第13話 シュッドーダナ王
遂に七人はカピラバストゥへと到着した。今でいうネパールのヒマラヤ山脈の南裾野に広がる耕作地。気候の変化により昔ほどではないにしても、農作物の豊かさはこの時代として見事なものだった。後年のインドほどに牛は神聖視されてはいないのだが、神々に捧げるものとして、また耕作に役立つものとしての牛はこの時代においてもやはり重要視されている。兵たちの拝礼を受けながら入城する。先のコーサラ軍を撤退させた報告は人々に伝わっているようであり、おそらく元王族の僧だけではない尊敬の眼差しを受ける。
だが、そうではない者もいるようだった。
「ガウタマよ、待ちたまえ」
誰?
ミコトの中のガウタマはこういう時には全然記憶をよこしてくれない。背の高い、目つきの鋭い青年が城内で小走りにミコトの所へと近寄ってきた。
「あ?オマエ誰よ?」
ちょっ…場にいる全員がミコトのガン飛ばし対応にびっくりする。しまった、いつもの癖で…ミコトは慌てて一礼した。つか、誰?
「いや、こちらこそ失礼した。昔のよしみでな。今は見事に苦行を終えた菩薩(ボーディサットヴァ)さまか」
どことなくミコトを軽侮するような響きがある。ミコトはもう一度ガン飛ばしにいくのをこらえ…ようか迷った。
「俺は菩薩ではない。ガウタマでもない。俺は世界を支配する帝王、如く来た者(タターガタ)だ」
なんかムカついたので全力でドヤってみる。側から見ればアルカイックスマイルに見えることだろう。
「転輪聖王…バーラト王…」
あっけにとられている細目の男を後にミコトは先へと進んだ。(で、誰なんだアイツ?)横にいたマハーナーマンに聞く。(アヌルッダ様です。どうやらガウタマさまがヴィドゥーダバ様とグルだと疑っておられると聞きました)(へぇー)
しかし、ガウタマが唱えた詩はあの場の者がみんな聞いている。生きるも死ぬも同じという考え方はヴィシュヌ神の化身クリシュナと勇士アルジュナとの話であるバガヴァッドギーターにも通じるこの時代の価値観だった。アヌルッダのように疑う者は少ないはずだ。
そしてガウタマの父王、シュッドーダナ王の謁見室。ガウタマは王族クシャトリアより世襲である四姓において上位であるブラーフマナ(バラモン)ではない。ガウタマに先駆けて新興宗教を立てた六人の教祖たちと同じく沙門である。しかし、王である父親は玉座から立ち上がりガウタマに右繞の礼を取った。
形式的な問答と礼式を終え、王家の個室へと移動する。二人きりだ。
「さすが、と褒めるべきなのだろうな。息子よ。預言通りになったな」
ミコトは答えずに微笑している。さもわかってるかのようにして、実際には?????だった。父王は続ける。
「コーサラの成り上がりどもめ」
水壺から杯に水を汲んで口に含むと、シュッドーダナ王は苦々しげな顔をして続ける。
「格の違いというものを知らん。猿と同じだあれらは。…だが」
王は水壺のあった台からミコトの方へ向き直すと、両肩をがしりとつかんだ。
「まさか、本当に成し遂げるとはな。正直疑わしく思っていたぞ。すまない」
?????
ミコトはなんのこっちゃと思いながらアルカイックスマイルを続ける。何か言うところだな。なんて言おうか。
「いえ、当然のことです」
合ってる?これで。
シュッドーダナ王はわずかにミコトのその言葉に驚いたような様子を浮かべたが、すぐに頼もしげに育った息子を嬉しく思う、といった誇らしげな笑みを浮かべた。
「うむ。改めて言おう、流石だ」
だから、なんのこっちゃ。
戸が開かれた。
「失礼致します」
五比丘の一人であるマハーナーマンが拝礼して入ってくる。シュッドーダナが応じた。
「おお、入れ入れ。余もコーサラの猿どもがすごすごと退くところ、見たかったぞ。流石に我が息子だ。ブラーフマナならば国政にやいのやいのと偉そうに口出しをしてきて厄介だが、沙門の僧ならそうとは限らん。クシャトリヤの悲願だ。六師外道の様子を見て、新たな沙門を興すとはな」
…ん?
ミコトの心に何か嫌な予感が走った。
「いえ、私は皆を苦から救いたかっただけです」
シュッドーダナ王に嫌はない。マハーナーマンにもだ。
「聞いたか!はは、流石だ。マハーナーマンよ。お主が大臣を務めていた時にパセーナディに奴隷娘を送った尻拭いを見事にガウタマがしてくれておるぞ」
「はっ、王子様には頭が上がりませぬ」
よく言うな。目付役だった時の傲慢不遜な態度をミコトは思い出した。このマハーナーマンをつけて送り出したこと自体、この父王もガウタマのことを信じてなかったのではなかろうか。この二人の態度からもガウタマへの後ろめたさが垣間見えてきた。
「それでは失礼します。私は布教を続けます」
「おお、そうか。また国に危機があれば助けてくれるな」
なんてことだ。この王は自力で国を守る気がないのか?チームのヘッドの気概は。ミコトは一礼するにとどめた。マハーナーマンがミコトに続き退室する。後ろ姿に控えめにシュッドーダナが声をかけてきた。
「しかし、やはりコーサラの恨みがあるとはいえ四姓を無くすというのはやりすぎではないのか?」
ミコトは振り返る。
「生まれにより差別されるなど、あってはならないことです」
シュッドーダナは露骨に困り顔をする。
「それでは」
ミコトの記憶にはないが、ヴィドゥーダバがこの国にいた頃にどんな扱いを受けたのか、わかった気がしてきた。ガウタマの思索を追う作業を終えたら、あまりこの国には戻らないようにしよう。ミコトは自室に戻りガウタマが集めた書籍を開きながら、そう思うのだった。
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