第15話 女人転生
実子ラーフラを強引に出家させたら、その母親つまり元嫁のヤショーダラが勢いこんでミコトの元へ走り込んできた。まあ、そりゃそうだ。
「もしかして!あんたミコト!?」
えーっ!?
ミコトは廊下の周りに誰もいないことをキョロキョロして確かめると、ヤショーダラを自室に入れた。
「あの、確かに俺はミコトだけどなんでそれを?」
「城に入っていくとき見かけてなんか似てるなと思ってたけどラーフラから聞いてさ!なんで出家するのに馬で遠出するのかと思ったら!?ラーフラにバイクの乗り方がどうとか言ったんだって!?その癖のある乗り方!!アンタしかいないでしょ!?」
このしゃべりかたは!もしかして!
「…ねーちゃん!?」
「そうよ!弟のアンタがお釈迦さまで!姉の私がその元嫁ってワケワカンナイんだけど!?!?なんで異世界転生でモテモテ無双じゃないのよ!!」
いやそんなん俺に言われても。
「いやそんなん俺に言われても」
はーっ。
二人は同時にため息をついた。とにかくヤショーダラはミコトのいっこうえの姉貴、美冬らしいことはわかった。
「それでミコト…元の世界への戻りかたはわかったの?」
「いやぜんぜんわかんねーんだなこれが」
「ったく。でも異世界転生ものって元の世界でトラックに轢かれて死んじゃってとかだから私たちは仮に戻っても大丈夫ね。なんか寝て起きたらこんなとこにいたもん」
「あ、それなんだけどよ」
ゾクのヘッドでもお釈迦さまでも姉貴には弱い。元嫁にでも弱いかもしれない。とにかく気を使わないで話せるのは楽だ。
「俺の方は死んじまったかもしんねー。高っけぇとこから落ちてぐしゃったからよ」
「はぁ!?何それ。じゃあアンタ戻れないじゃん」
「まーな。だから俺のほーはここで骨をうずめようかなって。仏舎利ってヤツ?」
ミコトは笑ってみせるがミフユは笑わない。弟の死。面白いはずがない。
「そっか…じゃーどうしよ。とりあえず私も一緒に行動しようかな?尼さんになるとか?」
「いや、そいつはダメだな」
「はあ?ラーフラはソッコーで出家させたのに?」
「ああ。あいつもだけど、親父さ。アレきっとダメだわ。眼ぇ見りゃわかるよ。コーサラのパセーナディーやヴィドゥーダバの相手にゃならねーな。だから誰かがこの国を守らないと。姉貴、あのハゲ王動かせる?」
「うーん、まあ、それは私も思ったかな。あの王は自分の髪の毛のことが一番大事みたいな感じだし。ええとね、ガウタマの義理の母上なんだって?今のお后さまのマハープラジャーパティー様は聡明で私にも誰にでも優しい人かな。あの人ならなんとか…」
「よし、じゃあ姉貴はそのマハーさまとこの国を頼むぜ。出家はそれからでもいいと思う。ところで姉貴は元の世界に戻る気なん?」
不意に部屋の外から声がする。
『ガウタマさま、入りますよ』
マハープラジャーパティー様だ!
慌てて二人はだらけた姿勢を戻した。
「何か話し込んでいると聞いて私もお聴きしたいと思いました。よろしいでしょうか?」
「はい。構いません」
ミコトもアルカイックスマイルに慣れてきた。ミフユが合わせる。
「ガウタマさま、女人は成仏できないのでしょうか」
「それは私もお聞きしたいところです」
マハープラジャーパティーもヤショーダラに同調する。なおこのガウタマ・シッダルタの義理の母親はガウタマを産んでまもなく亡くなってしまった実母のマーヤーの妹である。
ミコトは深呼吸をして再びガウタマと心を合わせると、ゆっくりと首を横に振って答えた。
「私がサラスヴァティー河のほとりで悟りを得た後、悪魔の群勢が現れた。その中の一体が庵の主であった女人を指してこう述べた。『理解し難くて、仙人たちのみが体得しうる境地は、二本の指ほどの[僅かな]智慧しかない女人がそれを体得することはできない』と。私はそれに返した。『心がよく安定し、知慧が現に生じているとき、正しく真理を観察する者にとって、女人であることが、どうして妨げとなろうか。快楽の喜びは、いたるところで壊滅され、[無明の]暗黒の塊りは、破り砕かれた。悪魔よ。このように知れ、ーそなたは打ち負かされたのだ。滅ぼす者よ」(参考文献 中村 元 テーリーガーター)
ヤショーダラとマハープラジャーパティーは拝礼し、ガウタマは時をみて二人の出家を認めることを言った。
最後、去り際にヤショーダラことミフユが小声でミコトに言い置いていく。
「気をつけて。あともう一人転生者がいる」
マジか。でも、気をつける?
「ガウタマの従兄弟のディーバダッタ。あいつ、『ブラックパーピマン』の総長よ」
はあ?あのピーマン野郎があ??
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