第14話 梵我一如

しかし、ミコトは本とか読むとソッコーで眠くなるタイプだ。


マンガはたまに読む。クローズってなんで外伝にあんなにハズレがないんだろう。


「起きてください、父上。起きてください」


揺り起こされる。ああ、やっぱり寝落ちしちゃってたか。胸に「しゅゔぇーたけーとぅ」と書いてある灰色の服を着た子どもがミコトのことを起こしたようだ。


「今日も教えてください、ガウタマ(哲学者ウッダーラカ・アールニの別名)父上」


何を?クラッチ交換のやり方とか?工具がねーとさすがの俺でも…


つーか、寝たら、腹減ったな。


「息子よ。庭になっている実を取ってきなさい」


「はい、父上」


シュヴェータケートゥはけなげにハシゴを使い、その実をいくつか取ってきた。ミコトはあまり見たことのない果物だったが、たぶん食えるだろう。勘だけど。


「割りなさい」


「父上、割りました」


手慣れているのか、シュヴェータケートゥは刃物もないのに器用にそのオレンジ色の実をねじ割ってみせた。


「その中に何が見えるか」


「父上、種が見えます」


果肉も見えるけどな。ミコトは片方をかじり、もう片方をシュヴェータケートゥに食べさせた。酸っぱ…美味いやつだこれ。もう一回取ってこさせた。あ。美味いやつだこれ。


「では、この種を割りなさい」


「父上、割りました」


むしゃむしゃ。


「その中に何が見えるか」


「父上、何も見えません」


ガウタマはお腹いっぱいになって満足した。ええと、こっちに転生する前に物理の授業で何か言ってたな。いちダブしてるミコトだったが、中卒もなんかだるいし卒業日数のためにバックレないで授業に出ることもあった。だからなんてったっけ?


「息子よ。おまえが見ることのできない、微粒子だ。大きなあの木も、一切のものは微粒子から出来ており、立っているのだ。それが一切の本性なのだ。汝も、そして宇宙もだ。シュヴェータケートゥよ」


「宇宙、つまり梵(ブラフマン)も、我(アートマン)も同じものである、一如であるということですか」


「その通りだ。シュヴェータケートゥよ」


「ガウタマ父上、もっと教えてください!」


シュヴェータケートゥの眼はキラキラしている。尊敬のまなざしだろう。


「よかろう。では、次は塩を持ってきなさい」


塩はしょっぱいんだぞ、じゃあカッコつかないかな…


目をキラキラさせたシュヴェータケートゥが家の中に入っていくのを見ながらそんなことを考えていたミコトは、お腹がいっぱいになったせいかまた眠くなってきた。



「ガウタマさま、ガウタマさま…」



起きると今度はカピラバストゥの自室だった。あれ?さっきまでいたのは庭じゃなかった?でもそういえばカピラバストゥにしては景色がおかしかったような…夢か…この転生が夢ならまたバルカンで仲間とかっ飛ばせるのになぁ…


今度ガウタマを揺り起こしたのはそれこそ実子のラーフラだった。


「父上、教えてください」


またか…


「父上が出家なされたのなら、カピラバストゥの次の王はこのラーフラですよね。なら、やり放題すき放題できますよね!いいですよね!父上!」


あ、ダメだこいつは。


さっきまでの利発そうなシュヴェータケートゥはどこいったんだ。いや別人だけど。ラーフラに対して強い残念感をミコトは覚えた。マジで言ってるのがすぐわかった。


こいつはソッコーで出家させないと、この国に未来はなさそうだ。


庭に立つ果実の木を見ながら、ミコトはそう決意するのだった。



(参考文献 チャーンドーギヤ・ウパニシャッド)

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