
捨て台詞と共に兵士たちは去っていった。それにもう一度あっかんべーをしたアンバパーリーが美しく束ねた髪を揺らしてミコトの元に来る。
「お坊さま、すごいんだね。とにかく偉そうにしてるブラーフマナやクシャトリアたちとは違うよ。ぜんぜん!」
アンバパーリーがほっぺたにキスするのをミコトは穏やかに受け止める。ミコトは、硬派だった。男とか女とか、生まれも職業もお金持ちも貧乏も関係ない。本当にそう思っているのだ。
その夜、アンバパーリーによって集められた娼婦たちはその生まれや職業によって高貴なることも下賤なることもないというミコトの説法を聞く。途中から、その行い・集いを揶揄しようと、あるいは物珍しげに集まってきた街の人たちもその内容に納得するように輪に加わっていた。
説法が終わると娼婦たちは喜んでガウタマにお菓子を捧げようとする。しかしミコトはそれを受け取ろうとはしなかった。
「詩を唱えて得たものを、わたしは食べてはいけない」
代償や対価を受け取るために説法をしたり布教をしたりするのではない。そこに執着が生じる。欲が生まれる。
バイクを走らせるのに理由も目的もいらないだろ?
ただ無心になれる。人々の笑顔に囲まれて、前世の仲間たちに囲まれた夜のことを思い出すミコトだった。
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