第11話 三人の狩人
夜叉たちと離れてほどなくして、七人は小さな湖のほとりへと着いた。今日はここで野営をしようということになる。そのような場所は街道沿いにだいたい決まっているもので、ここも普段からそのように旅人たちに使われている場所のようだった。現代でこそ数億人の人口の多さを誇るインドであるが流石に古代ともなれば人口密度はそこまでではない。
気づけば身なりも体軀も様々な三人の狩人が加わっている。アッサジはいつの間に?と思ったが、不思議と深く考えることなくかまどを起こしていた。狩人のうちの一人、青い首をした背高のものが師ブッダのところに向かい詩歌を交わしているのが見える。アッサジの方には別の厳しい顔つきのものがきて腰を下ろした。かまどを手伝うでもなくこちらの方を見ている。近くにはアッサジと同じ五比丘の一人であり、カピラバストゥの元大臣でもある筋肉質のマハーナーマンが薪を下ろして一息ついていた。
!?
何を思ったのか、いきなりその狩人がすぐそばでおしっこを始める。
!?!?
アッサジとマハーナーマンは顔を見合わせた。その狩人は尿を木製の容器で受けている。そして、何を思ったかそれをこちらによこした。
「飲むがいい」
!?!?!?
二人はまた顔を見合わせた。
「い、いや、遠慮させていただこう」
アッサジは手を振って断った。それを見て狩人はマハーナーマンの方に容器を差し出す。
「私も遠慮させていただく」
狩人の表情がさらに堅くなる。
「何故だ。甘露であるぞ」
「い、いやあの」
アッサジが困っていると、マハーナーマンの方がきっぱりと言った。
「尿であろう。必要ない」
狩人は容器を見つめて、そしてまた二人の顔を見た。
「そうか」
それだけ言うと狩人は森へと静かに消えていった。不思議なことだ。
ブッダと青首の狩人、そして三人目の従者らしき小柄な狩人がかまどの所まできた。
「どうかしたか?」
「い、いえ、あの」
青首の狩人が言う。
「惜しきことよ。ソーマ酒を飲み損ねたな」
「えっ??」
「あの狩人は、ヴィシュヌの代わりにきたインドラである。それでは我らも行くとしよう」
青首の狩人と従者も続くように森へと消えていった。辺りから何か包まれていたようなものが消え、静まる。
「師よ。今のはいかなる」
いつのまにか旅の七人が集まって狩人たちが消えた後を見ている。
「私が先に詩歌を取り交わした青首の神がローケーシュヴァラ・ラージャ。その従者が四十七(注・漢訳においては四十八)の誓いの者であるダルマーカラ比丘。そなたらにソーマ酒を勧めたのがヴィシュヌ神の代わりとして来訪されたインドラ神である」
ミコトになぜそれがわかるのか自分でもわからない。しかし詩を取り交わしている間に、それが伝わってきた。交わした詩をミコトは口にする。先に唱えたのはローケーシュヴァラ・ラージャ、すなわちシヴァ神の方だ。
「善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、より善き者となる。悪い者とはならない。
善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、智慧が得られる。他のことからは、得られない。
善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、憂いのさ中にあっても憂えない。
善き人々の説く正しい教えを学び知って、親族のうちにあって輝く。
善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、人々は良き境地におもむく。
善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、人々は、永遠の福楽に住する」
ブッダの返答となる詩を、五比丘の一人でありそのやりとりを聞いていた細面のコンダンニャが代わって唱えた。
「善き人々とともに坐せ。善き人々と交われ。善き人々の説く正しい教えを学び知って、すべての苦しみから脱れる」
(参考文献 中村元訳 ブッダ 神々との対話 サンユッタ・ニカーヤ1)
かまどの火がパチパチと静かに鳴る。
ソーマ酒といえばそれ自体が神格化されることもあり、天界においてデーヴァとアスラが争いを続けている中でその力の源とされている神酒だ。
飲んでおけば良かったか…
しかし…
おしっこだもんな…
うつむくアッサジのことを、気を落とさないようにと励ますミコトだった。
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