第8話 王子二人

ヴィドゥーダバが編成した新しい部隊の教練が進んでいる。王子であり部隊長であるヴィドゥーダバ自らが先頭に立って駆け抜け、鉾を振るい、隊列を整えて号令を発した。前もって軍律を発表して掲げ広め、前後左右へと機動する合図となる銅羅や鐘の音を学ばせた。その士気は極めて高く、練度も完璧とまではまだいかないが上々と言ったところだろう。


整然粛々と幾十にも重なる横列となり、ヴィドゥーダバを先頭として王前に平伏す。パセーナディー王は野に据えられた玉座から立ち上がると全体を睥睨したのちに歓声を発した。


「見事である!」


ドッ!


部隊が一斉にその武具の柄を台地に叩きつけて応礼した。一層に頭を下がる。先頭のヴィドゥーダバが一人頭を上げた。


「来るべき戦いには是非我らに先陣を!!」


「うむ!頼りにしておるぞ!!」


ドッ!!


再びヴァイシャ・シュードラたちの部隊が一斉に柄を鳴らした。軍旗が風にはためき低い音を立てる。ただ、パセーナディーの横でそれを気に食わなそうな顔で見ている者もいた。


「申し上げます、王よ」


「太子の言上を許可する」


「下賤出身の親を持つ者が率いる下賤なる者どもで編成された部隊が先陣となれば、本隊となる我が軍の士気も名誉も落ちてしまいまする。わたくしは反対いたします」


軍旗の音だけがはためく。


「確かにそれももっともかもしれんな。ジェータよ」


先に太子と呼ばれたその丸顔の王子は、今度は名前で父王に呼ばれた。また、奴隷下賤呼ばわりか。ヴィドゥーダバは兄の言葉に唇を噛み締めた。


「ではいかがする。ジェータよ」


「は、わたくしの見ますところ、この部隊は訓練は児戯のごとく舞踊のごとくにこなしますが未だ実戦の戦果がありませぬ。マガダのような強敵ではなく、弱き敵に対してこの者らのみで当たらせ、その真の力を測ってみてはいかがでありましょうか」


ヴィドゥーダバが顔を上げる。


「かしこまりました!名誉にかけてその任をお受け致します!」


ドッ!


部隊が一斉に賛意を示す。


「よかろう!ではやってみせよ!コーサラの北、カピラバストゥの方角にアングリマーラなる盗賊団が跋扈しておる。これらを見事征伐して帰るがよい!」


パセーナディーが席を立った。ジェータもそれに続く。数瞬の間、ジェータとヴィドゥーダバとの視線がぶつかり絡まった。この二人はコーサラの王位継承を争う二人であった。そして、生まれと知略においてはジェータが、武勇と人倫においてはヴィドゥーダバが優れているという評判であった。


ヴィドゥーダバは振り返り、そして部隊の教練を続行する。はやる心を抑えに抑える。ここで功を焦って失敗してしまっては全てが台無しだった。




そしてパセーナディーとジェータ。シュラーヴァスティー城へと戻る中で輿に乗り話を続ける。


「父上、あの者らは危険です。野獣に翼を与えるようなものです。お気をつけください」


「わかっておる。しかしマガダの勢いは強い。やつらは海を得て、鉄を得て、田畑を開き海運を開き止まる所を知らぬ。…獣にも使いようはある」


パセーナディーは焦りを隠さなかった。ジェータは聞こえぬように舌打ちをする。


「わたくしをスダッタと共にヴェーサリーへとお遣わしください。マガダに負けぬ陸運を開きましょう」


パセーナディーはしばらく考えた後、ジェータのその提案を認めた。スダッタというのは交易商人であり、ジェータの腹心でもある。ヴェーサリーの地はコーサラとマガダの間にある都市で、少し南方に位置している。大陸南部の各地につながる要衝でもあった。


ガンジス川流域に名高い十六大国。その戦乱は陰謀や駆け引きを織り交ぜて激しさを増していた。

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